◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その五)」◆

真上犬太氏(@plumpdog)によるtwitter連載小説 第5回目
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真上犬太 @plumpdog

◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その五)」◆

2012-09-24 21:57:37
真上犬太 @plumpdog

◆「分かるか? こいつは立派な国際法違反だ」渋面、本当に苦渋い物で作り上げたような顔で、そいつは威言を吐く。「ドールの所持はいかなる場合においても、現行犯逮捕、そして廃棄処分だ」皺の刻み込まれた、いかつい顔。彫り上げたような黒い髪の毛、公権力の臭気が漂う男。◆

2012-09-24 22:03:20
真上犬太 @plumpdog

◆『それは外の話です。ここは』「首長に直接言ってもいいんだぞ。ここはお前らのショバだが、ルールを破ればそこから綻びる」黒ヒョウはうろたえ、うな垂れる。「ここをつぶす良い口実だ。お前らを疎ましく思ってる奴はごまんといるだ」男は、くたびれたスーツの中で肩を竦めた。◆

2012-09-24 22:05:18
真上犬太 @plumpdog

◆「先輩、今日はそういう用件じゃ」「黙ってろ」背後に立つのは、濃い四十路男と対照的な、二十歳前後の青年。明るい色のスーツと薄い胸板。公権力よりも公務員といった風情だ。「とりあえず、お前は脳みそから、ここに所属するドールの名簿を吐き出せ」「いい加減にしろ」◆

2012-09-24 22:09:13
真上犬太 @plumpdog

◆「なんだ、お前」「用心棒」ドアを開け放ち、クイはヒョウと男の間に自分を滑り込ませる。大人のケンカに子供が割って入るような光景だ。「なんの冗談だ、チビ」「そっちこそ、うすらでかい図体さらして、邪魔なんだよゴリラジジイ」「あ?」二つの視線が、お互いを貫き合う。◆

2012-09-24 22:13:35
真上犬太 @plumpdog

◆「悪いけど、ここは《Wild Life》の管理下だ。アンタがどんなにすごんだって、無意味だぜ」「……」「それに、太平天国内に収容されたNBCを逮捕や検挙する場合、首長の委任が必要だ。あんた、ちゃんと委任状はもってきてんだろうな?」男は荒く息を吐く。「なんて時代だよ」◆

2012-09-24 22:23:34
真上犬太 @plumpdog

◆「必要だからと勝手に作って、要らなくなったら勝手に殺す。そんなにカミサマごっこがしたいのかよ!」「お前……」男の顔が、剣呑なものに変わる。その指がポケットに差し入れられ、何かが取り出される。「ちょっと、これ見ろ」『やめてください! こいつ頭に傷を』「黙れ」◆

2012-09-24 22:33:08
真上犬太 @plumpdog

◆蒼い半透明のカード、表面に無数の文様が描かれたそれを、クイの眼前に突きつけた。「『遵守命令』だ。『俺の言葉に抵抗するな』」「う……」それを目にした途端、かすかに手足が強張る。言葉が、かすれる。「そうやって……なんでも、言うこと効かせる、かよ」「なるほど『壊れ』か」◆

2012-09-24 22:42:09
真上犬太 @plumpdog

◆男は満足し、カードを収める。途端に、束縛が消えてクイは膝を突いた。「くそ……ったれ」「なるほどな。店に人間の姿が見えないと思ったが、お前みたいな『ロスト・プライオリティ』を入れてるからか」男は、口元に深い笑みを浮かべた。「二重の違反だな」◆

2012-09-24 22:47:19
真上犬太 @plumpdog

◆「お前がどう考えようと」男はポケットから取り出したタバコに火を点す。「NBCは動産だ。高価で、危険な。それを取り締まり、違法なものを摘発、廃棄するのは当然のことだ」燻らせた煙が、部屋に広がる。マークが黙って、灰皿を差し出した。◆

2012-09-24 23:00:51
真上犬太 @plumpdog

◆「お前もネットハックぐらいは出来るんだろう? 見たところ特定の動物種をベースにしてない。一点物のデザインNBC、いわゆる『アール』って奴だ。基本スペックを開示してみろ。ついでに、どこかのお偉いさんの裏帳簿まで、吐き出してもらおうか?」『それは無理です』◆

2012-09-24 23:06:56
真上犬太 @plumpdog

◆『クイのデータは、ないんですよ』さっきの命令のせいでひどく頭が痛み、世界に霞が掛かる。その帳の向こうで、マークがおずおずと説明を進めていた。『こいつは、うちの店の子が三ヶ月前に拾ってきて……頭に傷を負ってて、まともに自分のことも言えないほどだった』◆

2012-09-24 23:19:49
真上犬太 @plumpdog

◆『だから《Wild Life》の人にリブートを……でも「プライオリティ」も、うまく定着しなくて……だから』男は鼻白み、タバコを消す。「まぁ、いい。確かに今回は委任状もない、単なる聞き込みだからな」「……クソッたれ」クイは、全身全霊で、男を睨みつけた。◆

2012-09-24 23:28:43
真上犬太 @plumpdog

◆「さて、お前の話も聞かせてもらうぞ。クソガキ」「誰が、お前になんか……」ためらいなく抜き放たれるカード。《プライオリティ・シート》NBCを従わせる鞭であり縛杖。「お前みたいなロス・プラには、こいつは相当の苦痛を伴うらしいな」「や……やめろ」◆

2012-09-24 23:34:14
真上犬太 @plumpdog

◆「なら、とっとと吐け」冷たい命令、獄吏の懲罰のように、無常に降る言葉。「生意気な口を叩いたところで、お前は結局、物だ。人には逆らえない」血の激流が視界を赤く染めるほど、クイは歯を食いしばる。それは所詮、はかない反逆だった◆

2012-09-24 23:38:46
真上犬太 @plumpdog

◆「はい」手渡されたカップを受け取ると、何気なくストローを口に咥える。「俺、これ嫌いだって言っただろ」「そうだっけ」静まり返った小さな部屋。レースのカーテン、ダブルベッドにかけられたフリル付きのシーツ。情事の場は明かりもなく、薄い壁からも音の漏れはない。◆

2012-09-24 23:40:58
真上犬太 @plumpdog

◆言葉は軽い。どこまでも。デルフィはまるで気にしないといった顔だった。いつものこと、いつもと同じこと。どんな風に扱われようと、それは初めから決まっていたこと。「ちょっと休みが続くと、お腹周りが気になるんだよねー。だからみんなで……」「やめろよ」◆

2012-09-24 23:43:09
真上犬太 @plumpdog

◆「なんで、そんなに、そんな風に出来るんだよ」「クイ」「平気なのか!? だって、リリーは」「うん。分かってる。もう帰ってこないし、そのことは悲しいよ。でも」ゆっくりと、首を横に振る。「だからって、悲しいね、苦しいねって言うのは、嫌なんだよ」◆

2012-09-24 23:45:56
真上犬太 @plumpdog

◆その顔は引き締まって、クイをまっすぐに見る。「昔、この仕事を始めたときに、ある人から言われたの。自分を哀れんじゃダメだって。それより、楽しいこととか、うれしいこととかを考えなさいって」「そんなの、ムリに」「決まってないよ」デルフィは、首を振る。決然と。◆

2012-09-24 23:48:45
真上犬太 @plumpdog

◆「美味しいものとか、みんなでカラオケ行ったり、飲みに行ったり、なにか洋服買ったりとか、あとね、お客さんと話すのも楽しいし……時々、エッチも楽しいときがある」自分の身の回りの、小さな喜びを拾い集めるように、シーツの上を細い指が撫でていく。◆

2012-09-24 23:51:03
真上犬太 @plumpdog

◆「あたし達と、人間と、どこか違うかな?」「……え?」デルフィは笑う。こちらの驚いた顔を見て、笑った「そんなの、違いすぎるだろ! あんなカード一枚で自分のやりたいことも出来ないで、それに勝手に生まれされられて、勝手に殺されて!」「じゃあ、人間とあたし達、どこも違わないね」◆

2012-09-24 23:56:42
真上犬太 @plumpdog

◆「あたしのところに来るお客さんなんてね、しょっちゅう言ってるよ? 自由が無い。いつも苦しいって。あたしのことがうらやましいって」「ふ、ふざけんなよ! そんなの……恵まれてる奴の言い分だろ! あいつらは自分で好き勝手できるから、そんなことが言えるんだよ!」◆

2012-09-25 00:00:19
真上犬太 @plumpdog

◆「そう、かもね」それきり、彼女は黙り込んだ。それから、そっとクイを抱きしめる。 「おい?」「ごめん、ちょっとだけ、こうしていて」その体は、震えていた。体を反転させて、後ろに腕を回す。小さな体は、まったく彼女の全てを、包むことは出来ない。◆

2012-09-25 00:05:52
真上犬太 @plumpdog

◆それでもクイは、必死にデルフィの震える体を、抱きしめ続けた。夜が明けるまで。◆

2012-09-25 00:06:37