宿屋

なんでもない日常。 語り部のすごす昼時は、実に味気ない。
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コルニクス @lemures0

ーお、おい… 見知らぬ男に、肩を揺さぶられて目を覚ます。 やはりとうに陽は登り、街は人々が行きかう賑やかな場となっていた。 語り部の仮面が人々に不安を与えたらしく、人々は”不信”の表情を浮かべていた。

2014-08-22 10:11:02
コルニクス @lemures0

「…驚かせて申し訳ない。それとひとつ、貴方たちに尋ねてもいいだろうか。」 この近くに宿屋はないか、その問いに答えたのは若い娘。 ーこの先をずっと行った右手に、小さな宿屋がありますよ。 語り部は娘に礼を言った。そして痛む体を奮い立たせると、雑踏の中へと消えて行った。

2014-08-22 10:19:42
コルニクス @lemures0

語り部が宿屋に入ると、そこの店主は目を丸くした。 お前は何者だ、と。 再び質問されることを覚悟していた語り部は、次の店主の言葉に驚く事となる。 ーあぁ、こりゃあ珍しい。あんたはもしかして『語り部』じゃあないかい? 「『語り部』を…知っているのですか…?」

2014-08-22 10:40:20
コルニクス @lemures0

ーもう何十年も見ていない。一度だけ俺の宿にあんたと同じ、『語り部』が泊まった事がある。 語り部を部屋へ案内しながら店主は語った。語り部は問う。 「…その『語り部』は、貴女に何か”語り”ましたか?」 ーあぁ、今はもう忘れちまったが、宿に居る間はそりゃあいろんな話をしたもんだ…

2014-08-22 10:44:12
コルニクス @lemures0

ひとり宿屋の部屋の中、砂で汚れたマントを脱ぎ、寝台に腰掛ける。 そして右手でゆっくりと、仮面を外した。 「風呂に入りたいな…そしたらもう一度眠ろう…」 語り部が浴室へ向かうと、部屋にはただ、語り部の体を伝う水音だけが響いていた。

2014-08-22 11:21:21
コルニクス @lemures0

入浴を終え、浴室にある鏡に自らの顔を見た。 ”漆黒の漆黒”と呼ばれた、どこまでも深い黒髪に、金の瞳。 しかし決して健康そうとは言えない顔… 「酷い有様だな…」 半ば自嘲するように呟く。 この街へ来るまでに、殆んど何も口にして居なかった。

2014-08-22 11:48:09