ニンジャズ・デン
人々を避けながら、フジキドはまずはバーカウンターを目指した。ステージ上では、椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされた男が、命乞いめいてくぐもった叫び声をあげている。革のマスクを被ったスモトリが、背後の壁にかけられた黒板に、チョークで数字を書いていく。もう一方の手には鎌バット。 47
2013-07-04 00:02:24「300!」「ハイ300きました」「302!」「302」「……330」「330だと?じゃあ332だ」「ズルイ!」「500!」「500だと……?」ステージのかぶりつきに用意された椅子にかける者達は、サイズの合わないスーツを着、全ての指にこれみよがしな宝石指輪をつけた中年達だ。 48
2013-07-04 00:06:22「何にします」バーテンがフジキドを見た。「トックリ」フジキドは答えた。バーテンは素早くトックリをカウンターに置いた。フジキドは尋ねた。「”オーナー”はどの部屋にいる」「……」バーテンは表情を動かさない。「オーナーですか。オーナーはお忙しいです」「用がある」 49
2013-07-04 00:16:42「用ですか?オーナーに用……」バーテンはグラスを拭き始めた。「オーナーに用がある人は少ないです」「そうか」「つまり、用がある人は、そういうわけで、私なんかにオーナーの居場所、聞かないですよ」抑揚のない声でバーテンが言った。フジキドも動じた様子は無い。「そうだろうな」 50
2013-07-04 00:23:42バーテンは上階への階段を見やり、頷いて見せる。「案内してくれるか」フジキドは言った。バーテンは頷いた。「ええ、VIPルームに」「彼らが連れて行ってくれるか」階段を足早に降りて来る身長2メートル超の黒服二人組。降りながら、邪魔な通行者の頭を掴み、手摺に叩きつける。「アバーッ!」51
2013-07-04 00:34:08ふらつく酔客を突き飛ばしながら、彼らは決断的足取りで近づいてくる。フジキドは無言で立ち上がった。ステージでは数字のやり取りが集結。黒板に「2055」とチョークで書かれ、ステージ上に上がった中年貴婦人にスモトリが鎌バットを手渡すと、ホール全体が湧き返る。「ワオオーッ!」52
2013-07-04 00:38:28バーカウンターの彼らだけが大騒ぎに加わらない!やがて、人混みを張り倒しながら現れた屈強な黒服男の一人が、決断的にフジキドの肩を掴む!「お客さん奥行きましょうか!」その手をフジキドは逆の手で掴む!「案内を」「グワーッ!?」黒服男が悲鳴を上げる。「してもらえるか?」「グワーッ!」53
2013-07-04 00:45:36フジキドは黒服男の親指を折った!そのまま肩を捻り上げ、背中を踏む!「イヤーッ!」「グワーッ!」黒服男悶絶!豹のように素早く、もう一人のネクタイを掴む!「案内せよ!」「グワーッ!」他の客達はこのアサルトに気づかない。気づいたとしても、それが何だ?ここはブラッドバス・シアターだ!54
2013-07-04 00:54:04「アーハーハー!」ステージ上では貴婦人が鎌バットを椅子の男の顔面に叩きつけんとす!ナ、ナムアミダブツ!一体いかなる巡り合わせでかようなジゴクめいた状況が作り出されたのか?客が拍手し、「コロセー!コロセー!」のゴア・チャントが響き渡る!顔面めがけ……ナムアミダブツ! 55
2013-07-04 00:59:23「アイエエエ!」貴婦人はその手から鎌バットを取り落とし、転倒する!「ドッソイ、どうしました?」傍らのスモトリが屈みこむ。貴婦人の手には……ナムサン、スリケンが突き刺さっているではないか!「アイエエエ!アイエエエ!」貴婦人が床をのたうち回る!「ブー!ブーッ!」客のブーイング! 56
2013-07-04 01:01:25「スリケン!?スリケンナンデ?アバーッ!」貴婦人はのた打ち回る!スモトリは頭をかき、鎌バットを拾い上げると、自らが椅子の男を殺害したものか、オークション二番手に権利を譲ったものか、思案を始めた。興奮した人々の視線外、黒服男に先導させ、フジキドはスタッフルームへ入っていく……。57
2013-07-04 01:05:16「……これが?」ストライプのスーツを着たアルビノの男は、クリスタル・チャブを挟んで向かい合うブロンズ装束のニンジャを見た。そして、もういちど、床に転がされた女を二度見した。「……これが?」「そう、それだ」メンポ(面頬)越しにも、このニンジャが苦々しい顔をしている事は覗える。59
2013-07-04 01:10:43「激しく前後するドスエ?」女は呟き、床から二人を見上げた。その声はやや震えていた。「人間です」アルビノの男は冷静に言った。「見りゃわかる」とニンジャが言った。「だが、俺が判断するわけにもな。破壊検査というわけにもいかん」「人間です」アルビノの男は繰り返した。 60
2013-07-04 01:17:33「……フー」ブロンズのニンジャはため息をついた。この部屋からは人払いをさせてある。床にはバイオホワイトタイガーの毛皮。壁には「太宰府」と書かれたショドーが飾られている。「お前さんがそう言うなら、そうなんだろうぜ」「満足です」アルビノの男は立ち上がった。 61
2013-07-04 01:21:56アルビノの男は携帯端末を取り出す。端末背面には四枚の翼を生やすオイランの意匠が彫り込まれている。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニー。キャバァーン!アルビノの男が携帯端末を操作すると、部屋の隅のUNIXから入金音が鳴り響いた。「約束報酬の50パーセントを振り込みます」 62
2013-07-04 01:26:35「50?こいつが生身の女だろうが、そうでなかろうが、これでソゴの嘘八百は明らかになった。誰の働きでだ?」「貴方です」エージェントは無感情に答えた。「ゆえに、50パーセントはお支払いします」「……」ブロンズのニンジャは舌打ちした。「まァいい。要らねえんだな?そこのゴミカスは」63
2013-07-04 01:33:30「……」エージェントは女を見た。女は恐怖にカチカチと歯を鳴らしながらエージェントを見た。エージェントは頷いた。「当然です。無意味ですね。お好きになさってください」「アイエエエエエ!」女が泣き叫んだ。エージェントはニンジャにオジギし、退出した。 64
2013-07-04 01:39:57VIPルームを出ると、ところどころ繕い切れないヒビ割れの目立つ廊下だ。壁には「アソビ」「何か面白い事ない?」「ケンカ」「バカ」などの恐るべき文言が血のように赤いスプレーで書かれている。エージェントはそれらに対して何の感慨も抱いていない様子だ。彼は廊下の曲がり角に差し掛かる。65
2013-07-04 01:44:26「……」彼は異様な何かを前方から感じ取り、足を止める。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……カラテ・シャウト、そして悲鳴。やがてひとつの足音が近づき、赤黒装束を身にまとうニンジャが、角を曲がって現れた。 66
2013-07-04 01:46:32