山本七平botまとめ/【鉄格子と自動小銃②】/「黄害」の苦しみを忘れ、黄害時代を賛美・美化しても、公害の解決にはつながらない。

山本七平著『ある異常体験者の偏見』/鉄格子と自動小銃/179頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

1】事実、別種の生活形態は非常に理解しにくいものである。「幻の日本兵」事件の原因にも明らかにそれがあるが、同じ日本人のわずか三十年前の生活形態すら、今ではもう理解できなくなっているようである。<『ある異常体験者の偏見』

2012-12-13 19:57:40
山本七平bot @yamamoto7hei

2】たとえばカトリックの『世紀』という雑誌に、武市英雄氏が「中国の農民は、日本の農民よりも物事をよく知っている……」として、人糞利用の例をあげている。 もちろん、こう明言された以上、中国の農民と日本の農民を徹底的に比較研究した上での対比であろう。

2012-12-13 20:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

3】そうでなければ日本の農民への実に失礼な断定といわねばならない。 しかしその短いパラグラフを読んでいる内に、私のように人生の半分を人糞利用の世界で生きていた人間には、瞬間的に「公害」ならぬ「黄害」の世界が実感として蘇ってくるので、何ともいえぬ奇妙な気持になってしまうのである。

2012-12-13 20:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

4】光化学スモッグで窓があけられないのは大変に困るが、しかしその昔、郊外にあった私の家では、真夏にどんなに暑くとも畑に肥料がまかれると「黄害スモッグ」で窓があけられなかった。 周囲ことごとく畑であり「肥料をやってはならん」などという権利は誰にもないから、これ以外に方法がない。

2012-12-13 21:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

5】しかも当時は冷房はないから、炉に入れられたようになってしまう。…「田舎の香水」などといっても今では意味が通じまいが、田舎ならずとも郊外から着飾ったお嬢さんがパーティーなどに出てくると、香水の如くに異臭をふりまくことは少しも珍しくなかった。

2012-12-13 21:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

6】何しろ全日本の田畑にことごとく人糞がまかれるから「西洋人はパタ臭く、日本人はアレ臭い」といわれたものである。 ピクニックやハイキングが盛んになったのは、人糞利用の率の低下と比例しているのではないかと思う。

2012-12-13 22:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

7】さらに「肥料会社に勤めていると世の誤解があって娘が嫁に行けないから転職した」などといっても、今では一体それがどういうことなのか理解できないであろう。 もちろん、こういう偏見や感覚的なことはどうでもよいことだが…それよりも何より恐ろしいのは回虫の蔓延であった。

2012-12-13 22:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

8】水銀中毒の恐怖がなかったかわりに回虫への恐怖があり、公害で日本人は滅亡するという話はなかったが「結核亡国」と並んで「回虫亡国」「脚気亡国」という一種の「滅亡教」的発想は当時もあって「死のう団」などという団体まであった。

2012-12-13 23:27:59
山本七平bot @yamamoto7hei

9】また、日本軍の最大の敵は敵軍でなく、結核・回虫・脚気だといわれていた。子供がひきつけを起せば反射的に人々はその原因を「虫」だと考え「虫切り・虫封じ」という職業があって、大きい看板をかけており、また新聞・雑誌を開けば…「虫下し」の広告があり、気味の悪い回虫の絵が入っていた。

2012-12-13 23:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

10】回虫卵は風でもとんで来るといわれ、神経質な母親はその為に子供にマスクをかけさせたそうである。従ってこの事への神経質ぶりは、到底今の汚染魚への状態の比ではないであろう。 回虫は胃壁を破って移動して肺や脳に入り、時には眼球の後ろに入って失明さすなどともいわれて、人々は恐怖した。

2012-12-14 00:27:50
山本七平bot @yamamoto7hei

11】さらに体内の虫を殺す駆虫薬は、一種の「毒」らしく、軍隊のそれは、人によっては翌朝太陽が黄色く見えるといわれ、これをもじった戯歌があった。回虫卵は絶えず口からとび込んで来るから、つい駆虫薬を連用する。女性が連用すると不妊症になるなどともいわれた。

2012-12-14 00:57:40
山本七平bot @yamamoto7hei

12】こういうこと全て、一時期の魚への恐怖ぐらい根拠のないことかも知れない。しかし人びとが恐怖したのは事実であった。 生野菜にも一種の恐怖があった。 陸軍は「禁ナマモノ」の世界である。今では…回虫への恐怖を頭の片隅におきつつ生野菜を食べている人はいないであろう。

2012-12-14 01:27:54
山本七平bot @yamamoto7hei

13】それだけ「黄害は遠くなりにけり」である。 しかし、公害を克服するということはすっかり忘れてしまったこの黄害にもどることではないであろうし、人糞を畑に戻すという循環が、回虫卵の拡大的再循環を巻き起し、それがどれ程日本人を苦しめ続けたかも忘れるべきでないであろう。

2012-12-14 01:57:40
山本七平bot @yamamoto7hei

14】餓死直前となると、この回虫の有無と脚気の有無は実に大きく作用した。「ガ島は餓島」にはじまる日本軍の飢えとの戦いは、一面、回虫との戦いであり、それはいわば「黄害」との戦いでもあったわけである。 ジャングルでは「虫(回虫)がつくとシラミもつかん」といわれた。

2012-12-14 02:27:47
山本七平bot @yamamoto7hei

15】回虫のいる人間には本当にシラミもつかなかったか、と問われれば、この実態は、私には確言できないが、虫のいる人間は、シラミも敬遠するほど衰弱がひどかったとはいえたであろう。 回虫さえなければ、もっともっと多くの人が、生きてジャングルから出てきたであろう。

2012-12-14 02:57:39
山本七平bot @yamamoto7hei

16】尚武集団(十四方面軍)の大部分は餓死であると、アメリカの戦史にも記されている。 大体、戦勝国の戦史は、相手が餓死しても、大激戦の結果絶滅したように書きたがるものだが、それがこうはっきり書かざるを得なかったことが、その実情を示している。

2012-12-14 03:27:49
山本七平bot @yamamoto7hei

17】しかしその餓死の現場にあった者が、もう一つの原因をあげれば、回虫すなわち黄害である。 何しろ最低の食糧を同じように分配しても、回虫がいる者はそれが自分の養いにならず、いわば虫に横取りされてしまう。

2012-12-14 03:57:39
山本七平bot @yamamoto7hei

18】そこで同じように食べながら普通人には見られない異常な飢餓感があるから、たえずイライラし、また自分の養いにならぬからぐんぐん衰弱し、顔がたちまち土気色になり、骨と皮になって性格まで一変していく。 「虫が毒素を出すからだ」などともいわれた。

2012-12-14 04:27:52
山本七平bot @yamamoto7hei

19】不思議なことに、虫がつく体質とつかない体質とがあった。同じように生活していても、全く回虫がつかない人もいるのである。 私も幸い「虫がつかない」体質であった。…収容所である軍医さんが一心に「駆虫薬をのんで回虫が出たという経験があるかないか」を聞いてまわっていた。

2012-12-14 04:57:39
山本七平bot @yamamoto7hei

20】…この軍医さんの話によると、何しろ生き残って収容所までたどりついた人間は、ほとんど全てが「虫のいた経験のない」人間だったそうである。 「虫の好かんヤツが生き残ったわけですなあ」といって彼は笑ったが、綿密な統計をとっても、おそらく同じ結果が出たであろう。

2012-12-14 05:27:51
山本七平bot @yamamoto7hei

21】飢えのほかに、マラリア、アメーバ赤痢、熱帯潰瘍で、40度の高熱を出しながら、血のまじった鼻汁のようなものを肛門から流しつづけたり、体にウジがわいたりしても、回虫がなければ何とか生きのびることも可能だったわけである。

2012-12-14 05:57:39
山本七平bot @yamamoto7hei

22】そうなると飢えについで我々を苦しめたのは、実は「黄害」だったわけである。 人がいかに化学肥料を非難し、中国の人糞使用を賛美しても、私は黄害時代の再来はまっぴらである。 その事の賛美自体が、その人が「黄害」の苦しみを知らぬ「良き時代」の生れである事を示しているにすぎない。

2012-12-14 06:27:49
山本七平bot @yamamoto7hei

23】というのは黄害の最大の被害者は農民であって、その害は今まで記したことで尽きているのではないからである。 私は武市氏とは逆に、中国の農民が一日も早く黄害から脱却できるように願っている。周恩来首相も、おそらくそれを願っているであろう。

2012-12-14 06:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

24】公害の克服は、絶対に黄害や黄害時代を賛美しても、美化しても解決はしない。 というのはそれも結局は、「女影らしきもの発見……」の世界を知らぬ者の事実と関係なき虚妄の一判断にすぎないからである。

2012-12-14 07:27:54