木下闇

twitter上の創作企画「空想の街・灯りの樹の夜」参加作品のまとめです。
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十浦 圭 @ueto_rika

結局少女をどうするか決まらないまま、久遠とシズクは彼女のいる小屋へ向かうことになった。喫茶店を出れば外はもう薄暗くて、冬の日没の早さを久遠はぼんやりと思った。冷たい空気が襟に入り込むのに、思わず首をすくめる。「行こうか」「はい」かつりとヒールが石畳を打った。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:20:36
十浦 圭 @ueto_rika

その小屋は西区の端にあった。元はしっかりした造りだっただろうそこは、あちこち歪み、ガタが来ていて、とても冬を越すような場所には見えなかった。隣のシズクをちらりと見て、本当にここに少女はいるのだろうか、と久遠は訝しんだ。相変わらずの無表情で彼が扉に手をかける。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:23:20
十浦 圭 @ueto_rika

がだだ、と大きな音を立てて扉が引かれた。暗がりに冬の夕方の、弱い光が差し込む。は、と吐いた息が白く染まり、これじゃ外とほとんど変わらない寒さだ、と久遠は思考の片隅で思った。小屋の奥の壁に背をつけるようにして、少女が立っている。空色の目がぎらりと二人を睨んだ。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:26:25
十浦 圭 @ueto_rika

「あんたたちだれ」少女の声はか細く、風に揺れる小枝のようだった。薄手のワンピースから細い手足と尾がにゅっと覗いている。サイズが合っていないらしい。爛々と光る瞳以外、どこもかしこも細い、痛々しい姿だった。「こんばんは」そろりと久遠が言った。シズクは黙っている。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:29:18
十浦 圭 @ueto_rika

「私たち、灯りの実を落として回るのが誰か探していたの」少女の目線に合わせて、自然と膝を折りながら久遠は言った。びくりと薄い肩が揺れる。「あなた、覚えがある?」久遠の言葉にくしゃりと少女の顔が歪んだ。いやいやと言うように頭が振られる。久遠はそっと手を伸ばした。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:31:56
十浦 圭 @ueto_rika

「ひいらぎが、」「柊?」尋ね返した久遠に、少女はうー、と唸ってみせた。ちらりと見上げたシズクが唇を動かす。じゅつしのおとこ。ああ、と納得して、久遠は言った。「あなたと一緒にいた人のこと?」「いたじゃない、来る、帰って来るもん!」わんっと声が小屋に響いた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:34:03
十浦 圭 @ueto_rika

「夏もちゃんと帰って来たのに、風船だって隠したのに、ずっと一緒にいてねっていったもん、灯りの木、すきだって、言ってたのに」言い募った幼い言葉は勢いを失くして空中でぼろぼろと崩れる。「…柊、柊、っひいらぎ」空色の目からほろりと涙が落ちた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:37:11
十浦 圭 @ueto_rika

少女の言葉に久遠はつきんと胸が痛むのを感じた。夏、帰ってきた、風船を隠した。氷涼祭は死者が帰る祭りだ。銀氷を迎えた後、白鴉と共に死者は去らねばならない。風船を放って、死者を見送らなければならない。呼び止めた死者は、ふいにいなくなる。二度と帰って来れない。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:39:55
十浦 圭 @ueto_rika

もはやわんわんと全身で泣いている少女に、触れることも出来ず久遠はただしゃがみこんだ。会いたい、会いたい、けれど会えない。どうすればこの少女に伝えられるのだろう。どうやって伝えればいいのだろう。中途半端に伸びた腕の横に、ふいにシズクがしゃがんだ。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:44:00
十浦 圭 @ueto_rika

「なるほど」落ちた言葉はこんな時まで穏やかで、思わず久遠は横を振り向いた。「薄々想像はつく。同化したばかりの頃に術師に悪戯を看破されたか、あるいは一緒に過ごす間にそんな出来事があったか。いずれにしても、悪いことをすれば叱って貰えると思ったのか」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:45:53
十浦 圭 @ueto_rika

しゃくりあげる少女に、シズクの腕が伸びる。「待ちたいのか。そうまでして。会いたいのか」白い、細く長い指が少女の頬をぬぐった。く、と眉を寄せてシズクが少女を覗き込む。苦しそうに青年が言った。「それでも諦めきれないのか」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:48:05
十浦 圭 @ueto_rika

ぽろぽろと涙を落とす少女とシズクの二人を、久遠は茫然と見た。紫紺の彼と水色の少女の相対は、まるで仲の良い兄妹の美しい絵画のようだった。「…俺のところに来るか」ぽつりとシズクが言った。「諦めずに、お前も待つんだろう」一緒に待とう、とシズクが囁いた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 19:50:29
十浦 圭 @ueto_rika

泣き疲れたのか、ことりと眠りについた少女を抱き上げて立ち上がったシズクと、久遠は外に出た。店の明かりは普段よりも抑えられていて、代わりのように灯りの樹がほのほのと光っている。冷たい空気の中に輝くそれを久遠は目を細めてみた。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 20:07:41
十浦 圭 @ueto_rika

「…一緒に暮らすんですか」視線で少女を指せば、シズクはすっかり戻った無表情で軽く肩をすくめた。「宿の方にも相談してみる。こいつの意思もあるだろうしな」「ふうん」小さな手がシズクのシャツを掴んでいて、久遠はなんとなく、一緒に住むのだろうな、と思った。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 20:10:49
十浦 圭 @ueto_rika

「遊びに行ってもいいですか」「好きにすればいい。悟も喜ぶだろうし」来た道をゆっくりと辿れば、灯りの実に徐々に光が移っていく。悲しみ、ということを久遠は思った。難しいなあと言った悟。ただ名前を呼んで泣いた少女。諦めきれない、と囁いたシズクの歪んだ顔。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 20:13:34
十浦 圭 @ueto_rika

自分の中にある傷を思った。まだ触れれば痛いそれを、自分を許すのも、いなくなった双子を純粋に想うことも出来ないけど。灯りに照らされるシズクと少女の寝顔を、久遠は横目で見た。分かれ道にこつり、と靴を鳴らして久遠は立ち止った。「おやすみなさい」「ああ」 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 20:15:23
十浦 圭 @ueto_rika

すれ違う人々は誰もみな楽し気で、たくさんのオーナメントが木の枝の先できらきらと輝いている。この中で傷を抱えていない人などきっといない。どうしようもないこと、諦めきれないということ。声を上げて、久遠は久しぶりに笑った。灯りの樹の夜が始まる。 #空想の街 #木下闇

2014-12-18 20:18:45
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