山本七平botまとめ【ヒストリア/目撃者の記録③】/相手の”予定稿”と馴れ合う日本人の「対話(=断絶)」/~ベトナム帰還兵を取材した田原総一朗が切り捨てた戦場の事実とは~

山本七平著『なぜ日本は敗れるのか―敗因21ヶ条』/第1章 目撃者の記録/23頁以降より抜粋引用。
14
山本七平bot @yamamoto7hei

18】常に起るこのやりきれない光景。だが私は、遺族だけはそれが許されると思っている。しかし、それ以外の一体誰に、こんなことを断定する権利があるのだ。この取材者は、「戦場におかれた兵士」というものを正確に掴んでいるのか。掴んでいない。それさえ掴まずに勝手な断定をするとは。

2012-09-01 04:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

19】一体なぜ、まず戦場の兵士の実態を謙虚に取材しようとしないのか。一人の人間が前線に置かれる。彼の視界は、快晴の日中に平滑地で三百m、雨天・曇天・朝夕にはせいぜい百mである。しかもそれが最大限であって、戦闘となり、ピタリと地面にはりつけば視界は前方のみで十mもない。

2012-09-01 05:27:55
山本七平bot @yamamoto7hei

20】見えないのだ、その見えない人間に、何を聞いても答えられる筈がないではないか。取材者は「何人ぐらい殺した」「何人殺した」と執拗に取材している。全くばかげた質問だ、戦場の兵士にそんな事がわかる筈はない。第一、五mも離れていない隣の兵士の戦死の情況だって正確にはわからない。

2012-09-01 05:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

21】わからないことはわからないのだ、それを正直に言うことが、なぜ「言い逃れ」なのか。一体、どういう嘘をつけば、言い逃れでないと認定してくれるのか。戦場では殆ど――特に第一線で戦闘状態にあれば――新聞・ラジオ・テレビといった情報源は全くない。

2012-09-01 06:27:52
山本七平bot @yamamoto7hei

22】そこにいる兵士は、最大限五百mの視界と、戦場を渦巻く様々なデマ、あらゆる種類の伝聞の中にいる。一兵士は戦場ではそのように、徹底的に遮断され、何もわからない状態におかれている。少し冷静に考えれば、この…取材者の言葉が、いかにばかげきったものであるか、誰にでもわかる筈である。

2012-09-01 06:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

23】U軍曹は私の前方約二百mぐらいのところで射殺された。また親友であったI少尉は私の前方百mぐらいのところで射殺された。しかし私は、二人の「死んだ瞬間」の情況を知らない(聞かないとは言わないが)。

2012-09-01 07:27:57
山本七平bot @yamamoto7hei

24】この私が、もし、この二人の前方さらに百mか二百mのところにいる米比軍を「何人殺した」とか「何人射殺した」とか言ったら、それは私が嘘をついたに決まっているだろう。では私のところは後方の安全地帯だったのか。もちろんそうではない。

2012-09-01 07:57:40
山本七平bot @yamamoto7hei

25】現代戦、特にジャングル戦は戦線が犬歯状に入り組むから、敵は、前にいるのか横にいるのかわからない。もちろん私のところにも弾丸はとんでくる。だが発射音は一瞬であり、その瞬時の音から、相手の射撃位置を的確につかむことは、簡単ではない。

2012-09-01 08:28:07
山本七平bot @yamamoto7hei

26】内地から来たばかりの兵士が逆方向に伏せ、敵に足を向けて銃をかまえるといった珍現象は少しも珍しくない。そして時にはあわてて反射的に応射する。またたとえ一瞬目標らしきものが見えたとて、射った兵士には何もわからない。

2012-09-01 08:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

27】近代戦では敵影は見えない。そんなわかり切った事を今でも知らない人がいると会田雄次先生が言われたが、この取材記者もその「わからず屋」の一人なのであろう。このような状態で兵士にこういった取材をして、一体何を聞き出そうというのだろう、どういう予定稿を埋めたいというのだろう。

2012-09-01 09:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

28】兵士は正直に答えているではないか。「よく憶えていない」「よくわからない」そして「言いたくない」と。私だって…これ以外に答えようがない。一体これがなぜ「言い逃れのパターン」なのだ、どこが「もっともらしい」のだ。一体この記者はなぜそう断定するのだ、理由を聞かしてもらいたい。

2012-09-01 09:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

29】もっとも「予定稿」をもっているのはこの記者だけではない。横井さんが出てくればすぐ「戦陣訓」という予定稿が出され、小野田さんの生存が確認されればすぐ「天皇が直接声をかけたら……」という予定稿が出てくる。

2012-09-01 10:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

30】では一体この記者が、横井・小野田両氏を取材したらどうなるか、結局二人の言葉はすべて予定稿に組み込まれ、入らない部分は「言い逃れ」の一言で捨てられてしまうであろう。そして二人が、事実を語れば語るほど「言い逃れ」だとか「もっともらしい」という言葉で棄却されるに違いない。

2012-09-01 10:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

31】これが私のいう予定稿以外は捨ててしまうという意味である。戦争には行動の他は「見」と「聞」しかない。そして個人の「見」の範囲は前述の通りである。従ってもし「見」だけを記せば、それは一兵士という移動する「点」の周囲の三、四mに限られる。

2012-09-01 11:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

32】それ以外の事は彼は「知らない」し「わからない」。従ってそう答えるのが正直であり、何度でもいう、これは「言い逃れ」ではない。N少尉は部下のU軍曹の戦死の情況は「知らない」。知らないから知らないとしか言えない。彼は…その現場へ向っただけである。従ってその時の細部は「わからない」

2012-09-01 11:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

33】わからないから、彼はわからないと言っただけである。だがそういえば、一方的に「言い逃れ」と断定する。そして戦場の「見」は、比島の如く四十数万が短時間で死体になったとて、大体これが普通である。一体この取材者は、どういう前提で兵士に質問を発しているのであろう。

2012-09-01 12:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

34】「殺しの手応え」などというものが戦場にあるはずはないではないか。ない、ないから戦争が恐しいのだ、なぜ、そんなことがわからないのか。これはおそらく、戦争中から積み重ねられた虚報の山が、全く実態とは違う「虚構の戦場」を構成し、それが抜き難い先入観となっているからであろう。

2012-09-01 12:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

35】戦場の「見」の範囲がどれだけかということ、射った弾丸の正確な行方などは、内地の三百m実包射撃でだって、射手には判定がつかないのだということ、まして戦場ではそんなことは皆目わからない。

2012-09-01 13:28:07
山本七平bot @yamamoto7hei

36】さらに敵が倒れるなどという光景は、すべての兵土が地面にへばりついている近代戦では、はじめから起りえないぐらいのことは、ちょっと調べれば、だれにでもわかるはずだ、また一見そう見える場合も、耳元を銃弾がかすめたので、あわてて、伏せたにすぎない場合もある。否、これが殆どだ。

2012-09-01 13:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

37】それをしないで、予定稿に適合する言葉を無理矢理”取材”しようとする。そして『虜人日記』は、こういう状態とは、全く無関係であり、従ってここには、「見」の範囲が明確に出ているのである。では「聞」はどうか。

2012-09-01 14:28:03
山本七平bot @yamamoto7hei

38】N少尉にとってU軍曹の戦死は「聞」であって「見」ではない。確かに彼はその遺体を確認したから、「遺体」については「見」である。一方私にとっては両方とも「聞」である。

2012-09-01 14:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

39】そして「聞」であるという点では、遺体から二、三百mのところにいた私も、遠く内地にいた家族も、実は、同じなのである。人びとが錯覚を抱くのはこの点である。とはいえ両者は同じではない。

2012-09-01 15:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

40】私にはN少尉の言葉がそのまま理解できるが、遺族にとっては理解しかねる「言い逃れ」だという点である。「言い逃れ」と言われてどうするか。N少尉のように沈黙で押し通すか、「ジャップやめろ」と叫んで暴行をするか。

2012-09-01 15:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

41】多くの人は、否、少なくともわれわれ日本人は、どちらもせず、相手の常識という予定稿と「なれ合う」のである。そしてそれを「対話」と呼ぶ、実は、遮断であるのに。

2012-09-01 16:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

42】そして『虜人日記』にはそれがない。「見」にそれがない如く「聞」にもそれがない。読者もしくは読者を代表する取材者との「なれ合い」は皆無である。そして「見」と「聞」を実に正確に書きわけている。

2012-09-01 16:57:44