スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ #1
看板「バロワイコ」をライトアップする粗末な電球の明かり。それを横切って不意に現れたモヒカン男の影法師は長い。地面には、落下したまま放置された「粗な夕べ」の鉄板看板が錆び朽ちて茶色い。モヒカンがそれを踏みつけると、いやに大きな音が路地に木霊した。忌々しい重金属酸性雨。 1
2012-01-14 16:26:19モヒカン男は両手にロック解除したショック銃を持ち、濁った目で獲物を探しながら、薬物中毒の色濃い足取りで歩みを進める。モヒカン男の斜め後ろで物音。「アッへ!」振り向きざま、ショック銃を照準する。音の主は人ではない、バイオドブネズミだ。「人が撃ちたいよォ」モヒカン男は泣き出した。 2
2012-01-14 16:30:21男は見ての通り重度のデザイナーズドラッグ中毒者であり、文無しであった。そして武装していた。つまり非常に危険な存在だ。この手のヨタモノはネオサイタマの危険地域ではしばしば見られる。彼らが人を殺めても、ニュースにもならない。報道すべき事は他に沢山ある。街に現れたラッコの話などだ。 3
2012-01-14 16:37:33「撃ちたいよォ……撃ちたいよォ……」男はしゃくりあげた。「撃って打ちたいよォ……あッ!」濁った目が見開かれた。キャドゥーム!ショック銃が閃光を放った。「アバーッ!?」路地に迷い込んだ老婆が踵を返して逃げようとしたその背中へ、ショック電光が命中した。無残、老婆は焼け焦げて死んだ。4
2012-01-14 16:45:00「アッへ!撃っちゃった」モヒカン男は震えた。「ヤバイコワイ」うわ言めいて呟きながら、うつ伏せの死体に近づく。追い剥ぎを行おうと屈み込んだところへ、新たな人影がエントリーした。「アッ!」モヒカン男は反射的に再び二丁のショック銃の引き金を引いた。キャドゥーム! 5
2012-01-14 16:47:47手元が狂い、閃光は人影の隣に吊り下げられた「モーな田」の看板を焦がした。「アブナイ……アブナイ」人影は無感情に呟いた。「外れちゃった!?」モヒカン男は涎を垂らし、泣いた。「外れちゃったァ!」「外れたなァ」人影は飄々と話を合わせた。命が狙われたというのに。「残念だなァ」 6
2012-01-14 16:53:50第一部「ネオサイタマ炎上」より:「スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ」 7
2012-01-14 16:54:55「じゃあ、もう一回、もう一回だよォ」モヒカン男は泣きながら人影に 言った。人影はかぶりを振った。「残念だが、それは無理だ」「エッ?」「ショック銃のインジケータのLED表示が赤いだろ」「ウン……」「再充電しなけりゃダメだぞ」「アッへ!そうか!アリガト!」「礼はいいよ」 8
2012-01-14 16:57:37人影は呟き、銃を構えた。モヒカンのそれとよく似たショック銃だ。「奇遇だな。俺のこの銃、お前のそれの後継つうか、まあ、そんなだよ。羨ましいだろ」「えーッ!?」モヒカン男は叫んだ。「ナンデ?」「いいだろう」「ほしい!」「ああ、やるよ。……中身をな」……キャドゥーム! 9
2012-01-14 17:00:58「アバーッ!」モヒカン男の上半身が電光に包まれ、一瞬にして焼け焦げた。即死だ。「……」人影は闇の中から現れ、モヒカンの死体を蹴った。懐からカメラを取り出し、焼け焦げた死体に向けて繰り返しシャッターを切った。合掌した。「ナムアミダブツ」電灯に照らされる人影は……ニンジャだ。 10
2012-01-14 17:05:22「アイエ!」脇道から微かな悲鳴。ニンジャは素早くそちらを睨む。「見てません」薄汚いなりのマイコだ。「許して。見てないの」「そうか」ニンジャは答えるかわりにショック銃をマイコに向け、引き金を引いた。光らぬ。「エネジィ……」悲しげな合成ガイド音が鳴った。ニンジャは舌打ちした。 11
2012-01-14 17:09:29「これだからな」ニンジャはぼやき、腰の鞘からカタナを抜いた。柄本にカタカナで小さく「ウバステ」と刻印されている。「アイエエエ!」マイコは逃げ出した。「イヤーッ!」ニンジャは駆けた。カタナを一閃、泣き顔のマイコは首を切られ死んだ。ニンジャは眉をしかめ、呟く。「ナムアミダブツ」 12
2012-01-14 17:14:31ニンジャはカタナの血を払い、鞘に戻した。「だが綺麗な一撃だ。よほど良い」物言わぬ死体を見下ろし、瞑想的に呟く。よほど良い……何よりも?当然、マイコの返事は無い。死んでいるからだ。眠るように。 13
2012-01-14 17:23:42ニンジャは装束のステルスをオン、路地を駆け、やや広い通りに抜けた。「スパシーバ!スパシーバが新しい。ごアイサツ」「アカチャン!」「長い。……長い」広告ビジョンの大音量音声がたちまちに空気を支配する。行きかう人々は前だけを見て、PVCコートに跳ねる雨が白い。 14
2012-01-14 17:28:52ニンジャはアイドリングするビークルのもとへ歩き、ドアを開けて滑り込んだ。「ご苦労様です。シルバーカラス=サン」運転席の男がゼンめいて頭を下げた。引きつった笑顔に整形した顔は不気味の一言、笑い皺は暗号めいている。「車を出せ。笑い爺=サン」「ハイヨロコンデー」 15
2012-01-14 17:33:54ビークルは荒々しくも的確な運転でハイウェイへ抜け、ネオン看板の光は走行灯の白黒へ様相を変える。シルバーカラスは新型ショック銃を後部座席に放った。「ダメだ、これは。エネルギー効率がまるでダメ、しかも減り具合が安定してない、何発目でアウトになるかもわからん、アラートも出ない」 16
2012-01-14 17:42:32「そりゃヒドイんですか」笑い整形の男はよくわからぬ受けこたえをした。「ああヒドイ」シルバーカラスは苛立たしげにタバコを取り出し、吸った。「場合によっては実際死ぬ」「撃つ人がですか?」「他に誰が死ぬんだ」「いけませんね」 17
2012-01-14 17:45:21「危険手当てを三倍で重点しろ」「三倍ですか」「三倍だ。仮に敵がニンジャなら、俺はさっきので死んだ。ふざけたモノをよこすなと伝えろ。……採取データは10時間以内にIRC送信する」「わかりました」18
2012-01-14 17:49:41窓の外の夜空を見やると、ハイウェイを走行するビークルに並ぶように、コケシツェッペリンが浮かぶ……側面のビジョンには、浜辺で餅をつくスモトリの広告映像が流れる。「リゾートで、おいしいお餅ですね。あなたを癒したい」窓ガラスを通してまで聴こえてくる広告音声。「リゾート……」 19
2012-01-14 18:02:50……「……リゾート?」シルバーカラスの顔の横で、くすぐるような女の声。腕枕されるノナコが、シルバーカラスを覗き込む。「そんな事言ったか?俺が」「言った」ノナコは笑った。ノナコ……シルバーカラスの気に入りのオイランだ。「今?」「今。どんな夢見てたの」「ああ……」20
2012-01-14 18:06:40シルバーカラスは言葉を濁した。ノナコは彼の胸板に頬をつけた。「ほんとは疲れてンでしょ」「……」シルバーカラスはタバコを探した。箱は空だ。彼は舌打ちした。「ノナコ」「何?」「俺は死ぬんだとよ。長くないんだと」「エー?」ノナコは笑った。シルバーカラスも笑顔を作った。 21
2012-01-14 18:10:03「ネオサイタマ。コンフリクト。コンフリクトに備えよう。今はザザッ」違法電波の差し込みが朝の酸性雨ノーティス放送を数秒間だけジャックした。いつもの事だ。鏡に向かってシルバーカラスは髭を剃り、頬を手で押さえ、舌を出して表面の色を確かめた。目袋を引っ張り、粘膜を見た。 23
2012-01-14 18:23:42振り返ると、床の間には「不如帰」のショドーが飾られ、焦げ茶の壺にはバイオ水仙が刺さっている。高級ではあるが実際狭い彼の部屋に奥ゆかしく作られた、ごく小さなゼンだ。「……」彼はカウンター型のテーブルに置かれたメモを手に取る。書かれているのはネオサイタマのアドレスだ。 24
2012-01-14 18:30:10シルバーカラスはメモを手に、しばし物思いに沈んでいた。タバコの箱を手に取る。やはり中は空だ。彼は舌打ちした。「キョートよりも古いものがあります。それは本当です。我が社には」コマーシャルを流すテレビをオフ、外出着に着替えると、彼はカタナを掴んで自室を後にした。 25
2012-01-14 18:42:14