◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(最終話)」◆

真上犬太氏(@plumpdog)によるtwitter連載小説 第16回目 第1回目はこちら http://togetter.com/li/372910
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真上犬太 @plumpdog

◆薄暗がりにそびえる異様な体躯。身長差は二倍はあるだろう。体を右前に構え、拳を固めた右手を前、左手を後ろ。腰は高く、膝が軽く曲げられている。主に打撃を中心とする身の拵え。こちらの隙を盗むように、気づかないほどの運足で距離を詰めて来るのを、クイは静かに見つめた。◆

2012-12-28 21:53:29
真上犬太 @plumpdog

◆(サイドキックと拳の軌道からするとカラテに近い立ち技、もしくは軍隊格闘技辺りか。とはいえ、見せ技って線も捨て切れないからな)対するクイは、相手と鏡で映したように同じ構え。ただし、両手は開き、ひじを下に落とすように構えを作り直す。(それにしても、なんだコイツ)◆

2012-12-28 21:55:14
真上犬太 @plumpdog

◆相手の表面温度は約二十度、つまり室温とほぼ変わらない。仮面の下から呼吸音は聞こえず、奇妙な光沢のボディアーマーも擦れる音すら立てていない。(金属鎧? カーボンナノクロースか? そもそも、コイツは……人間なのか?)小麦色の毛皮の下、僅かな汗腺から緊張がにじむ。◆

2012-12-28 21:56:22
真上犬太 @plumpdog

◆『時間稼ぎか』仮面がそっけなく言葉を発した。その瞬間、こげ茶色の獣の顔が、勢い良く吹き飛んだ。◆

2012-12-28 21:57:28
真上犬太 @plumpdog

◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート」(最終話)◆

2012-12-28 21:57:42
真上犬太 @plumpdog

◆「くはっ!」顎に下から跳ね上がった蹴りを必死に避ける。その煽りで髪が花火のように弾け、鞭のような前蹴りの一撃で顎がひりつく。薄暗がりに潜む蛇のように、しなやかに踊る蹴りが再びクイの体に突き出される。「くそっ!」すばやく後ろに下がるが、その距離すら計りきった一撃が追う。◆

2012-12-28 21:59:09
真上犬太 @plumpdog

◆元々リーチは向こうが上、それを見越しての位置取りをしていたはず。だがクイの体は一蹴りごとに、削り取られていく。男のやっているのは単純な前蹴り。空手の流派であればどこでも教えている当たり前の技だ。前足を抱えるようにして上げ、親指の下、上足底と呼ばれる部分を当てる。◆

2012-12-28 22:03:55
真上犬太 @plumpdog

◆問題はその正確さ。狙撃手のように体の中心、頭丁から股間までの体幹を貫く正中線を外さずに撃ってくる。そこを狙えば、多少左右にずれようが、結局は『当たる』のだ。一撃を喰らわないよう、クイは体を半身に保ち、真正面をさらさないように避け続ける。だが。◆

2012-12-28 22:04:29
真上犬太 @plumpdog

◆「ぐうっ!」わき腹を鋭い一撃が襲い、制服と一緒に毛がむしり取られた。長い書架の列が生み出した『壁』が、回避を一層困難にしている。体勢を崩したクイに槍の穂先のごときつま先が、間髪入れずに襲い、浅く皮膚が、鈍い衝撃が、少しづつダメージを蓄積していく。◆

2012-12-28 22:06:26
真上犬太 @plumpdog

◆(……調子に乗るなよっ)それでも回避によろめく姿勢を建て直し、腕や手で脚を捌いて軌道変更、攻撃を遅滞させる。同時に周囲を探り、逆転の構図を描き出す。背後に感じる書架の十字路、そこに行きさえすれば。◆

2012-12-28 22:08:58
真上犬太 @plumpdog

◆回避行動と同時に十字路のどちらかに逃げる。そうすれば体勢を立て直し、反撃も逃走も可能だ。『浅いな』顔面を射抜く鋭い前蹴り。その一撃を交わされてなお、仮面は哂う。『言っただろう、逃がさないと』言葉も蹴りも止めず、対手は操作を行う。同時に腹の底を震わす音が響いた。◆

2012-12-28 22:11:20
真上犬太 @plumpdog

◆書架から届くモーター音、磁界の波紋、その全てがクイの五感を焼き、背筋を凍り付かせた。「嘘だろっ」背中越しに感じる、棚の動く音。一列全長200メートルほどの書架が、全ての隙間を閉じ、一本の道と化した音。「いつの間にそんな操作!? 大体、この建物にはNBCなんて……」◆

2012-12-28 22:12:52
真上犬太 @plumpdog

◆そう言いながら、クイは今更ながらもう一つの異常に気が付いていた。(繋がってない……ジャミングされている)本部との連絡網が途絶えている。単に電波が接続用ポートが無いだけではない、警察車両に配備された電波増幅装置にさえコネクトできない。「お前がやってるのか!?」◆

2012-12-28 22:16:38
真上犬太 @plumpdog

◆『だとしたら?』目の前の仮面の正体はNBCということになる。しかし、何かが違う。脳から発散される磁界は人間のものと同じだし、そもそも、呼吸をしない生物など存在しない。『良く持った方だが、所詮は使い走りか』こちらの動揺など頓着もせず、異常な存在がこちらに近づく。◆

2012-12-28 22:18:43
真上犬太 @plumpdog

◆どうする。ここまで約三十秒の攻防が脳内に駆け巡る。相手はただひたすらコンパクトで、鞭のような前蹴りのみを使っていた。相手の足は、自分の肩ぐらいまでの長さ。リーチ分だけで自分の最長攻撃範囲を超えていた。しかも、予備動作から蹴撃、さらに脚を戻すまでの時間が短い。◆

2012-12-28 22:19:49
真上犬太 @plumpdog

◆たとえ一撃を貰う覚悟で軸足を刈りに行ったとしても、すばやく戻った脚、あるいは膝で迎撃されるのがオチだ。さらに問題なのは相手の駆動がわからないこと。奇妙なボディアーマーのせいで、筋肉の動きが消されている。服も纏っていないために、攻撃の予備動作や軌道のデータも取れない。◆

2012-12-28 22:23:47
真上犬太 @plumpdog

◆両脇の書架を目に留める。ここを駆け上がるか? その間に相手の蹴りが、無防備な体をさらした自分に突き刺さるだろう。『皮肉な場所に逃げ込んだな』言葉は冷たく、同時に背後を新たな書架が閉ざす。『むしろ今のお前なら、縋りつきたいような知識の山か』気は逸らさず、目端だけで棚を追う。◆

2012-12-28 22:24:45
真上犬太 @plumpdog

◆日本に伝わる武術の書籍。空手や柔道などの要諦を記したものだけでなく、古武術と呼ばれる、遥か昔に失伝した技法について書かれた本が数多く並んでいた。『今は無き柔術の開祖は、お前より少し高い背でありながら、巨漢を投げ飛ばしたそうだぞ』「そんな妄想に縋りつく気は無い」◆

2012-12-28 22:26:12
真上犬太 @plumpdog

◆「人間型の生物の強さは、身長・体重・筋肉量でそのポテンシャルが決まる。武術や格闘技は肉体操作を洗練させ、対応力を高めるテクニックってだけだ」『なるほど。実にお前達らしい答えだ。冷静に判断し、正しい答えを出すよう定められた生物』対手の皮肉な言葉に、クイは笑った。◆

2012-12-28 22:27:01
真上犬太 @plumpdog

◆口の端を上げて、歯をむき出すように。そうだ、リーチも筋肉量も違いすぎる相手に対し、小兵が勝ちを収めることなど無理に決まっている。体格の不利は埋められない溝。それを何とかするのが奇襲奇策であり、あの時の牛との対戦も、こちらの意図や速度を悟らせなかったから出来た代物だ。◆

2012-12-28 22:28:27
真上犬太 @plumpdog

◆現場と自分の不利の認識、そして笑い。その要素が、クイの心に奇妙な余裕を呼んだ。異常な相手と事態に対する混乱で曇っていた思考がぬぐわれていく。「ふぅ……」息を吐いて横隔膜を沈め、肩に入っていた力を抜いた。頭に近い位置の筋肉を緩ませることで、張り詰めていた感覚が解ける。◆

2012-12-28 22:29:41
真上犬太 @plumpdog

◆意識の働きが鎖から解き放たれ、回転する。攻撃の速度は大分理解した。前にした脚から放たれる蹴りは確かに早いが、戻しを考えているためか『軽い』。同時に、蹴りのモーションに入っているならば拳による打撃は考えなくてもいいはずだ。◆

2012-12-28 22:30:48
真上犬太 @plumpdog

◆圧倒的な体格差とリーチを持ちながら、決して大ぶりをしないのは、慎重さと冷静さを併せ持っているから。こちらの反撃にも対応策を用意しているだろう。そして、もう一つ。「俺から一つ提案がある」『なんだ』「俺に本気を出させてくれないか」◆

2012-12-28 22:31:50
真上犬太 @plumpdog

◆仮面は僅かに動きを止め『そんな提案に乗る意味があるのか?』「不完全燃焼のまま、終わりたくないだろう?」やり取りを終え、黙考する。『だが』「準備ならもう済んでる。あんたは数秒俺にくれるだけでいい」予想通りの反論を、理想的な答えで返す、今度はほぼノータイムの決。『よかろう』◆

2012-12-28 22:32:53
真上犬太 @plumpdog

◆構えを解かず、それでも仮面の緊張がかすかに緩む。クイはポケットに手を差し入れ、緑色のプレートを左目の前にかざした。『全ての制約を解除:委譲権利を5分間のみ行使。対象……目の前の仮面!』両目がシャッターを切る。その瞬間、鈍磨され、曇りがちだった世界が、拭い清められた。◆

2012-12-28 22:34:22
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