■胸を張る文化・腹を張る文化

皆さんは、胸式呼吸・腹式呼吸どちらで呼吸していますか。 また違いはどこにあるのでしょうか。 歴史を遡ってみていきたいと思います。 続きを読む
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■胸式呼吸
「胸で呼吸する」呼吸法は「胸式呼吸」と言いますが、この「胸式呼吸」では、「吸う息」に重点が置かれていて、「吐く息」より「吸う息」が長くなっています。
 「吸う息」に重点を置いて、胸で呼吸すると、交感神経が刺激されます。交感神経が刺激されると、アドレナリンが分泌されて筋肉が緊張し、体もこころも臨戦態勢に入ります。そのため、交感神経は「戦うための神経」とも言われています。
 たとえば、戦う場合には、相手をよく見るために瞳孔が広がり、滑らないように適度に手足に汗をかき、筋肉を緊張させて運動機能を高めるために、心臓の動悸が速くなり、呼吸数も多くなります。「胸式呼吸」というのは、人を「戦闘モード」にする呼吸法なのです。

 私たち現代人の呼吸は、たいてい、この「胸式呼吸」です。その証拠に、おそらく皆さんは、深呼吸というと、胸一杯空気を吸い込むことだと思っておられるのではないでしょうか。それが、つまりは「胸式呼吸」なのです。
 昔の日本人は、胸がへこんで、腹が出ているのが、よい姿勢だと考えていましたが、現代の日本人は、欧米人のように、胸が出ていて、腹がへこんでいるのが、よい姿勢だと考えています。昔と今では、日常的な体の動かし方も、理想とされる姿勢も、明らかに変わってしまったのです。
実はこの変化は、明治時代からなのです。

明治政府は、欧米の列強に追いつき追い越すことを目標に、富国強兵策をとりました。
日本を世界の一等国にする。そのためには、外国との戦争に勝てる立派な軍隊が必要だと、はやくも明治6年には徴兵令が出されています。
 そこで採用された欧米式の軍隊訓練方が、日本人の体を変えてしまったのです。私たち日本人が、胸を張り、腕を振って歩くようになったのは、そのときからです。
軍隊訓練方の名残としては、昭和の初期に始まったラジオ体操や、学校の遠足というのも、胸を張り、手を振って歩く「行軍旅行」から始まったものです。また、運動会も軍事教練のなごりです。
 兵式体操を学校教育に取り入れたのは、「日々の生活はみな戦争だ」と言った、初代の文部大臣、森有礼ですが、世界の一等国をめざした明治政府は、この世界を生存競争の戦場とみなすイデオロギーを、軍隊と学校教育を通じて、国民に植え付けたのです。

■腹式呼吸
 「腹式呼吸」では、「吸う息」より「吐く息」が長くなっています。「吐く息」が長いと、副交感神経が刺激されて、筋肉が緩み、体もこころもリラックスします。
この「腹式呼吸」ですが、もともと、リラックスするためにあるわけではありません。そうではなくて、東洋人の伝統的な呼吸法である「腹式呼吸」は、人間としての完成をめざして、身心を鍛練する方法でした。
 東洋では、健康法でも修行でも、すべて、この「腹式呼吸」が基本になっています。ヨガでも、太極拳でも、気功でも、座禅でも、その中心は、みな「腹式呼吸」です。

 胸で呼吸する「胸式呼吸」は、戦うための呼吸ですから、こころは常に外を向いて緊張しています。ですが、腹式呼吸=「丹田呼吸」では、こころが常に内を向いて、丹田(下腹)に向かっています。
 そういう呼吸で身心が鍛練されてきますと、丹田に体の重心ができ、そこに、こころの重心も重なってきます。そうなって、体とこころの重心が、常に、丹田にあるようになった人、それが、「腹の出来た人」なのです。
 「腹の出来た人」は、体もこころも、ゆったりと落ち着いています。それは、何が起こっても、動じない一点があるからです。つまりは、「腹が据わっている」のです。
 ちなみに「腹が据わる」の反対は、「腹が立つ」です。