シージ・トゥ・ザ・スリーピング・ビューティー #1
(ズッダンズダダン、ズッダンズダダン、ギュウイーン……プロブレム……イナースペース……プロブレム……デジャーヴュー……)シャッターが開き、己の巣穴に足を踏み入れれば、出迎えるのはいつものように内省的なダークエレクトロ・ミュージック。 1
2012-02-09 18:12:43足を踏み入れた彼の背後、しめやかにシャッターが降りる。内省的なBGMのアトモスフィアを崩す事のない、滑らかな駆動音。彼の恋人だけでなく、このガレージの全てが、偏執的ですらある彼の完璧なメンテナンス下にある……(ギュウイーン……プロブレム……イナースペース……)2
2012-02-09 18:18:09UNIX卓上のLEDライトが瞬き、優しい明かりで主人を出迎える。逆モヒカンの髪、サイバーサングラスを外して露わになった謎めいた左目、黒革のジャケットが闇の中に浮かび上がる。彼の名はミフネ・ヒトリ……またの名をデッドムーン。武装霊柩車ネズミハヤイを駆る運び屋だ。 3
2012-02-09 18:28:07(ズッダン、ズズダン、ズッダン、ズズダン、プロブレム……)デッドムーンはUNIX卓の電源を入れようとして足を止め、油圧チャブ上の恋人を振り返った。ネズミハヤイを覆う黒いシート、そこに描かれた鯉を見やる。(ギュウイーン……プロブレム……) 4
2012-02-09 18:31:07「……プロブレム……」デッドムーンはBGMのコーラス部分を口ずさんだ。シートに手をかける。彼の左目が光った。(プロブレム) 5
2012-02-09 18:33:28KRA-TOOOOOOOOOOOM!爆炎が内側からガレージを吹き飛ばす!夜空に吐き出される黒煙!ナムサン……ウシミツ・アワーの突然の惨事を双眼鏡を通して観察していたのは、近隣のビル屋上で片膝をついたニンジャ。その胸元に「罪」「罰」の菱形エンブレム……ザイバツ・シャドーギルド! 6
2012-02-09 18:38:44「こちらは済んだ」そのニンジャ、アブサーディティは、爆発炎上するガレージを見ながら、己の殺戮破壊行為に対してまるで何の感慨も持たない冷たい声で、通信機に報告した。「次に進む」 7
2012-02-09 18:49:08||なにかマズい||テンサイ級ハッカー、シバカリからのIRCノーティスは唐突であった。だがニンジャスレイヤーは躊躇せず従った。五分後には、彼はインテリジェント・モーターサイクル「アイアンオトメ」にまたがり、ハイウェイを疾駆していた。目的地はノビドメ・シェード・ディストリクト。 8
2012-02-09 19:18:41運河と屋形船、マイコセンター、オイランパレス、合法非合法の性的施設群で賑わうかの地には、ナンシー・リーの眠るコフィンが隠されている。コフィン。比喩的な名称だ。彼女は死んではいない。彼女は今、覚めない眠りの中にいる。強い、かつ恒常的なハッキング・ストレスに曝され続けた結果だ。 9
2012-02-09 19:24:49彼女は24時間のうち数十分だけ実世界に覚醒する。そしてまた眠りにつく。眠っている彼女がどんな状態にあるか、他者には窺い知れない。だが時折、彼女の意識はどのようにしてかネットワークに繋がり、情報や指示を送る……傭兵ハッカー・シバカリは、彼女がその為に雇ったエージェントなのだ。 10
2012-02-09 19:37:44||辿られた|| シバカリの送信文は端的に過ぎるハッカー流だ。 ||痕跡は残ってない。でも、嗅いだ。多分スゴイの。ドーシ。それかアルケイン。とにかくヤバイ、きっと爪を伸ばすよ|| ニンジャスレイヤーにはそのスラングの全てはわからぬ。だが、伝わった。 11
2012-02-09 19:55:31走行するウキヨエ・トレーラーを躱して走りながら、ニンジャスレイヤーはシバカリへ音声通信を行う。||デッドムーン=サンに依頼を|| デッドムーンはノビドメの隠しコフィンを手配した男であり、実際、以前のアジトに迫る敵の手からニンジャスレイヤーとナンシーを助けた腕利きだ。 12
2012-02-09 20:03:00要求する報酬額は高額だが、確かな仕事をする。互いに何度か死線をくぐりぬけた信頼もあった。シバカリが示唆する通り、何者かがナンシーの居場所をハッキング行為で割り出し、迫っているのならば、とにかく彼女を安全な場所へ逃がさねばならない。 ||nope|| ……だが、シバカリは否定。13
2012-02-09 20:07:21||オフライン。多分、尻尾を取られた。死んだかな。だいぶ深く喰い込んでるね。デッドムーン=サンまで辿るなんてね|| ……ナムサン!ニンジャスレイヤーはさらに加速。ニンジャにとっても危険速度! ||本当ヤバイよ|| 14
2012-02-09 20:14:03ゴウ、音を立てて標識が頭上を通過する。「大体もうしばらくでノビドメ・シェード・ディストリクトな」のLED表示と、そのすぐ下に「恋人が一杯で困るかも知れないが」の広告。 ||ナリコが鳴った。これ以上は俺も危険。悪いが一度チュースだ|| シバカリがセッションを強制解散させた。 15
2012-02-09 20:34:54「アーッ、ファーファーファーッ」エンキドゥは腕組みしてアグラしたまま、声帯で電子音を模倣したかのような恐ろしい笑い声をあげた。山吹色の装束を着、黄金の鎖やブレスレットを重ねて身につけた黒人のニンジャである。「なかなかだ、なかなかハヤイ、練れておる」 17
2012-02-09 20:45:47彼は茶室めいたハッカードージョーにただ一人で座す。天井からはボンボリライトのかわりに、金箔を塗った立方体が、金の鎖で吊り下げられている。アグラする彼のタタミ三枚先には漆塗りの台の上に無人のUNIXデッキが鎮座し、呪術じみたファイヤーウォール装置に囲まれている。 18
2012-02-09 20:49:25ナムサン……彼こそは伝説めいたハッカークラン、「ゴールデンドーン」の首領である。彼のハッキング姿をこうして垣間見る事ができる読者の皆さんは非常に幸運である。彼の正体を掴む者は、おそらくこの世にはいないはずだ。彼はハッカーであり、ニンジャであった。 19
2012-02-09 20:53:52彼は腕組みし、アグラ姿勢を取ったままだ。一見それは風変わりなメディテーションめいているが……違うのだ。タタミ三枚先にあるUNIXデッキの金箔塗りのキーボードをご覧になられたい。触るものが誰もいないにもかかわらず、キーが恐るべき速度で激しく動いている!ナムサン!キネシスである!20
2012-02-09 20:57:54彼は持ち前の恐るべきキネシス能力によって、およそ人間の指では決して到達できぬタイピング速度を実現するのだ!実際キーボードは常に残像に霞んでいる!ハヤイすぎる!コワイ! 21
2012-02-09 21:01:22「ファーカカカカカカ……なかなか練れておる。うまい判断……逃げ足の速さ……まずは逃がしてやる。だがゴジュッポ・ヒャッポな……」彼の傍でひとりでに茶器が動き、チャが入った。メンポを開いた彼の口元へ運ばれて行く。エンキドゥは引き続き激烈なキネシス・タイプを行いながらチャを飲む。 22
2012-02-09 21:09:54「ほれ、ニンジャスレイヤー=サン捕捉……ザイバツ諸君、ついてこられるかね……アー、ファーファー」エンキドゥが笑う。チャの次にオハギが浮かび、口元へ。モニタにはハイウェイ衛星写真と、ソナーめいたエフェクトが映る。そして「このあたりにニンジャスレイヤーだ」のミンチョ点滅文字! 23
2012-02-09 21:13:45その時にはすでに、彼はザイバツ・シャドーギルドの専用チャネルへ情報を送信し終えている。アブサーディティ、そしてワイルドハントを中心としたチームに!ナムアミダブツ!「ファー……高みの見物な……ニンジャスレイヤー=サン、残念ながら焚き火にジャンプするホタル……カカカカ……」 24
2012-02-09 21:17:43