『其(そ)は夜鳴き鶯』(旧題:『森の国の夜鳴き鶯』)

竹の子書房 黒実操の自主トレです。もりかさんの『捧げる花もなし姫』にインスパイアされてできたお話です。もりかさん、公表をご快諾いただきありがとうございます。
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クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「お前の願い、しかと聞き遂げた。美しさは貰ったぞ」

2010-12-19 21:30:55
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 黒い女はそう宣言し、雷鳴の余韻と共に空に舞い上がり、飛び去りました。大きな蹄の、獣の一本足が衣装の下から覗きましたが、果たしてお姫様の目には写ったのでしょうか。辺りには何十個もの卵が腐ったような、恐ろしい臭いが立ち込めておりました。

2010-12-19 21:31:26
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 翌朝、お城は大変な騒ぎとなりました。まずは、お姫様のお召し替えを手伝いに現れた女官が、愕然となりました。それでも慌てて下を向き、その表情を隠そうとしましたが、時すでに遅し。お姫様は鏡で、ご自分のお顔を確かめましたが、何の変化も見て取れません。

2010-12-22 00:10:09
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 女官の表情の意味さえ判りません。なぜなら、生まれて以来(このかた)、一度足りとも向けられたことのない表情だったからです。続いて王様のお呼びがかかり、湖の国の使者が待つ玉座の間へと進みました。お姫様の姿を見るなり、王様は玉座から立ち上がられて目を剥きました。

2010-12-22 00:10:24
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 控えていた湖の国の使者も、不敬な眼差しを浴びせます。可哀想に、お姫様は何が何だか判らぬまま、自室への謹慎を命じられました。「確かにあの黒い女性(にょしょう)は、私の美しさを貰い受けると言ったわ。だけど、一体何が変わったというの」鏡を覗いては首を捻るほかありません。

2010-12-22 00:10:35
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p しかし、黒い女の言ったとおりに事は運びます。湖の国の使者は、お姫様を連れ帰りませんでした。謹慎を命じられたお姫様には知る由もありませんでしたが、数多(あまた)の求婚者たちも潮が引くようにいなくなりました。

2010-12-22 00:10:47
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p お姫様は、ただただ恋人に逢いたいと願いました。しかし、いくら待っても恋人は現れません。かつてのように、お姫様のお部屋の側の木によじ登って来ることはありません。恋人の身に、もしや何かが起こったのではと、お姫様は考えました。もしかして、この恋が明るみに出てしまったのでは。

2010-12-22 00:10:58
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p そのせいでの謹慎では。あの方の身に、恐ろしいことが降りかかったのでは。黒い女は関係なく、私たちの恋が明るみに出たために縁談は壊れ、そしてあの方は……。お姫様の胸は、不安でいっぱいに膨れ上がりました。ついにその夜、お部屋を抜けだして恋人の元へと忍んで行ったのです。

2010-12-22 00:11:11
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 恋人はいつものように、城壁の警護についていました。「ご無事でしたか」いつもと変わらぬその姿を確かめると、安堵のあまりお姫様の目には涙が浮かびました。反して、恋人の目は乾いておりました。露骨に困惑の色を宿し、少しの間、言葉を探しておりました。

2010-12-22 00:11:22
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p そして、「お姫様、なにゆえこのような所へ」乾いた声で言いました。お姫様は、その声音に酷く狼狽してしまいましたが、勇気を振り絞って言いました。「貴方が心配で。ああ、ご無事でよかった」「お姫様は王様より、謹慎を命じられているのではないですか。どうぞお部屋へお戻りを」

2010-12-22 00:11:32
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 生まれて初めて浴びせられる、決定的な拒絶を含んだ口調。お姫様は懸命に、震える膝を宥(なだ)めます。「ごめんなさい。私は、ただ……」「失礼ながら、はっきりと申し上げます。私は臣下の身。王様を裏切ることなど、決して致しませんゆえ、なにとぞご承知を」

2010-12-22 00:11:44
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p お姫様は送られることもなく、たったお一人でお部屋に帰って行きました。どこをどう歩いたのかさえ判らないほどに震えていましたが、歯を食いしばって歩いて帰って行きました。

2010-12-22 00:11:57
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p お部屋に戻ったお姫様は、窓辺にもたれ星空を見上げます。ついこの前、この空が真っ暗だったときのことを思い出し、何度も何度も溜息を付きました。と、窓の外の木の枝に何やら揺れる影。お姫様のお顔が輝きました。しかし、枝にあるのは小首を傾げた夜鳴き鶯。お姫様のお顔が翳ります。

2010-12-30 23:21:26
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p そんな友人の態度など物ともせず、夜鳴き鶯は嘴を震わせながら、お姫様のすぐ側にまで飛んできました。おかしなことに、その嘴は震えるだけで一向に歌が始まりません。自分のことだけで精一杯だったお姫様も、友達の異変に気付きます。「あなた、どうしたの。お歌はどうしたの」

2010-12-30 23:21:51
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 夜鳴き鶯は嘴を上に向けて、何度も何度も震わせました。そして真っ直ぐにお姫様の瞳を覗き込むのです。「まさか、あなた」そうです。夜鳴き鶯は、あの夜を境に声を無くしてしまったのでした。黒い女からお姫様を遠ざけようと、いったいどれだけ叫んだことでしょう。

2010-12-30 23:22:03
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p その小さな喉は、あまりの激しさに耐えられず、潰れてしまっていたのでした。お姫様は、あのとき、夜鳴き鶯のことなど気にも止めていませんでした。ただ、思い起こせば、壊れた笛のような声が何度も何度も聞こえていたのです。

2010-12-30 23:22:13
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 記憶が戻る程に、その声がどんなに懸命に訴えていたことか、お姫様の心に響きます。お姫様は、初めて、自分が友達にしてしまった仕打ちを恥じました。そして今の今まで、その友達のことを忘れ去っていたことを、情けなく思いました。お姫様の両の目に、みるみる涙が盛り上がり、溢れます。

2010-12-30 23:22:23
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「ごめんなさい」夜鳴き鶯に向かって、手を差し出しました。夜鳴き鶯は何の躊躇もなく飛んできて止まります。嘴を震わせ、気にするなとでも言わんばかりに、小さな頭を振るのです。お姫様の波立っていた心が、嘘のように鎮まっていきました。

2010-12-30 23:22:45
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 今や、夜鳴き鶯は歌えません。それでも歌を聴いたとき以上に、お姫様の気持ちは慰められていきました。次の朝、お姫様は願い出て、王様の前に立ちました。「私の身に起きたことは、私の心根がいたらないからです。これからは神様に許しを乞いながら、ひっそりと暮らしたいと思います」

2010-12-30 23:22:54
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p お姫様の願いは、その場で聞き届けられました。森の奥にある、古い廃教会で暮らすことになったのです。お城からは、誰もお姫様について行こうとする者はありません。王様も、悪い噂を消すことに熱心なあまり、お姫様をたった一人で城から出すことに目を瞑ります。

2010-12-30 23:23:03
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p しかしお姫様は一人ではありませんでした。大事な友達、夜鳴き鶯と一緒だったのです。周りは皆、お姫様をみじめだと憐れみました。お城を後にするお姫様が、穏やかなお顔をしていることに、誰も気付いた者などありませんでした。

2010-12-30 23:23:11
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 傍から見れば、貧しく粗末な生活です。でもお姫様にとっては、全てが新鮮で物珍しい、充実した毎日でした。友達は片時も離れずに側にいてくれます。夜鳴き鶯は歌えなくとも、その愛らしい仕草でお姫様の心を暖めるのです。幾度、月が丸くなり、そして欠けていったことでしょう。

2010-12-31 01:49:28
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 【その夜】は、やって来ました。そろそろ休もうかと、友達に話しかけたそのとき。窓の外の、木々の隙間から零れる、夜の闇が大きく膨らんだような気がしたお姫様は、思わず外に出てしまったのです。夜鳴き鶯が後を追い、お姫様の肩に止まります。

2011-01-05 00:25:38
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 一陣の風が吹き、思わず閉じた目を開けるまでの、ほんの僅かな時間に、あの夜の黒い女がお姫様たちの真ん前に立っていました。「一国の姫ともあろうものが、なんたる暮らしだ」黒い女は、お姫様と廃教会を無遠慮に見回しました。唇をねじ曲げ、愉快そうに言い放ちます。

2010-12-31 01:43:14
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