昔々、山に住み着いた鬼が麓の村人達に年一度の生け贄を差し出さねば皆殺しにすると迫った「この風習が今なお…?」「最後まで読んで!」

鬼はぁ~そと!・゜゜・。ヾ(・ω・`。)(。´・ω・)ノ゙・゜゜・。福はぁ~うち!
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安井守生@低浮上 @Magio1976

聞けばこの鬼は目が見えぬとの事。人をとらまえる事もできず、こうでもしなければ座して死ぬるを待つしかなかったとの事。なればこれ以上、人を差し出さねば良いだけの話ではありませぬか。 ほう。だがしかし、今まで喰われた者の家族の者はどうだ? 修験者が訊ねたが、他の村人は何も言わなかった。

2023-03-02 22:10:29
安井守生@低浮上 @Magio1976

この鬼を殺めても、喰われた者は帰って来ません。例え鬼とて、目が見えず、死を待つだけの者を殺めては…我らまで鬼になっては……それだけは……。 修験者は目を閉じ、黙って女の言う言葉を聞いていた。 そこの石段を登った先に、朽ちかけた社があります。そこにお住まい下さい。

2023-03-02 22:16:55
安井守生@低浮上 @Magio1976

人の血肉は差し上げられませんが、先ほどあなたが噛み付いた物…修験者様に教わった麦餅でよろしければ、社の方へお届けします。 鬼よ、村の女はこう言っておるぞ。どうなのだ?答えよ。修験者はそう訊ねると、鬼にかけていた金縛りを解いた。 鬼は少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。

2023-03-02 22:25:49
安井守生@低浮上 @Magio1976

如何に落ちぶれようとも、我は上総の国の鬼の王。人の施しを受けたとあっては名が廃る。 修験者は腕組みをして鬼の言葉を聞いていた。 ふっ…人の施しは受けぬ、か…。 ならばどうだ、お前の力で何か村人に与えてやれる物は無いのか? 鬼は少し思案した後に答えた。

2023-03-03 05:09:39
安井守生@低浮上 @Magio1976

我が名はこの武蔵の国にも轟きたり。禍事や病を運ぶ下等な物の怪やらが、我が姿を見て恐れ慄き、先を争って逃げるを聞いた。なれば、我が名の一文字を刻んだこの木の札を持つ者は、物の怪を寄せ付けぬ加護を受けよう。 鬼は例の、壱と書かれた木の札を見せてそう言った。

2023-03-03 05:36:33
安井守生@低浮上 @Magio1976

ほう。魔除けの札といったところか。女よ、それで良いか? 村人の女は安堵したような顔をして、黙って頷いた。 よし。なれば、ほれ、いつまでそこにへたり込んでおるのだ鬼よ。社を見に行くぞ。 修験者と村の男に支えられながら、鬼は石段を登り、社の前にたどり着いた。

2023-03-03 09:51:58
安井守生@低浮上 @Magio1976

ここか。まぁ雨風は凌げよう。さあ、鬼よ、お前は今日からここに住まうのだ。村の者があの麦餅をここに運んで来る。お前はそれを食らい、代わりに木の札を渡すのだ。 我に、ここでそうして生きよと? うむ。まさか鬼が社に住まうなどとは、お前の両の目を突いた侍も思うまい。

2023-03-03 10:00:17
安井守生@低浮上 @Magio1976

鬼は何やら言いたそうな顔をしていたが、ずっと黙ったまましばらく考え込んでいた。村人たちも修験者も、何も言わなかった。 四半刻は経っただろうか、長き沈黙の後、鬼がぽつりと言った。 承知した 鬼は修験者と村人に連れられ社の中に入り、一番奥の壁に手で触れると踵を返し、そっと座り込んだ。

2023-03-03 10:13:19
安井守生@低浮上 @Magio1976

鬼を残して村人は社を出た。次いで修験者も社を出るかと思いきや、くるりと鬼の方へ向き直った。 鬼よ、今一度問う。 如何に落ちぶれようとも上総の国の鬼の王、 その心持ちは今も変わらぬか? 鬼は顔を上げ、見えぬ目で真っすぐに修験者の顔を見た。 如何にも

2023-03-03 10:43:51
安井守生@低浮上 @Magio1976

鬼のその言葉を聞くと、修験者は鋭い眼光で鬼の目を見返した。そして低く重い声で、 相分かった! そう言うと、懐から取り出した短刀を鬼の膝に突き立て、勢いよく切り裂いた。

2023-03-03 11:04:53
安井守生@低浮上 @Magio1976

鬼よ!ひとたびは人を喰らわずにひっそりと暮らそうかと思うたそうだが、結局は何人もの村人を喰ろうたお前のその性根、わしは認めておらぬぞ!! 修験者は鬼のもう反対の膝にも短刀を突き立て、横一文字に掻っ捌いた。 お前の為にこの社に麦餅を運んで来た村人を、いつ襲うやも知れん!!

2023-03-03 11:18:32
安井守生@低浮上 @Magio1976

それほどまでお前の両の目を突いた侍に脅され怯えながらも、結局は人を食う事をやめられなかったお前の事だ、如何に落ちぶれようとも鬼の王、その心持ちがいつお前を再び人食い鬼にするかわからぬ!麦餅を運んで来た村人を襲い、這ってでも石段を下り、いつか村にたどり着き村人を喰らうやも知れん!!

2023-03-03 11:22:05
安井守生@低浮上 @Magio1976

修験者は短刀を放り捨て、切り裂いた鬼の両の膝の傷を開くと、手を突っ込んだ。 お前はこれより、この社を出ることまかりならぬ!立ち上がることさえ許さぬ!そうは出来ぬように、お前の両の膝の皿を貰い受けるぞ!! そう叫ぶと、修験者は鬼の両の膝から皿を抜き出した。

2023-03-03 11:36:09
安井守生@低浮上 @Magio1976

お前のその性根が変わらぬ限り、村人がお前に麦餅を持って来るのは、お前が人を喰らうのに定めた2月の始めの日より4月の終わりの日までだ。それよりあとの月日は、如何に人の血肉を喰らいとうても、再び2月が来るまでただひたすらに耐え抜け!それがお前の業に対する報いじゃ!

2023-03-03 12:58:46
安井守生@低浮上 @Magio1976

次にまた人を喰ろうてみよ、次は膝の皿だけでは済まぬぞ。 修験者は鬼の両の膝から抜き出した血まみれの皿を懐紙で包み、懐にしまい込んだ。 この日ノ本のどこにおっても、お前の元へ疾く来たりて、お前を跡形もなく焼き尽くしてやるからそう思え!良いな!!

2023-03-03 13:08:10
安井守生@低浮上 @Magio1976

ぐおおおおお・・・・ 鬼はただ両の膝を手で押さえ、呻いていた。 社の扉が閉じられた。 かくして、かつての上総の国の鬼の王、今では山に座る鬼という事で山座鬼と呼ばれる鬼は、社の中に座り、社に住まう事となった。

2023-03-03 13:12:51
安井守生@低浮上 @Magio1976

修験者との取り決めで、鬼の元に麦餅を持って行くのは2月の始めから4月の終わりまでのはずだったが、実際には多くの村人が、それ以外の月日でも麦餅を社に供えた。心優しい者が多く住まう村だった。

2023-03-03 13:18:59
安井守生@低浮上 @Magio1976

村人は麦餅を社に供え、その傍らに置いてある、壱と書かれた木の札を持ち帰った。その札を持ち帰った者は、不思議と病を患うこともなく、怪我をする事もなくなった。不運や不幸な出来事の起こることがなく、良い事だけがその木の札を持つ者の家に舞い込んだ。

2023-03-03 13:27:11
安井守生@低浮上 @Magio1976

その様子を見て、今まで鬼に良い思いを抱いていなかった者たちまでもが、鬼の木の札を求めて社に麦餅を供えた。札のお陰か村はどんどん栄え、鬼の住まう社も綺麗に作り替えられた。離れた他の村までその噂は届き、鬼の札のご利益にあやかろうと、山をいくつも越えて多くの人が麦餅を供えにやってきた。

2023-03-03 13:33:10
安井守生@低浮上 @Magio1976

社に住まう鬼の死後、鬼の顔を知る村人もいなくなり、社も再び朽ちた頃でも、その鬼の話だけは語り継がれていた。いつからか、膝の皿が無くては鬼が哀れだと、素焼きの皿に麦餅をのせて、それを朽ちた社に供えるようになっていた。

2023-03-03 13:39:51
安井守生@低浮上 @Magio1976

2月の始めの日から、4月の終わりの日までの間、村の男が木の板に壱と書いた札を作って社に置き、村の女が麦餅を作って素焼きの皿に載せ、社に供えて木の札を持ち帰った。この村があった文久の終わり頃までは、そいういう風習だったそうな。

2023-03-03 13:47:45
安井守生@低浮上 @Magio1976

その村がすっかりなくなり、その村の事を知る者が誰もいなくなった後でも、その鬼の話は語り継がれていった。鬼はいつの頃からか、とある大きな神社の祭神の一柱として祀られていた。人々は素焼きの皿と麦餅を神社供え、壱と書かれた紙のお札を持ち帰った。

2023-03-03 13:59:18
安井守生@低浮上 @Magio1976

その鬼の札の霊験あらたかなること、あらゆる悪鬼外道死霊生霊、たちどころに滅ぶこと、霜に熱湯を注ぐが如し!という触れ込みもあり、2月の始めから4月の終わりまでの間には、多くの人が鬼の札を求めて神社に詣でた。鬼の札のご利益は確かなものであるらしく、この神社の人出は相当なものだった。

2023-03-03 14:06:38
安井守生@低浮上 @Magio1976

大正の終わり頃になると、この風習もまた形をかえていた。2月の始めから4月の終わりまでの約90日の間、人々は何度も神社を訪れ、壱と書かれた札を持ち帰る。そしてその90日の間に札を30枚集めた者は、その札と引き換えに、祭神である鬼の姿が描かれた絵皿を貰うことができた。

2023-03-03 14:10:15
安井守生@低浮上 @Magio1976

鬼の姿が描かれたその絵皿を家に飾れば、あらゆる悪鬼外道死霊生霊を退けるという事で、多くの人が皿を貰う為に神社に詣でて札を集めた。 今ではもう無くなってしまったこの神社の名は、その鬼の名から付けられていた。2月の始めから4月の終わりまでの祭りは、山座鬼神社春季麦餅大祭と呼ばれた。

2023-03-03 14:15:58