スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ #1
……メモを手にしたシルバーカラスの目の前には、四角く狭い駐車場があった。液晶パネル付きメーターが明滅。彼の足労を嘲笑うかのようだ。寒い風が吹き、彼は帽子を深く被り直した。「あンだァ?」道路を挟んだ向かいのキオスク、「や」「す」「い」のノレンを上げて、店主の老婆が顔を出した。 26
2012-01-14 18:51:44「金なら返さねえぞヤクザがァ」老婆は凄んだ。シルバーカラスは向き直った。「ヤクザじゃなくて残念だったな」「あンだァ」「婆さん……どうした、ここ。この」背後の駐車場を指し示す。「イアイがあったろ。イアイのドージョーが」「……金なら返さねえぞヤクザがァ」 27
2012-01-14 18:56:47「ドージョー……イアイのセンセイは。タオシ・ワンツェイはどこに」シルバーカラスは辛抱強く、曖昧な老婆に問うた。「くたばったのか?」「知らねえ」老婆は目を閉じて答えた。シルバーカラスは肩を竦めた。「婆さん。タバコ……『少し明るい海』あるか」「売ってねえ」「そうか」 28
2012-01-14 19:01:35「ドーモ」『笑い爺』が接近するシルバーカラスを認め、車内でオジギした。助手席に乗り込むと恭しくアタッシェケースを差し出し、目の前で開いて見せる。「セスタスガン。例によって仮称で」ガントレット状の装備である。「殴りつけると火薬の機構が働いてですね、こう、ゼロ距離射撃します」 30
2012-01-14 19:21:14「次から次へと」シルバーカラスは 呆れたように呟き、素早くそれを右手に装着した。手を開閉して、具合を確かめる。「殴れば自動です。安全装置は解除したうえで。普段は暴発しないように安全装置があるんですと」「そうか」シルバーカラスは興味薄げに生返事をした。 31
2012-01-14 19:24:51「……またヤガネ・ストリートか?」シルバーカラスがビークルの進路に気づき、眉根を寄せた。「ハイそうです」と『笑い爺』。「ハイってな、二週間も経って無いぜ。ここでやってから」「そうですよね?」エージェントはよくわからぬ受け答えをした。「まあ、他よりはいいんで。今のシーズン」 32
2012-01-14 19:32:11「チッ」シルバーカラスは舌打ちした。「面倒を抱えるのは俺だ」「殺せばイイでしょ。マッポでも何でも。あなたニンジャなんだから」笑い顔整形した男は不気味に無表情だ。ソウカイヤのクロスカタナ・エンブレムを示し、「私は優秀ですし、後ろ盾もバッチリ、グッドビズ」「……」 33
2012-01-14 19:37:15然り。ネオサイタマの闇に恐るべきビジネスあり。サイバーツジギリ、あるいはテクノツジギリと呼ばれるそれだ。兵器、武器、時には毒素や病原菌を、貧困市民相手に通り魔めいて人体実験する行為……当然ながら、現行犯であれば射殺も許される重犯罪だ。それがシルバーカラスの生業である。 34
2012-01-14 19:46:56ソウカイヤと繋がりの深いエージェント『笑い爺』は、複数のメガコーポをクライアントとして抱える。彼は企業名を秘した新兵器をツジギリストに貸与、殺しを行わせて、データを買い取るのだ。ツジギリストは複数存在するが、シルバーカラスの確かなワザマエは、他を圧して余りある。35
2012-01-14 19:51:58ツジギリと言っても、無差別に殺すばかりではない。特殊な対象を指定される事もある。それはスモトリであったり、男女が定められていたり、カラテカでなければならなかったり、武器を持つ者であったり。あるいは……ニンジャ。 36
2012-01-14 22:36:52ツジギリストには何人か、ニンジャもいる。だが、それを相手とするとなれば話は別だ。ニンジャ相手に、リスクを一定の水準に抑えて効率的にツジギリできる者となると、シルバーカラスだけだ。ゆえにシルバーカラスは『笑い爺』に対しても、大きな顔ができる。 37
2012-01-14 22:39:37「で。今夜のグッドビズは。適当に殺せばいいかよ」「そうもいかないですね」『笑い爺』は車載UNIX端末を操作しながら言った。「格闘戦でのアドバンテージを確認しないといけないですからね。ま、あなた元々避けたがるですけど、女や老人はダメ。最低でも成人男性、カラテカならボーナス」 38
2012-01-14 22:47:57「カラテカでボーナスか」シルバーカラスは虚無的に呟いた。懐に手を入れ、思い出して『笑い爺』を見た。「タバコ無いか」「吸うわけ無いですよね私が。やめてください」シルバーカラスは舌打ちした。上着のフードを被り前を閉めるとそれはニンジャ装束に変形。メンポが自動装着された。 39
2012-01-14 22:56:34……「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳、右拳と交互に規則正しい正拳を繰り出しながら、タダシイは規則正しいカラテジョギングの最中であった。「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりの浮浪者を殴りつけ、走る! 40
2012-01-14 23:07:38「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのゴスを殴りつけ、走る!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのプッシャーを殴りつけ、走る! 41
2012-01-14 23:11:41「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりの家出ナードを殴りつけ、走る!タダシイの瞳は今夜もチャンピオンシップへの夢に燃えていた。当然であるがカラテカの暴力を止める者はいない。 42
2012-01-14 23:15:07「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのヤンクを殴りつけ、走る!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのDJを殴りつけ、走る!43
2012-01-14 23:20:36「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりの先ほどとは別のゴスを殴りつけ、走る!「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「ドーモ、そこのあんた」「イヤーッ!」 44
2012-01-14 23:24:50タダシイは正拳を繰り出した。人影はそれを無造作に手のひらで受け止めた。「ドーモ。ドーモ。殴らせてくれよカラテカ=サン。シルバーカラスです」「イヤーッ!」タダシイは逆の手で正拳を繰り出した。「イヤーッ!」シルバーカラスは殴り返した。カウンターだ!カブーン!「アバーッ!?」 45
2012-01-14 23:30:36ナ、ナムサン!タダシイの顔がマグナムで撃たれたかのような有様で破砕し、即死した!これがセスタスガン!シルバーカラスが相手を殴った衝撃でトリガーが引かれ、手首のあたりにある銃口が火を噴いたのだ!ムゴイ!タダシイは実際横暴であった、だが考えて頂きたい。ここまでされる謂れは無い! 46
2012-01-14 23:36:02「……!」シルバーカラスは衝撃力にたたらを踏んだ。「手首の銃口、殴り方を間違えりゃ、こっちの拳が吹っ飛ぶ」彼はレコーダーに向かってうんざりと報告した。「ナムアミダブツ」無惨な死骸に手を合わせ、彼は踵を返した。『もう一人ぐらい殺してください』通信機から要請だ。「OKだ」 47
2012-01-14 23:41:08さらに奥へ進む。「オカメ」と書かれたネオン看板。先日のツジギリで若い男を殺めたのはここだ。排水溝のすぐ脇に、誰がそなえたものか花束がある。「……」彼はそれを横目に走り抜ける。角を曲がると、丁度そこにヤクザだ。「こいつでいいか。ドーモ、シルバーカラスです」彼はオジギした。 48
2012-01-14 23:50:32「ア?」ヤクザはすごんだ。「ニンジャの真似かコラ?」「殴らせてくれよ。お前も殴ってこい」シルバーカラスはカラテを構える。「じゃないと仕事が終わらんのだ」「スッゾコラー!」ヤクザが殴りかかる!「イヤーッ!」殴り返す!カブーム!……ナムアミダブツ!まさに一方的殺戮……! 49
2012-01-14 23:56:35