池田信夫にみる “差別発言・差別主義者に寛容な国、ニッポン…”?!
「ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とをかきたてつづけることに腐心しておりました。 若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。」ワイツゼッカーのドイツ連邦大統領演説です。
2012-09-28 11:39:36リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領の、ドイツ連邦議会における終戦40周年記念演説ですね。http://t.co/iBZahcWJ RT @hirakawamaru
2012-09-28 17:06:11「ヒトラーが常に腐心していたのは、偏見と敵意と憎悪を煽ることです。若い方々にお願いしたい。敵意と憎悪に身を任せないように。他の人々に対して。ロシア人にもアメリカ人にも。ユダヤ人にもトルコ人にも……」。
2012-09-28 17:13:46この演説は内外で大きな反響を呼び、その年10月には、ドイツ大統領として初めて、イスラエルを公式訪問することに結実した、とされている。http://t.co/xg5Yz2B7
2012-09-28 17:14:07ただし、同じ演説で、彼はこうも言っている。「一つの民族全体が責任を負ったり免責されたりするなどということは、ありえません。責任というものは、結果からの免責と同様、集団にではなく、ただ個人にみ帰するのです」。(続く)
2012-09-28 17:22:01(続き)「今日のドイツ人の多くは〔ナチの〕悪行に際して幼児だったか、あるいは生まれてもいませんでした。そのような人々が、自ら手を染めてもいない悪事について、責任を認めるなど、ありえないことです」。(続く)
2012-09-28 17:23:01(続き)「いまのドイツ人が、ただドイツ人であるというだけの理由で、贖罪に甘んじなければならない、などということはありません。とはいえ、過去のいきさつは、今日のドイツ人に、もとより多大の負の遺産をもらたしているのではありますが」。ドイツの良心と言われた大統領の、30年近く前の演説。
2012-09-28 17:28:40責任が集団的なものでありうるのか、というのは、戦後ドイツにおける大きな問題だった。ナチの悪行当時生まれてもいなかったドイツ人がその悪行に責任を負うのだという論理は、「あいつらがキリストを殺した」というユダヤ人の集団的「責任」を問う議論につながる。われわれにとっても他人事ではない。
2012-09-28 17:32:08ヴァイツゼッカー大統領は、そうした集団的責任論を明確に否定し、繰り返し「謝罪」を迫る勢力に対する立場を明らかにするとともに、敗戦国ドイツが負う「負の遺産」は国家として引き受けるべきだとして、道徳的立場を明確化した。それが1985年。ドイツから学ぶべきは、そういうことだと私は思う。
2012-09-28 17:35:27今の日本だと、左右両方から攻撃されますね。RT @tamai1961: ヴァイツゼッカー大統領は、そうした集団的責任論を明確に否定し、繰り返し「謝罪」を迫る勢力に対する立場を明らかにするとともに、敗戦国ドイツが負う「負の遺産」は国家として引き受けるべきだと
2012-09-28 17:37:27そうです。当時のドイツでもそうで、だからこそドイツの良心と言われた。良心的でいるには、確乎たる決意が要る。だからこそイスラエル人にも尊敬された。 RT @Hideo_Ogura 今の日本だと、左右両方から攻撃されますね。RT ヴァイツゼッカー大統領は…
2012-09-28 17:41:07