◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その十二・つづき)」◆

真上犬太氏(@plumpdog)によるtwitter連載小説 第14回目 第1回目はこちら http://togetter.com/li/372910
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真上犬太 @plumpdog

◆ぐっと、頭が揺さぶられる感覚。センシティブになったニューロンが、放散された磁場に震える。耳に感じる周波、肌に感じる電波、目を焼く赤外線放射。その全てが染み込んでくる。無数の泡沫、極上のシャンパンのような愛撫。◆

2012-12-15 10:09:30
真上犬太 @plumpdog

◆そうした一切が、クイの思考に痕跡を残す。同時に脳の深奥、束ねられた神経細胞の束帯に埋められた、見えざるフィルターがそれをろ過していく。「く……っ」脳が数倍に膨れ上がったような感覚が起こり、明確な形を持って数列が浮かんだ。◆

2012-12-15 10:13:13
真上犬太 @plumpdog

◆その数列はさらにもう一枚の薄い皮膜を通し、意味ある形へと昇華されていく。構築される意味、形を成すそれ、目の前に現れる文字列。『パスワードを入力してください』。表示を見て、クイは笑う。「ああ、すぐに入れてやる」◆

2012-12-15 10:15:36
真上犬太 @plumpdog

◆「見るのは初めてか」タバコをふかしつつ、遠山は傍らの井垣を眺める。若い刑事は、口を半開きにして彫像のように硬直した生命を呆然と見ていた。「それが”スナッチ”だ」「ただのハッキングじゃないんですか?」「もっとひどいもんだ」◆

2012-12-15 10:18:57
真上犬太 @plumpdog

◆「こいつらは磁気や電子、赤外線の発散から、CPUやストレージデバイスの動きを『視る』ことができる。そこまではいいな?」時折、筋肉をぴくぴくと蠢かせる姿は一層不気味で、動物然とした異形とあいまって化け物のように見えた。◆

2012-12-15 10:23:37
真上犬太 @plumpdog

◆「パソコンの起動と同時に、ストレージからRAMへ情報が並べられていく。その様子をコイツは『視ていた』。どんなデータがやり取りされて行くのかをな」井垣は考え込む、データが起動し、OSがRAMに展開するのを見るということは。◆

2012-12-15 10:27:13
真上犬太 @plumpdog

◆「まさか、それでパスワードを盗むんですか?」「……そうじゃない。こいつらは、頭の中にもう一つの『本体』を構築しちまうんだ」「脳に再構築したOS本体をエミュレーションして、パスワードを割り出す、ひたすら地道な作業だよ」◆

2012-12-15 10:33:16
真上犬太 @plumpdog

◆いつの間にか、本来の動きを取り戻したクイは、要領が飲み込めていない若い刑事に口元を歪めて見せた。「パスワードの解析終了だ。もうコイツは俺の意のまま、自由に情報を引き出せるよ」そう言いつつ人足し指を突きつける。◆

2012-12-15 10:35:09
真上犬太 @plumpdog

◆短い駆動音の後、刑事たちの持つ端末に、サーバの中身が開示され始めた。「ヒュープにも繋がせてるから、箱の中身は本部に移送済みだぜ。必要そうなデータはそっちに落としてる」「意外に早かったな」「チョロすぎてあくびが出るよ」◆

2012-12-15 10:38:11
真上犬太 @plumpdog

◆実際、クイにとって仕事はあっけないぐらいに早く終わった。対NBC用の物理侵入対抗装置も簡単なもので、使われているOSも『人間用』でしかなかった。「まだよく分からないんだけど、要するに君の頭の中に本体を入れたってこと?」◆

2012-12-15 10:43:54
真上犬太 @plumpdog

◆「ああ。10テラ程度の代物だったからな。磁殺用の回路をごまかすより、頭の中でやったほうが安全だし」「えーと……」目の前で起こった事態を理解できない井垣は、結局理解を放り出し、送られるデータに集中し始める。◆

2012-12-15 10:46:06
真上犬太 @plumpdog

◆だが、中年刑事はクイを睨んだ。「大分イイ性能じゃねぇか、ええ?」「お褒めいただきありがとうございます、警部殿」「10テラのOSを五分でエミュレートか」「ヒュープなら、このぐらいはやってのけるだろう?」◆

2012-12-15 10:49:09
真上犬太 @plumpdog

◆剣呑な光を湛え、男が毛むくじゃらの顔を睨む。「ああ。確かにな。だが、あいつは事務所勤めで、お前は外回りだ」「今は政府の首輪付だぜ?」「その首輪を抜けられたら、困る案件だってことだ」◆

2012-12-15 10:52:58
真上犬太 @plumpdog

◆”スナッチ”の原理はあきれるほどに単純だ。常軌を逸した感覚能力で、外部からコンピュータの動きを理解し、そのデータを頭の中で再構築する。本体OSにアクセスすらしないために、本体を乗っ取るハッキングとは根本的に違うものであり、通常の方法では感知されない。◆

2012-12-15 10:57:18
真上犬太 @plumpdog

◆エミュレーションされたOSは、何度でもNBCの中で操作し、見聞することが出来る。たとえパスワードを一度ミスしただけで崩壊する仕組みを持っていたとしても、脳の中で何度も再構築すればいいだけのこと。プログラム的な防御は何の役にも立たない。◆

2012-12-15 11:06:16
真上犬太 @plumpdog

◆特殊な周辺機器の接続が使用条件であったとしても、その特殊機器の信号さえ知っていれば、それを脳で『流して』やればいい。コンピュータ制御された機械にNBCを近づけることは、情報漏洩の危険性を冒しているということだ。NBCの中には、半ば無意識に読み取ってしまう個体もいるという。◆

2012-12-15 11:12:23
真上犬太 @plumpdog

◆読み取り機械を必要とせず、侵入した痕跡すら残さない。軍用兵器として作られたNBCの真価。それが”スナッチ”だった。◆

2012-12-15 11:12:54
真上犬太 @plumpdog

◆「俺が気に食わないなら、返品すればいいだろ」「まだ期間内だからな、せいぜいこき使ってやる」ご自由に、と心の中で付け加えると、クイもデータに意識を戻す。そうだ、こんな刑事の真似事などさっさと終わらせるべきだ。◆

2012-12-15 11:16:36
真上犬太 @plumpdog

◆証券取引のデータに混ざり、テロ行為の指示書が混じりこんでくる。指示書に添付された催眠誘導と洗脳用の刷り込み情報を丁寧に避けつつ全容を理解していく。「ニューフロンティア辺りの過激派だろうな。外相の暗殺が指示されてる」「入れ込んだヤツの手がかりは?」「ないな。……いや」◆

2012-12-15 11:23:24
真上犬太 @plumpdog

◆なにか、不愉快な感覚がする。テロ行為とはまったく別の指示が混ざりこんでいる。犯人が操られていたのは間違いない、だがテロの準備に隠されるように走るこの命令は。「おっさん、ちょっとここを見てくれ」「敬語をめんどくさがるんじゃねぇ。で、これがどうした……」◆

2012-12-15 11:27:44
真上犬太 @plumpdog

◆タブレット上に流された一文。一見するとテロ行為の準備にも見える指示だが、明らかに違う。「行動の障害となるNBCの破壊と……脳の採取、だと?」「別におかしくないんじゃないですか?」井垣も参照データを眺めつつ、感想を述べる。「NBCの脳から直接外相を襲うためのデータを」◆

2012-12-15 11:37:55
真上犬太 @plumpdog

◆「違う。これは無差別だ」隠されたフォルダのいくつかを開放し、クイはその犠牲者のデータを取り出した。そこにあるのは、種族も業種もばらばらのNBCたちのデータ。その一つに、目が釘付けになる。「リリー……」ウサギのような長い耳を付けた女性の顔。◆

2012-12-15 11:39:51
真上犬太 @plumpdog

◆太平天国の娼婦の顔の脇に『摘出/出荷済み』の記号が添付されていた。「意外なところで、手がかりが見つかりやがったな」「……手がかり?」自分の仲間の死を、改めて突きつけられて、クイの胸があわ立つ。単に殺されたわけではなく、何かのたくらみによって殺されたという事実。◆

2012-12-15 11:40:54
真上犬太 @plumpdog

◆そのことに抑制命令と怒りの発現がせめぎ合う。「一体どういうことだ」「これがお前を雇った理由だ。NBCを狙った連続破壊事件、そして殺人」自分の感情を押さえ込まれたまま、クイはのろのろと顔を上げる。遠山は、目の前の箱を見つめて指示を飛ばした。「命令したやつの手がかりを探せ」◆

2012-12-15 11:43:55