トビゲリ・ヴァーサス・アムニジア #1
ガイオンに響く鐘の音。湿った空気。オレンジ色の月を覆う乱れ雲。不安げにそれを見上げる鶴。夜のキョート城、西の大渡り廊下。その裏側に指先の力だけで張り付き、天地逆さまの姿勢で這い歩く、ひとりのシノビ・ニンジャあり。その装束は夜のしじまのごとき漆黒。彼の名はバンダースナッチ。 1
2012-06-08 23:00:50バンダースナッチは木板に裏から耳を当て、渡り廊下の上にいる敵の人数を把握する。幸いにもニンジャはいない。武装したクローンヤクザが数名。殺すのは簡単だが、警報を鳴らされてはまずい。汗が滲む。下にはサンスイめいた小川が走り、彼の焦燥を逆撫でするかのような優雅さで、見事な鯉が泳ぐ。 2
2012-06-08 23:09:30あと少し進めば、脱出の糸口が掴める。バンダースナッチが再び渡り廊下の裏を這い進もうとしたその時、川沿いに立つひとつの灯篭の横に、バンダースナッチは異様なニンジャの影を見た!顔にはフルフェイスめいたメンポ!手足は肘と膝の先が四角錐状の刃物に置換され、蜘蛛じみて音もなく歩く! 3
2012-06-08 23:23:54ワッチドッグだ。ロードの護衛役にして、キョート城の徘徊者。厄介な狩人に目を付けられてしまった。「ちくしょうめが!」バンダースナッチは鉄棒運動の要領で勢いをつけ、欄干を飛び越すように曲線を描くと、渡り廊下の上へと軽やかに回転着地した。「アッコラー!?」銃を抜くクローンヤクザ! 4
2012-06-08 23:33:17「イヤーッ!」バンダースナッチは前後へ同時にクナイを投擲!「「アバーッ!」」額に突き刺さり即死!だがまだ二人のクローンヤクザが残っている。「「ザッケンナコラー!」」KBAM!KBAM!チャカガンが火を噴く。城の高みでは最高位のニンジャたちが戦闘音に耳を澄ましながらチャを嗜む。 5
2012-06-08 23:42:40「イヤーッ!」バンダースナッチは欄干を蹴り、サマーソルト・ジャンプでクローンヤクザの銃弾を回避すると、膝立ち着地と同時に左右にクナイ・ダートを投擲する。「「グワーッ!」」即死!彼はそのまま西の離れに向かって渡り廊下を駆ける!だがワッチドッグが跳躍から着地し、行く手を阻んだ! 6
2012-06-08 23:52:01ウカツ!ワッチドッグのこの素早い跳躍は、全くの予想外であった。「ド、ドーモ、バンダースナッチです」ギルドを破門されたばかりのシノビ・ニンジャは、タタミ三枚の距離で隙の無いオジギを決める。「カチカチカチカチ……ドーモ、バンダースナッチ=サン、ワッチドッグです」無表情なアイサツ! 7
2012-06-08 23:58:17数時間前までアデプト位階であったニンジャ、バンダースナッチは恐怖した。俺に与えられた罰と、この奇怪な番犬ニンジャに与えられた罰、果たしてどちらが真に恐ろしいものかと。ワッチドッグはかつて、ギルドの禁忌を冒してロードの御尊顔を直視してしまったため、思考能力を破壊されたと聞く。 8
2012-06-09 00:03:01だが罰を与えられつつも、ワッチドッグはその能力を買われ生かされたのだ。インペイルメントと同じく。ならば俺はどうか。バンダースナッチはカラテを構え自問する。彼に与えられた罰は死の脱出遊戯。生温い風が吹き、「ナムサンポ」と書かれた川沿いのノボリを揺らす。そして彼はクナイを抜いた! 9
2012-06-09 00:08:58「イヤーッ!」一直線に投げ放たれる鋭角の鋼鉄!連続で四本!バンダースナッチの動きはとても素早い!「カチカチカチカチ」だがワッチドッグは前脚で頭部を難なくガードする。弾き返されるクナイ!這い歩く人間に対して有効な射撃部位は頭部のみであり、敵がそこを狙うのは解りきった事なのだ。 10
2012-06-09 00:19:44「カチカチカチカチ……」ワッチドッグが金属の前脚を下ろす。バンダースナッチがいた場所には白い煙が漂い、その気配は消えていた。ワザマエ!シノビニンジャ・クランが用いるギアのひとつ、スモークボムである。彼はワッチドッグと戦う気などハナからなく、逃げることだけを考えていたのだ。 11
2012-06-09 00:26:43バンダースナッチは西の脱出ルートを諦め、東のホンマルへ駆け戻っていた。警報を鳴らされたからには、庭園に出られてもケイビインに殺されるのが関の山だ。彼は敢えてホンマルへ向かい、ロードに対して恩赦をジキソする賭けに出た。ワッチドッグが背後にいるならば、警備はわずかに手薄のはず。 12
2012-06-09 00:40:33的確な状況判断、かつ大胆な行動力!何故俺はこれをもっと早く発揮できなかったのか。バンダースナッチは悔しさに歯噛みしながら、常人の三倍の脚力とロードの慈悲を信じて駆けた。「ニューワールドオダー」「格差社会」「徹底な」……薄暗い廊下に飾られた訓示ショドーがボンボリに照らされる。 13
2012-06-09 00:49:41バンダースナッチは僅かな減速も惜しむように、壁を蹴りながらL字路を曲がる。両脇のショウジ戸から交互に突き出すサスマタ・トラップを回避しながら、速度を落とさずに駆けた。だが長い廊下の先に現れたのは、先回りしてきたワッチドッグの影!「ダミット!」後方を振り返るバンダースナッチ! 14
2012-06-09 00:57:47「ドーモ、バンダースナッチ=サン、レッドクリーヴァーです」後方のL字路に姿を現したのは、新たな追っ手ニンジャ!大柄な体躯をオーバーオール型ニンジャ装束で包み、大鉈を構えたその姿は、無慈悲な屠殺者を思わせる。逃げ場なし!前門のタイガー後門のバッファローのコトワザじみた状態だ! 15
2012-06-09 01:05:20小茶室に正座するその女ニンジャは、丸ショウジ窓の彼方から聞こえてくる悲鳴と爆発四散の音に顔をしかめた。直後、キョート城は奥ゆかしいウシミツ・アワーの静寂に包まれ、ホーホーホホウという梟の声と、どこかで奴隷オイランの爪弾く陰鬱なペンタトニック・スケールのオコト音だけが微かに。 17
2012-06-09 01:19:43「空はこうも晴れているのに、陰湿なものですね」と女ニンジャ。艶のある長い黒髪。けぎよい赤の和服。その胸は豊満であった。彼女の名はユカノ。ドラゴン・ニンジャクランの頭領ドラゴン・ゲンドーソーの孫娘であり、忘れ形見である。そして今はザイバツ・シャドーギルドに囚われの身であった。 19
2012-06-09 01:33:06「そういった皮肉は、ハイクで表現する」パラゴンが黒いヒシャクを茶釜の中に差し入れ、緑色の液体をユカノの前の陶器に注ぐ「キョートではな」。見事なプロシジャであるが、一抹の無骨さも垣間見える。彼が生来の貴族ではない証拠だ。だがそれを敢えて指摘するシツレイ者はギルド内にはいない。 20
2012-06-09 01:45:04「先程の爆発は」ユカノが問う。「客人が気に病むことは無い。キョート城の警備を万全にするために定期的に行っている、タイホ訓練だ」パラゴンは鼻でふんと笑った「侵入者に対しても、脱走者に対しても、万全に対応できるようにな」それは即ち、妙な考えを起こさぬようにという牽制でもあった。 21
2012-06-09 01:56:11「客人?」ユカノが露骨に不愉快な顔を作る。「左様」パラゴンがセンスを胸元から取り出し、チャガマを仰ぎながら答える「ザイバツ・シャドーギルドが理想世界を築き上げるために、貴女の力が必要なのだ。ずっと探していた」「私の気持ちは、どこにあるのですか?」ユカノはチャに手をつけない。 22
2012-06-09 02:14:38「記憶は戻っていると聞いたが……」とパラゴンは立ち上がる「確認のために、名は?」「ゲンドーソーが孫娘、ドラゴン・ユカノ」彼女は力の宿った瞳でそう答えた。パラゴンは少し思案してから、含み笑いを漏らす。「それは、違う」「……何が違う?……ドラゴン・ニンジャクランを愚弄するか?」 23
2012-06-09 02:24:02「ついて来るといい。城内を案内しよう」パラゴンは取り合わない。フスマを開き振り返ると、宗教扇動者めいて両手を大仰に広げ、こう言った。「我らが結社の理念を語ろう。きたるべき理想世界を。さすれば、貴女は進んで我がロードへの助力を申し出るはずだ。力を失った哀れな神話級ニンジャよ」 24
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