【twitter小説】イミルアの心臓#1【ファンタジー】
灰土地域の北の方に不思議な観光名所があった。その街は忘却の街と呼ばれ、交通の便もなくたくさんの観光客が来るような街ではない。だが、どうしてもその街に行きたいものは少なからずいた。その街にはやはり不思議な館があった。 1
2013-08-02 17:00:19その館は遺失物の館と呼ばれ、大きな館の中にたくさんのがらくたが納められていることで有名だった。不思議なことに、その館を訪れた観光客はその館のがらくたの中に自分の昔失くしてしまった大切なものを見つけるという。 2
2013-08-02 17:04:39観光客はそのがらくたを持ち帰っていいことになっている。不思議なこともあるもので、いくら観光客ががらくたを持ち帰っても館からがらくたが無くなることはなかった。毎年少ないながらも観光客が訪れ、それぞれ大切なものを取り戻していった。 3
2013-08-02 17:08:51忘却の街はちょうど冬に差し掛かる木枯らし吹く11月だった。観光客のフィルとレッドはコートを羽織り街の大通りにいた。奇妙に静かな大通りに。 「さすが穴場観光名所。いい感じに寂れているね」 4
2013-08-02 17:13:03レッドは人気のない通りで呟いた。青いコートと緑のマフラーを着込むのはフィル、赤いコートと茶色のマフラーを身につけるのはレッドだ。フィルは背が高く、レッドより痩せているように見える。 5
2013-08-02 17:17:43「普通は東の方からモスルートに行っちゃうひとが多いからね。わざわざ西からモスルートに入る僕らみたいなひとはこの街に用がなけりゃ来ないさ」 フィルは手を擦り合わせて寒そうにしている。それにしても街は奇妙に静まり返っている。 6
2013-08-02 17:21:33街並みは木造の家が多く、雪に耐えられるようにした角度の急な屋根が特徴的だった。窓も冬支度が終わり、雪で割られないよう木の板で補強されている。 「観光名所だというのに屋台の一つも見えない……」 レッドは残念そうに街を見渡している。 7
2013-08-02 17:26:46二人はしばらく街を歩くと、ボロボロになった観光案内所を見つけた。入口が完全に板で封鎖されている。 「おいおい、年越し休業にはまだ早いぜ」 「奇妙だな……いくらなんでも」 ふと気付くと、陰から黙って手招きしている男が見える。 8
2013-08-02 17:32:40「あのう、すみませ……」 フィルが声をかけると、男は口に指をあてる黙れのジェスチャーをして、やはり陰から手招きをする。フィルとレッドは顔を見合わせ、男のもとへ行ってみることにした。男は二人を路地裏に誘い込み、小声で囁いた。 9
2013-08-02 17:36:34「おたくら観光客だろ、悪いことは言わない、今すぐこの街から出るんだ。俺は以前この観光案内所で働いてたもんだ。いまはかなり事情が違う……観光客狩りが行われているんだ。市長自らな。命が惜しけりゃさっさと逃げたほうがいいぜ」 10
2013-08-02 17:40:50「えっ、じゃあ遺失物の館は……」 「当然閉鎖されているぞ。近寄ることはお勧めできないが……バリケードが築かれている」 「なんだって!」 不意に第3者の声が聞こえた。振り向くと、路地裏の入口に青年が立っていた。 11
2013-08-02 17:47:02青年は旅人なのだろうか、ボロボロのマントを着ていて姿は少しみすぼらしい。頭には色あせたターバンを巻いている。 「そんな、嘘でしょう。僕は館に行くためにここまで来たのに……」 青年は男に歩み寄る。その声かなりの気迫に満ちていた。 12
2013-08-02 17:53:07「悪いことは言わん、市長は本気なんだ。殺されちまうぞ……忠告はしたからな。じゃあな」 男はそう言って路地裏の奥に消えていった。何が起こったかは分からないが、これは本当のことだろう。フィルは青年に声をかける。 「あなたも観光客なのですか? 参りましたね」 13
2013-08-02 17:58:223人は挨拶をし合った。この青年はカラールという名で、遺失物の館を訪れるため長い旅をしてきたのだという。彼には大切な失くした物があったらしい。 「本当に大切なものなんです。僕は諦めない……どんな手を使ってでも取り戻します」 そう言ってカラールは去っていった。 14
2013-08-02 18:02:50「僕たちはどうしようかね」 「命をかけることも無いし、まぁ今回は残念だけど諦めようか」 「君子危うきに近寄らず、だな」 フィルとレッドはとりあえず近くにある宿に泊まることにした。もうすぐ日没だ。 15
2013-08-02 18:06:32二人は近くに小さな宿を見つけた。かなり寂れている。観光客が来ないのだから当然だろう。 「あのう、すみませーん」 誰もいないフロントでレッドは声を上げる。返事は無い。 16
2013-08-02 18:11:53「潰れちゃったのかな」 「客足なさそうだもんね」 彼らが宿の従業員が来るのを待っていると、ズシンズシンと大きな音がする。フィルは宿の天井にある何かに気付いた。 17
2013-08-02 18:19:02「おい、なんだこの音……」 「レッド、見ろ、あの天井」 天井の板の隙間に、節穴のようなものが一つ開いていた。レッドがそれをよく見てみると……レンズのようなものが覗いている。 18
2013-08-02 18:24:34「隠しカメラかセンサーかな? なんでこんなところに」 「客が来るのを監視しているんだろう。でも従業員が来ないってことは……」 地響きはだんだん大きくなっていき、宿の入口に大きな影を作る。フィルとレッドはゆっくりと振り返った。 19
2013-08-02 18:28:18「ようこそ観光客の皆さま……市長です。地獄へのチェックインがまだのようですな! 忘却の街へようこそ!」 宿の外には……蒸気を噴き出す機械の巨人が立っていた。 「随分と大きな……従業員さんだこと」 20
2013-08-02 18:32:33巨人は真鍮の部品がむき出しになっていて首は無く、首の部分に鳥籠のようなものがあった。鳥籠の中でレバーを操作しているのは……黒ひげにスーツの男だ。彼が市長だというのか。フィンフィンという機械の蠢動する音が静かに響いている。 21
2013-08-02 18:37:34「あのー、ぼくたち帰ろうと思ってるんですけど」 「超特急で送ってやるよ、魂の帰る場所にな」 市長がレバーを勢いよく引く。すると、巨人は唸りを上げて両手を振り上げた! 蒸気が勢いよく噴き出し、辺りを白い霧で包む。 22
2013-08-02 18:44:10そのまま両手を振り下ろす! 大きな音を立てて壁が粉砕され、2階建の宿は崩れ出した。市長は巨人の足元を見る。そこで足元に滑り込んで難を逃れた二人と目が合った。 「あのー、超特急の切符持ってないんで、徒歩で行きます。ゆっくり時間をかけて」 23
2013-08-02 18:49:24