木下闇

twitter上の創作企画「空想の街・灯りの樹の夜」参加作品のまとめです。
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十浦 圭 @ueto_rika

「俺は珈琲を」「あ、私は紅茶で」かしこまりました、という返答を他所にメニューを閉じる向かいの青年を、久遠は心持ちじとっと見た。いい雰囲気のお店ではあるが、偏見はないつもりだが。事前情報無しに訪れるのは明らかに心臓に悪い店だと思う。 #空想の街 #木下闇 #喫茶馬頭琴

2014-12-18 14:08:00
十浦 圭 @ueto_rika

恨めしそうな久遠の視線に気づいているのかいないのか、やって来たコーヒーを受け取ってシズクは静かに口を付けた。なるべくシェイカーの店主を見ないように受け取った紅茶に久遠も口を付ける。「あ、美味しい」ゆるりとあたたかい紅茶が喉の奥でほどけた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 17:47:34
十浦 圭 @ueto_rika

「それで、犯人の居場所が分かったって」かちゃり、とソーサーにカップを戻して、久遠は気を取り直して目前の青年を見つめた。「ああ」持っていたコーヒーをゆっくりとシズクが机に戻す。「昨日、俺は猫だ、と言っただろう」「ええ」残された毛を見て落とされた彼の呟き。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 17:49:53
十浦 圭 @ueto_rika

「そしてこの犯人が恐らく何か能力を持つ人か、あるいは人以外の生物だということも」「そう、言っていましたね」一列全部を一度に落とすことは難しい。その意見に久遠も異論はない。ただ。「それだけでどうやって居場所まで」首を傾げるのに合わせて肩の髪がするりと落ちた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 17:51:58
十浦 圭 @ueto_rika

「…君は、藍童話を知っているか」「童話?」急に差された別方向の話題に、久遠は訝しげな声を上げた。「…一応、有名なものなら」「スノウドロップという話は?」「知ってます。小さな女の子が、死んだ後で花になる話」記憶を掘り返しながら顔を顰める。悲劇は得意ではない。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 17:54:07
十浦 圭 @ueto_rika

「あれと同じだ」「何が?」要領を得ない彼の話にますます眉を潜める。「妖怪の誕生にはいくつかのパターンがあるらしい。自然にヤマなどから生まれるモノ、長く使われた道具や生きた動物に自我が宿ったモノ、」長い指がすっと空を指した。「人と何かが同化したモノ」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 17:56:34
十浦 圭 @ueto_rika

「オーナメント破壊の被害にあった店はどれも西区だった。その周辺で、昨日の夜から少女の目撃情報を募った」ぽかんと話を聞く久遠の前にするりと彼が写真を出した。「去年の夏までの目撃情報がちらほら出てきたんだ。術師の男と、猫の少女」写真の中、水色の少女が笑っていた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:00:02
十浦 圭 @ueto_rika

「…なんで少女だって分かったんですか?」「子供の姿の猫の妖怪なら、猫又か猫娘と相場が決まっている。だが女将が言うには、これは年を食った者じゃない、子供のやることだろうと言うからな」なるほど。猫又は長く生きた猫の妖怪だという。頷いて、久遠は小さく脱力した。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:02:12
十浦 圭 @ueto_rika

「少女を探すの、言ってくだされば私も手伝ったのに」「探したのは俺じゃない。さっき案内を頼んだ悟だよ。言ってなかったか?」「…言ってなかったです…」さらに脱力して久遠はぺたりと机に手の平を付けた。穏やかなBGMがなんだか余計に空しい。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:03:53
十浦 圭 @ueto_rika

もしかして自分は何もしてないんじゃないだろうか。別に必要ない存在だったんじゃないか?思えば思うほどそれが真実のような気がして、久遠は力なく紅茶をこくりと飲んだ。「続き、話していいか」久遠の様子に気づいているのかいないのか、シズクが言うのに視線で先を促す。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:07:24
十浦 圭 @ueto_rika

「少女と猫がいつ同化したのかは分からない。目撃されていたのは術師の男と一緒にいる姿だけで、その時には既に妖怪化していたらしいから。ただ、今年の夏から二人の姿はぱったり見られなくなったらしい」「今年の夏?」「夏、男は常にない和装でいつも風船を持っていた」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:10:01
十浦 圭 @ueto_rika

夏、和装、風船。それだけ揃えばこの街の住人なら容易く事情が読み取れる。その後、姿が見えなくなったというのも。「死者…」「多分」ぽつりと落ちた久遠の声にシズクが頷いた。「男が居なくなって、秋の間は猫娘は静かにしていた。なのに急にオーナメントを破壊し始めた」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:12:11
十浦 圭 @ueto_rika

「どうしてだろう」ちらりと見た水色の影を思い浮かべて、久遠はぼんやりと言った。灯りの実。色とりどりのそれらを、彼女はなぜ壊さなければならなかったのか。「さあ、分からない」ぽつりと答えたシズクが目を伏せる。触れた紅茶はやや温くなっている。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:14:28
十浦 圭 @ueto_rika

「娘が住んでいたらしい小屋の場所は分かった。恐らくまだそこにいるだろう。猫は家に付くと言うしな」感情の読めない声で続けられた内容に、久遠は目を上げた。「そこに行くんですか?」「ああ」「見つけて、どうするんですか?」急に不安になって久遠は声を上げた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:16:42
十浦 圭 @ueto_rika

「さあ。俺は女将に頼まれて探しているだけなんだ。妖怪の仕業なら、止めてやって欲しいと」ぼんやりとシズクが言う。蒼い瞳は深く霞んで、映り込むはずの久遠の姿も見えない。「私は、」出た声が思ったより強張った声音で、久遠は自分で驚いた。「出来るなら、説得したいです」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:19:12
十浦 圭 @ueto_rika

子供の背中を思う。小さな背中、怒られるのを待っているような、捕まえてくれる、抱きしめてくれる手を待っているような。「どうして悪いのか、何が悪いのか、どうすればいいのか、教えてあげるような。そういう対応じゃダメですか」強がっていた、行ってしまった背中。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:26:13
十浦 圭 @ueto_rika

「理解しないで怒って折って閉じ込めてしまうんじゃなくて。受け入れるよって言ってあげられるような」「君は」ふ、と静かな声が、久遠の僅かに震えた声を遮った。落ちていた視線を青年に戻す。蒼い目が久遠を見つめ返した。「君は誰のことを言っているんだ」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:28:07
十浦 圭 @ueto_rika

その声はひやりと久遠の胸に刺さり、喉を凍らせた。言葉に詰まった久遠を不思議そうに見つめるシズクの視線が痛く、上げられた視線は再び力なく落ちた。投影だ。苦々しく久遠は思った。小さな背中。引き止めたかった背中。理解したかった背中は、きっと。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:34:17
十浦 圭 @ueto_rika

久遠には妹と弟がいた。双子の彼らは奔放で、学校では問題児として扱われたが、奇妙な発想と技術力は一目置くべき才能だった。久遠は風変りな双子のことが好きだったし、それなりに仲良くもやっていた。なのに。厳格な両親だった。成績や体面で全てを測れると思っている人達。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:36:45
十浦 圭 @ueto_rika

両親との折り合いが悪く、兄は数年前に家を出た。双子はやがて部屋に閉じこもり、そして先月、いつの間にか街を出て行ってしまっていた。どうすればいいのか分からず、ずっと見ていただけの久遠には何も残されなかった。さよならさえ、残らなかった。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:39:08
十浦 圭 @ueto_rika

久遠は家族が好きだった。歪で憎たらしくも忌々しくもある彼らを、好きなのに、どうすればいいのか分からない。宙に浮かせた両腕は何も出来ないままに終わって、降ろすタイミングが分からない。辛かった。辛いと言うのも狡い気がして、何も言えなかった。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:44:41
十浦 圭 @ueto_rika

ぐったりと椅子に凭れて黙ってしまった久遠に、シズクは何も言わずにコーヒーを一口飲んだ。静かな音楽が二人の頭上を流れる。やがておもむろに落ち着いた声が落とされた。「君は、八尾比丘尼を知っているか」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:46:25
十浦 圭 @ueto_rika

ぼんやりと久遠はシズクの言葉を聞いていた。八尾比丘尼。聞いたことはある。「人魚の肉を食べた人間だ」ああそうだ、と思いながらのろのろと久遠は視線を上げた。凪いだ瞳の中に自分の顔が写っている、「俺はその八尾比丘尼なんだ」穏やかな声音のままにシズクが言った。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:47:46
十浦 圭 @ueto_rika

はたはたと瞬く久遠の前でシズクが小さく笑った。「俺はもう随分長く生きていて、それでも諦められないことがある」笑みの影に久遠は痛みが閃いたのを見たような気がした。悟の中にも見た嘆き。自分と同じそれを。「君もそう悲観することはない」柔らかな照明が机を照らす。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:54:56
十浦 圭 @ueto_rika

「もしかして、慰めてますか」出した声は少し濡れていて、けれど普段ならいたたまれなく思うだろうそれを、久遠は何とも思わなかった。シズクが真面目な顔で「下手くそで悪いな」と言った。それがおかしくて、久遠は小さく笑った。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 18:57:29