山本七平botまとめ/【アパリの地獄船⑤】/「飢え」による思考停止/~強制収容所のユダヤ人がおとなしくガス室に入った理由とは~

山本七平著『ある異常体験者の偏見』/アパリの地獄船/167頁以降より抜粋引用。
5
山本七平bot @yamamoto7hei

①話は横道にそれたが、アパリの事件はただ単純な手違いとして、彼らが善意はあっても――これはこの場合の日本兵同様、確かにあった――どうにも出来なかった事であろう。 中国人は死体の山となった。 そして我々はそうならなかった。 この差は何も当時のアメリカ軍が人道的だったからではない。

2012-12-12 14:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

②この点私は新井宝雄氏のように、第二次大戦のアメリカ軍は「反ファシズム」=人道的で、ヴェトナム戦争のアメリカ軍は「帝国主義的侵略」=残虐的で、両者を混同するのは「初歩的な誤り」だというような考え方はしない。<『ある異常体験者の偏見』

2012-12-12 15:27:55
山本七平bot @yamamoto7hei

③第一、氏は生涯に一度もアメリカ軍と戦ったことはなく、後述する「マック制」の恩恵をうけただけであろうから、それから生じた虚像を教条化されても、それは、私にとっては意味はない。 これらは全て、人間には食は不可欠という最も基本的な事実を忘れた最も「初歩的な誤り」にすぎない。

2012-12-12 15:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

④昭和二十年九月十三日(と思う)昼頃、一隻の小型輸送船がルソン島のアパリ港に入って来て、沖合に停泊した。私は海浜に建てられた仮設収容所の砂の上に軍用毛布をしき、その上にぺたりとすわって、有刺鉄線のすき間から、この船を見ていた。全く無感動。無反応、半ば白痴のような状態であった。

2012-12-12 16:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤汗と湿気で半ば腐った上衣と軍袴の下には、何もつけていなかった。身につける最小限の衣類のほかは、とうの昔に、ジャングルの中で火種用・目印用の火縄になり、灰になっていた。靴はなく裸足で、膝から下は一面の熱帯潰瘍、うみが流れ、ハエがそれに卵を生みつけ、傷口から時々ウジが落ちた。

2012-12-12 16:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥水でうみを洗うと、肉が赤いザボンをむいた時のように見えた。全員が、全身シラミだらけ。ぼうぼうにのびた頭髪をかくと、砂の上にパラパラとシラミが落ちた。痩せ細つて、腰がまっすぐにのびない。

2012-12-12 17:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦「半飢餓」だと、味覚は、多少は差があってもほぼ通常のままだが、ここまで至った本当の飢餓になると、味覚が全く狂ってくる。牛乳を飲んで汁粉より甘く感じ、支給されたKレーションの缶詰の塩気や香辛料を異常に強烈に感じ、水を飲みながらでないと、口に入らなくなったりする。

2012-12-12 17:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧…当時われわれを苦しめていたのが、尾籠な話だが実は排泄であった。俗に「下だし型」とか「とまり型」とか言っていたが、前者はアメーバ赤痢か何かで、どうしてもとまらず血の縞の入った鼻汁のようなものが間断なく出てきて、結局、下半身の衣類がベタベタになる型。

2012-12-12 18:27:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨後者は、逆に徹底的につまってしまう型で、この方が多かったと思う。人間、極端に衰弱すると、排便をする力さえ失われる。ひとたびそうなると、石のようにカチカチなものが出口に栓のようにつかえてしまうので、もう、自力ではどうにもならない。

2012-12-12 18:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩「餓鬼」の絵は、骨と皮になりながら腹部だけが異様に膨満しており、『紅衛兵』の記録にもこれと同じ姿の子供のことが出てくるが、これは人間が落ち込む最も悲惨な状態である。 つまったためガスが充満する。だが、それを体外に出す力がない。 そうなると本当にあの絵と同じ姿になる。

2012-12-12 19:28:00
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪確かにこれは「地獄」であり、こうなってしまうと、ほぼ確実に死ぬ。 前にも話した四航軍のAさんは、ジャングルでこの状態になった。 幸い仲のよい衛生兵がいて、肛門に指を入れて「モミガラを粘土で打ちかためた石のように固いヤツ」を掘り出してくれたので助かった。

2012-12-12 19:57:41
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫「ありゃ、命の恩人なんだが、ソイツは死んじまってなあ―」というのが、何十年たっても彼がくりかえす述懐だが、この状態による死は、それくらい苦しいものであろう。 「飢え」で腹がふくれて死ぬとは、全くもう、何と言ってよいかわからない。

2012-12-12 20:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬…スピーカーが私たちに集合を命じた。 飢えのため、考えるという能力がなくなると、人びとはただこういった指示だけで反射的に動き出す。 どこへ行くか、何をされるのか、などという予測をする能力もほとんどなくなる。

2012-12-12 20:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭強制収容所のユダヤ人が、なぜおとなしく一列になってガス室に入って行くか不思議がる人がいるが、私には少しも不思議ではない。

2012-12-12 21:28:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮このとき私自身が、どこへどう行って、どうなるかなど少しも考えず、考える能力も余裕もなく、ただ機械的に毛布をまき、人びとのあとについて、ぞろぞろと桟橋の方へ歩いて行ったのだから、行先がガス室でも、きっと歩いていっただろう。

2012-12-12 21:57:42