カシマレイコは赦さない【第一章(三)】
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(これまでのあらすじ:高校一年生のトシは、オカルト研究部に所属している。ある日家に帰る途中、彼は奇妙な人影を見た。人間の女性に見えるが、それにしてはあまりにも不気味な目。彼はなるべくそれについて考えないようにしながら、最近越してきたばかりの家に帰った)
2014-05-16 22:00:27(続き:家では母親が腰を痛めていた。呆れながらも彼女をベッドへ連れて行き、自身も着替えてひと息つこうとしたトシ。ところが服を脱いでいる途中気付いたのだ、ベッドの中に、何か恐ろしい存在が潜んでいることに)
2014-05-16 22:02:32(続き:布団をめくったトシ。そこにいたのは、先程見た、あの不気味な目の女。口から血を流しながら、彼女はゆっくりと起き上ると、腰を抜かして動けなくなったトシにこう言ったのである。「トシ。会いたかったよ」と……!)
2014-05-16 22:04:24会いたかった?僕に?彼女の放った言葉の意味が、僕には分からなかった。当然だ、僕はつい数十分前まで、こんなものがこの世に存在することすら知らなかった。ストーカーか何か?いや、そんな常識の範囲に存在するものじゃない。いくら異常者でも、人間を相手に、僕はここまで怯えられない。 1
2014-05-16 22:06:05彼女は首をひねりながら、ベッドからずるりと這い出して、両腕で床に着地した。彼女の体は僕よりかなり大きい。身長にして百八十近いだろう。獲物を喰い散らかした後みたいな口の周りも相まって、彼女はさながら死肉を食む獣。僕はそれに狙われ、ただ震えることしかできない草食動物だ。 2
2014-05-16 22:07:47彼女の右腕が、僕の太腿に伸びた。僕は小さく悲鳴を上げた。冷たい。その手には人間的な温度はおよそ感じられなかった。それどころか、彼女の肌にあったのは、僕の魂を直接吸い上げるような冷たさ。続いて、左腕が僕の肩へ。太腿を触っていた右腕も、続くようにもう片方の肩へ。 3
2014-05-16 22:11:31僕は、彼女に抱きしめられる格好になった。裸の彼女と、着替え途中で下着姿だった僕の肌は、多くの部分が接触している。その触れている部分全体から、僕は体温を奪われているのだ。彼女は赤い口を僕の耳に思いっきり近付け、そして心のざわつく声で囁いた。「待ってた、こうできるの、ずぅっと」 4
2014-05-16 22:14:10何をする気なんだ?『こう』って何だ?僕の思考は最早停止しているにも等しかった。スペックの低いパソコンに負荷を掛けすぎたみたいに、もう何も分からない。彼女の顔が僕のすぐ目の前にある。そして近付く。近付く。近付く。やがてその距離は限りなくゼロに近付いて――。 5
2014-05-16 22:19:13張りつめた雰囲気を切り裂くようなその音によって、僕は一気に冷静さを取り戻した。何だこの音。そうか、僕のケータイのバイブレーションだ。制服を脱ぐ時にポケットから取り出して、そこに置いたんだ。彼女は音のする方向を見た。これはひょっとして、チャンスなんじゃないか。 7
2014-05-16 22:24:46彼女はそう長く向こうを見てはいないだろう。この得体の知れないものから逃げられるとしたら、まさに今しかない。僕はこの一瞬に全てを賭けた。全身全霊の力を込めて、僕は彼女の肩のあたりをドンと押した。不意を突かれた彼女は少し後ろに突き飛ばされる。僕と彼女の間に、距離が生まれた! 8
2014-05-16 22:27:04ぽかんとした顔で尻餅をついている彼女。その腕が本来あるべき場所には、今何も無い。あるのは、赤黒い噴水。では、本来あるべきものはどこにあるのだろう?答えはすぐ側にある。僕の首の周りに。タオルをかけるようにぶら下がっている、長くて細い、白くて赤い、彼女の両腕! 11
2014-05-16 22:31:24僕は、彼女に出会ってから初めて、叫び声を上げた。いや、こんな叫び声を上げたのは、生まれて初めてだったかもしれない。彼女の目から涙が零れているのが見える。赤い涙が。口元も赤い。床もベッドも赤い。僕も赤い。ああ、赤、赤、赤!僕の意識を、真っ赤が侵蝕していく! 12
2014-05-16 22:34:11僕は目を覚ました。暗くてあったかい。どこだここ、僕に覆いかぶさってるこれは何だ。この感触は布団か。とすると、ここはベッドの中だ。なんだ、僕は寝ていたのか。何かとてもおぞましい夢を見ていた気がする。もう朝だろうか、時間が分からない。ケータイはどこだろう。僕は布団をめくった。 15
2014-05-16 22:41:36うん、どうやらまだ朝じゃないみたいだ。部屋は真っ暗。時間は……あれ、ケータイはどこだ。普段なら寝る前に枕元で充電を始めているはずだ。机の上とかだろうか。部屋の明かりをつける。やっぱり無い。制服のポケットの中とか?僕は立ち上がって確認してみた。それでも無い。変だな。 16
2014-05-16 22:46:10そんなことより、すごくお腹が空いている。ひょっとして夕飯も食べずに寝たんだろうか。あれ、夕飯?そうだ、お母さんがギックリ腰になったんだっけ?僕が夕飯の出前を頼まなきゃいけないんだったかな?いや、それは夢の話か?どうも記憶がごちゃごちゃしている。 17
2014-05-16 22:49:19そもそも僕は、なんでパジャマを着ているんだろう。家に帰ったら即パジャマに着替えるという習慣は僕に無い。よほど疲れていて、帰ると同時に就寝してしまったのだろうか。わざわざパジャマに着替えて?うーん、まあいいや。僕は部屋から出た。冷蔵庫の中身を何か適当に食べよう。 18
2014-05-16 22:54:39廊下に出ると、一階の電気がついているのが分かった。それに何やら話し声もする。母さんの声みたいだけど、話している相手の声は聞こえない。電話でもしてるのかな。声の調子から察するに、相当盛り上がってるみたいだ。なんだ、元気じゃないか。僕は階段を降りた。 19
2014-05-16 22:57:57「――で、結局ダーリンがこの町を気に入っちゃって、ここに引っ越そうってなったわけ。まあ、その気に入った張本人は今全国ツアーで九州にいるんだけど。お陰で寂しくて欲求不満よ」 一階の廊下に立つと、母さんの声がよく聴こえるようになった。どうやら父さんの話をしているらしい。 20
2014-05-16 23:03:53「あーあ、疼くわぁー。もう若いコ家に連れ込んで不倫しちゃおっかな」またそんなこと言って。母さんが父さんの愚痴を言う時はこれで締めるのが定番だ。どうせ家に帰ってくれば父さんにベッタリなんだから、そんなことできるはずない。僕は小さく笑いながら、リビングのドアを開けた。 21
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