『「青空文庫」はアブナイ?』に、日本語学研究者から一言

近藤泰弘 http://researchmap.jp/yhkondo 青山学院大学 文学部 教授 文法およびコーパス言語学を中心に研究 続きを読む
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yhkondo @yhkondo

「「青空文庫」はアブナイ?」という話題で盛り上がっているようなので、古典語を電子アーカイブにする仕事(研究)をしている日本語研究者の立場から、ちょっと続けて書いてみます。

2013-01-06 13:11:26
yhkondo @yhkondo

まず、ひとつ。「夏目漱石の原稿にあって、(活字)印刷された東京朝日新聞、単行本にはなくなってしまっているものは何か。この問いに稿者なりに答えてみようとしたのが本書である。」という本があります。今野真二『消された漱石』(笠間書院)です。

2013-01-06 13:14:22
yhkondo @yhkondo

今野真二氏には、同様の趣旨をわかりやすく書いた岩波新書の新刊『百年前の日本語』もあるのでお読み下さい。そのまま「写す」ということが至難であり、出版社や研究者にも「難しい」ということがよくわかります。

2013-01-06 13:16:53
yhkondo @yhkondo

そもそも、日本語の文献の歴史を振り返って見ると、「写す」ことは、昔は印刷ではなく、手作業でした。それを「写本」といいます。その写本の方針はどうだったかというと、文字を正確に一字一字写すことよりも、本文が誤って読解されなければよいという方針が第一でした。

2013-01-06 13:19:12
yhkondo @yhkondo

だから、仮名を漢字に置き換えたり、送り仮名を変えたりなどはもちろん、わかりやすくするための字句の書き換えすらよくあったわけです。『源氏物語』など、多くのの古典作品はそうやって今に伝わっています。

2013-01-06 13:21:45
yhkondo @yhkondo

青空文庫は、そういう意味で、現代の「写本」だと思います。人々が電子時代の中で、世に作品を広め、後世に残そうと、電子化することは、昔、『万葉集』や『源氏物語』を写して広めた人々と志を同じくするものだと思います。

2013-01-06 13:25:08
yhkondo @yhkondo

近世・近代になって、印刷術が発展し、商業化されることで、「写す」行為は、出版社が独占し、そこに「著作権」の概念も発生してきたわけですが、著作権から自由になって、無名のボランティアが、写して広める青空文庫は、日本の文献の広まり方の原点に戻るものです。

2013-01-06 13:27:53
yhkondo @yhkondo

いろいろと問題はあり、校訂の方針は決めるべきところは決めるのがいいでしょうが、今後も、日本語文学作品流布の王道を自信を持って進めていって欲しいと思います。日本語研究者もそれを心から応援していると思います。 青空文庫、がんばれ。

2013-01-06 13:30:14

 
 


補足と「国がやるべきか」について

yhkondo @yhkondo

前のツイートは「『「青空文庫」はアブナイ?』に、日本語学研究者から一言」( http://t.co/inJL6JTF)という形で多くの方に読んでいただけて感謝です。 それへの反応の中で、「青空文庫」は、国がするべきではないか?」というご意見もあったのでまたちょっと書きます。

2013-01-07 14:42:16
yhkondo @yhkondo

前回の補足から。青空文庫は「写本」だと書きましたが、それは決して間違いが多いとか、信頼性がないという意味ではありません。いろいろな制約の中で大変にしっかりした仕事をされています。ですから、青空文庫の中の漱石を使って、表記の研究はできませんが、文法研究をすることはできます。

2013-01-07 14:43:04
yhkondo @yhkondo

国がやるべきかどうかということですが、例えば、漱石の場合、青空文庫では、絶版になった一般向け書籍の印刷本を底本に電子化しているわけですが、国が新たに行うとなれば、原稿から行うべきだということになるでしょう。しかし、そのためには、漱石の用語法などについて詳しい研究が必要です。

2013-01-07 14:44:17
yhkondo @yhkondo

日本語を「写す」のは大変に難しいことで、原稿から活字化するにしても、印刷本を電子化するにしても、文字を文字のまま単純に写すだけではことが済みません。

2013-01-07 14:45:24
yhkondo @yhkondo

たとえば、原稿に「生まれる」と「生れる」が混在している場合、印刷に回す際に、意図的な使い分けか、単なるミスかを判断する必要があります。つまり、「写す」際に、文字だけでなく、「生まれる」という単語を絶えず意識しなくてはなりません。

2013-01-07 14:45:52
yhkondo @yhkondo

もし国が漱石の電子版を作るとしたら、漱石の用語からして様々な研究を行って作ることになりますが、多くの研究者が依拠して研究している『漱石全集』とは別バージョンを新たに、国費で作ることになります。それよりは、すでにある、厳密な『漱石全集』を電子化するほうがいいと誰もが思うでしょう。

2013-01-07 14:46:44
yhkondo @yhkondo

しかし、厳密な校訂や注釈を施した全集は、現在も需要があるので、出版社が出版していますし、その全集を編纂し、注釈をつけた研究者の著作権も考えなくてはなりません。ですので、国がするならば、出版社とのコラボレーションによって、出版社と共同で事業を行うのがいいと思います。

2013-01-07 14:47:40
yhkondo @yhkondo

国立国語研究所では、すでにそのような作業を始めています。『現代日本語書き言葉均衡コーパス』というものでは、いろいろな文学作品や雑誌の一部分だけを抜き出して読めるようにして、出版社や著者に損害を与えないような工夫をして、言語研究ができるように研究用本文の公開をしています。

2013-01-07 14:48:23
yhkondo @yhkondo

同じく、国語研究所の『日本語歴史コーパス 平安時代編』では、小学館が、電子化された古典語本文(『古今集』『源氏物語』等)を作成し有料でオンライン公開し(ジャパンナレッジ)、国語研究所が、それをもとに研究者むけの索引を作って公開しています。

2013-01-07 14:49:18
yhkondo @yhkondo

ということで、多くの人が「楽しむ」ための文学作品本文の提供は、やはり、国の仕事ではないと思います。著作権の切れたものについては、民間のボランティアや団体で、そうでないものについては、出版社自らが積極的に電子化を行っていくことが望ましい形だと思います。作者・出版社に期待します。

2013-01-07 14:50:39