セラフィリアの庭園#1

魔竜との交渉に向かう竜族の青年クルーム。突然現れた、魔竜に恋人を奪われたという娘。彼らに課せられた奇妙な試練の行く末とは…。 小説アカウント@decay_world で公開したファンタジー小説です。この話は#4まで続きます
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減衰世界 @decay_world

――セラフィリアの庭園#1

2014-04-30 17:02:21
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 六大魔竜と呼ばれる強大な竜が灰土地域にいた。一説には七大魔竜だったりする。それは些細な問題だった。この大きすぎる存在に対して、竜の自治体は幾年にわたって契約を結んできた。不戦条約であり、不干渉を保証する条約である。 1

2014-04-30 17:11:01
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 竜杖吏員と呼ばれる役員が今年も魔竜の元へと派遣された。彼の名はクルーム。若い青銅族の竜である。青いローブに身を包み、青いしっぽ(高級職のみ出すことを認められている)をゆらゆらと揺らしていた。背中にはポケットがたくさんついた背嚢を背負っている。 2

2014-04-30 17:20:26
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 彼は今聖なる一つの山から北にのびる山岳地帯、北境界高地にやって来ていた。この土地は灰土地域の東の果てであり、モスルートの南に位置している。灰色の山並みが視界いっぱいに広がる不毛の大地だ。標高が高いため暖かい緯度にありながら空気は荒涼としている。 3

2014-04-30 17:29:24
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 海抜ハーピィと呼ばれる高地にすむひょろひょろとしたハーピィが岩肌の上で干からびた獲物を齧って飢えをしのいでいた。山道は獣道とほぼ変わらない、ただ土が踏みしめられているだけの道だ。崖に落ちないよう注意してクルームは歩く。 4

2014-04-30 17:36:15
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 巨大な竜の姿だったらまっさかさまに谷底に滑落してしまっただろう。だが、いまは行動しやすい人間の姿をしている。クルームは、空が飛べたらどんなに楽だろうと思い空を見上げた。空が飛べる竜など限られた者だけの特権だ。 5

2014-04-30 17:42:15
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 やがて山肌に木製の櫓を作って足場にした小さな村が見えてきた。毛皮や高山植物の薬草を交易して暮らしている高地の村だ。櫓は煉瓦や漆喰で補強されていた。粘土でできた掘立小屋がまるで蜂の巣のように築かれている。今夜泊まる村だ。 6

2014-04-30 17:48:24
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 村にはいると、クルームは思わぬ歓待を受けた。村の娘が色とりどりの衣装を着て彼を出迎えた。村の男たちはクルームに駆け寄ると盃を手渡し次々と酒を注いでいく。「いやぁ、竜の国からはるばるようこそ! 久しぶりの旅人じゃ、異国の話を聞かせてくれい!」 7

2014-04-30 17:56:49
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 クルームは呆然としたまま街の入り口から一歩も進めないでいた。どういうことだろうか、確かにこの村に一泊すると先に連絡は入れておいた。ささやかな宿と食事が手に入るはずだった。しかしこの騒ぎ様! 8

2014-04-30 18:01:50
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 外からは分からなかったが、村の通りには幟がいくつも立てられ「歓迎!竜の国の使者」と書かれている。とうとう音楽隊まで現れ太鼓やホルンを吹き鳴らし辺りは混沌の坩堝と化していた。どさくさにまぎれて頬にキスをしてくる村娘もいる。 9

2014-04-30 18:09:21
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「どうしたんだ、こりゃ……」 クルームは村人の熱気についてこれず、その場に立ち尽くすしか無かった。 10

2014-04-30 18:13:50
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 そのまま村唯一の酒場に連行され、クルームは質問攻めにあってしまった。竜の国で流行っている料理だとか、服だとか、物語だとか。クルームは呆気にとられてしまった。というのも、この辺りの高地一帯はすでにセラフィリアの領域のはずなのだ。 11

2014-05-01 16:48:56
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 竜眼魔竜セラフィリア……この恐ろしい雌竜は、視線を交わしただけで人間を生きたまま人形に変えるという魔法を使うという。そして、目指す先……セラフィリアの空中庭園と呼ばれる魔法の領域に人形を並べて楽しんでいる。余りに強く、殺すことはおろか姿を見ることさえ至難の業だ。 12

2014-05-01 16:54:34
減衰世界 @decay_world

 クルームがこの領域に来た目的は、セラフィリアとの不可侵条約を更新するためだ。六大魔竜は竜の国の全ての力をもってしても制御・駆逐することが不可能だ。だから、こうしてわざわざお伺いを立てて確認を取っている。竜の国を滅ぼさないために。 13

2014-05-01 17:00:28
減衰世界 @decay_world

 しかし、この村のひとたちは、そんな危険な魔竜のお膝元でも楽しそうに暮らしている。斧を持つ死刑執行人と隣り合わせで暮らしているようなもの……なはずだ。なのに、この村人たちは陽気に酒を汲み、歌を歌い、踊り暮らしている。 14

2014-05-01 17:04:58
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「あの……ここの皆さんはセラフィリアが怖くないのですか」 その問いを発した瞬間、酒場が一瞬にして静まった。だがすぐに笑い声が元に戻る。「だいじょぶだって、こっちから干渉しなければなんてことないって!」 そう言うのだ。 15

2014-05-01 17:11:27
減衰世界 @decay_world

「いいか、セラフィリアは何も血に飢えたけだものじゃない。彼女は楽しんでいるのさ。人形を並べて、庭を作って、人形遊びをしているだけだ。知ってるかい? セラフィリアによって生きたまま人形にされた者は、老いることは無いって話じゃないか」 16

2014-05-01 17:15:33
減衰世界 @decay_world

「彼女の遊びに付き合うだけで、それだけでいい。命を取ることも無く、苦しみを与えることも無い。逆に、山賊どもが恐れて近寄ってこない御利益があるくらいさ! ははは!」 17

2014-05-01 17:22:31
減衰世界 @decay_world

「ここに竜の国からの使者がいると聞きました!」 そのとき、酒場の扉を乱暴に開けはなって乱入してきた影がひとつ。酒場がまた静まり返る。そこに立っていたのは、剣と鎧で武装した一人の若い娘であった。 18

2014-05-01 17:30:32
減衰世界 @decay_world

「わたしはリンサ。セラフィリアに奪われ人形にされたわたしの恋人を取り返しに……ここまで来ました」 リンサは立派な騎士の格好をしていた。板金の胴鎧、硬革の肩鎧に金属の小手をつけている。赤いスカートは金属片が縫い付けられていた。 19

2014-05-02 16:59:21
減衰世界 @decay_world

 リンサは呆気にとられている酒場の村人たちを押しのけて、クルームの所へと歩み寄ってきた。「君はセラフィリアと交渉するためにここに来たんですよね。私も連れていってください。セラフィリアに直接話を聞いて、恋人を返してもらいます」 20

2014-05-02 17:04:05
減衰世界 @decay_world

「セラフィリアと交渉だって!? 正気かい、人間なんて瞬きするより簡単に殺せるんだ。もし彼女の怒りをかったら大変だぞ、悪いことは言わない、恋人はあきらめ……」 そこでクルームは変なことに気付いた。村人が誰も止めようとしないのだ。 21

2014-05-02 17:09:04
減衰世界 @decay_world

「大変だったなぁ、セラフィリアもきっとお前の言い分を聞いてくれるよ。どこから来たんだい?」 「ええ、私は西の方からずっと旅を……」 「待って!? 待ってくださいよ! 村のひとも、何同情してるんですか、止めてくださいよ! 勝てるわけない!」 22

2014-05-02 17:17:32
減衰世界 @decay_world

「大丈夫だって! 何を怯えてるんだい。お前だってセラフィリアと交渉しに来たんだろう? 同じことだって。2回行くのは手間だろう、いい機会だよ!」 クルームはこの状況に頭が痛くなってきた。彼らはセラフィリアの怖さを知らないのか? そうとしか思えなかった。 23

2014-05-02 17:30:14