川上稔さん(@kawakamiminoru)のライブ小説「総統閣下の塔」
その日は夜の十二時が来るのが凄く遅く感じた。だけど始めた瞬間。僕達は自分達の放送よりも、あるものを聞いた。総統閣下の放送の裏で、確かに聞こえたのは「ヘロー ヘロー 少年達、少女達、今日も悪いおじさんが抵抗の曲を聴かせよう。あの馬鹿をもう一度起こすために」
2010-08-14 03:33:46僕達が出せないほどの低い声、そしてこの口調。英雄だ、と翌日の学校では騒ぎになった。英雄が僕達のことを知って、援護にきてくれたんだ、とね。でも僕は知っている。それが英雄の声でも、放送でも無かったことを。
2010-08-14 03:35:14何故ならその放送は、僕が作った”放送局”によるものだったから。そう、僕が彼女に作ってあげたのは、声色を変えるチェンジャーつきの”放送局”さ。そして恋する男は馬鹿だねえ、自分の放送潰されても彼女の声が聞きたいから、増幅機も凄いのつけたよ。
2010-08-14 03:36:37彼女が最も口まね上手いのは、澄まして距離取る振りしつつ、近くにいた僕だけが知っていた。だからあの晩、僕だけが違う意味でガッツポーズとって、浮かれて外に出て職質された。だけど浮かれまくったよ。ああ、いつもなら半日で作れるのを二日かけてよかったなあ、と。
2010-08-14 03:37:48しかし、僕の少年時代はそこで終わる。ホーソーを邪魔された総統閣下が不機嫌に出ていった先で戦争が決まって戦争が起きて、中等部の卒業後に僕は持ち前の技術で通信兵になり、しかし途中で配属地が解放されると向こうの国に組み込まれたからさ。本当だよ? 戦傷もある、──背中に。
2010-08-14 03:39:25気付けば僕は山岳地帯の通信兵になっていて、インドア派から山男だよ。それで戦後って時代になって、総統閣下は今、この国の中に潜伏しているとか土の底だとか聞いた。王都では怒りの矛先どうしよう、ってね。そして僕達の英雄なんだが、これがまた、哀しいことになっていた。
2010-08-14 03:41:05英雄は、レジスタンスを作った後、病で死んでいたらしい。僕達が聞いていた放送は彼が生前に流していたものを切り取り、音楽で穴埋めしたもの。だからあんな低い声で、ああ、ノイズだったんだ。その製作に時間が掛かって毎日放送出来なかったんだそうだね。
2010-08-14 03:42:27ひょっとして、英雄が「死んでいない」と言われたのは、当時の僕達の放送とかがあったってのも、少しは原因になってるのかもね。
2010-08-14 03:43:08ああ、そういう話を聞いたのも、戦勝国側にいたからだよ。ここに戻ってきて、意外と気楽にしてられるのもそのせい。いや懐かしい。ほら、この酒場のドアの向こう。今、雑貨屋だろ? あれ、元は僕の家。
2010-08-14 03:44:32今住んでるのは誰だか知らないが、相談すべきかな。「床下にエロ本があったと思いますが、すいません今はそういう女が趣味じゃないんです。僕のことを誤解しないでください」って。この酒場だって元は友人の家がやって……、マスター御免、悪い意味じゃない。懐かしいだけだから。
2010-08-14 03:45:51で、何でここに来たのか、って? ああ、別にもうここに友人がいないことも解ってるし、彼女や他の皆もいないのも知ってる。だけどアレさ。ほら、あの、丘の上の総統閣下の通信塔、ってか像。あれね。
2010-08-14 03:47:09あれ、地元の人達……、ってもう僕の知らない連中──、御免、知らない人達だけどさ、何だか強引にぶっ倒してこじ開けようってしてるんだろ? 明日って聞いた。何しろ噂にあるもんね、通信塔の最上階、総統閣下の寝泊まりしていた部屋には財宝が詰まってるって。
2010-08-14 03:48:28だけど、あれがぶった押される前に、ちょっとやっておきたいことがあるんだ。何かは言わない。詰まらないことだよ。あ、君、さっきの、入ってきたときの曲頼む。ああ、そう、それだけはこの町に昔からあった曲だ。同じだ。だからここに入ったんだ。最後に聴けて良かった。
2010-08-14 03:50:02さて、酒場を出よう。今は夕刻。歩きで塔に向かえば、深夜から未明にはつくんじゃないかな。酒も食い物も持っている。そして何よりも、除隊するときの退職金代わりに貰った、軍用の照合水晶だけ抜かれた通信機がある。
2010-08-14 03:52:03いつも見上げていた、100mくらい? あの総統閣下の像を昇り、てっぺん。いや、中ではなく、頭の上にでも立って、「えーと」ああ、やばい。それからどうしよう。ヘローやっか? 本気か? でも何のための通信機だ? ああ、そうとも、これで僕の戦後だなんて思ってないともさ。
2010-08-14 03:54:01ただ僕は、昔のように馬鹿をやってみたいだけなんだろう。中等部の夜、窓の外を窺いながら、親の動きを気にしながらレディオを聞き、放送し、不意に盛り上がって外に飛び出して夜気を浴びるような、あの馬鹿が。
2010-08-14 03:55:04あの馬鹿な時代は、戦争によって寸断されたのか、それとも、卒業によって当然そうなるべきものだったのか。いや、実は寸断ではなく、停止であって、僕にはまだまだそれが有り続けるのか。
2010-08-14 03:55:50「おいおい」──幾つも息を入れ、休みをいれたつもりだったが、数時間歩くと、存外に早くついた。今からこれを昇れば、日の出前に上につくだろう。塔の周囲に作業員達はいない。塔を倒して得る分け前の協定として、抜け駆け無しのため、町に戻っていると酒場で聞いた通りだ。
2010-08-14 03:57:01懐かしいな。この塔の足下までは、昔にも「偵察」に来たことがある。そうそう、このカーブを左に曲がると、あったあった大きい木──、小さいな……。何これ……。僕が大人になったのか子供の頃に馬鹿だったのか。ああ、後者っぽいから哀しい。でも大人だから酒を飲もう。
2010-08-14 03:58:17さて燃料も入れた。昔にあった鉄柵も無い。あとは周囲確認の上で塔の足下──、デケえよコレ!! 100mじゃねえよもっとあるだろ! ある意味記憶通りだ。子供の頃の僕は聡明だったと今証明された。当時証明されてればどれだけ良かったか。
2010-08-14 03:59:59でもまあ、昇ると決めたら昇ってしまおう。一生に一度ってやつだ。小官は総統童貞をこれから捨てるであります……! うん、多分、上から見る風景は気分いいだろうしね。朝に降りて憲兵に捕まるのもいいと思ったけど、今なら皆が起きる前に下って、始発で王都方面に行ける筈だ。
2010-08-14 04:02:00さあザイル用意して、──と。「え? 何? 先客?」っていきなり誰ですかアナタ。聞こえた声に振り返ると、「……あれ?」見覚えあるというか、知ってる雰囲気の女が居る。訂正。彼女がいる。って何!? 彼女!? マジで!? 「やだ! 久し振り!!」やだって何だよ一体。僕は──。
2010-08-14 04:03:46