オバケのミカタ第四話『オバケのミカタと瀬戸大将』Aパート(1/3)

twitter連載小説『オバケのミカタ』の第四話。妖怪&特撮テイストのアクション小説です。
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アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

オバケのミカタ 第四話『オバケのミカタと瀬戸大将』 #OnM_4 00

2015-01-10 22:01:08
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

マコトは走っていた。裸足で――赤土が剥き出しの農道を。両手には、ずっしりと重い金属とプラスチックの塊を抱いている。銃――自動小銃だ。長さの余ったスリングがぱたぱたと肩を叩く。足の裏がひりつく。けれどそれを痛みと認識する余裕もなかった。 #OnM_4 01

2015-01-10 22:01:43
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

木と草でできた素朴な小屋の陰に駆けこむと、そこにへたりこんだ。喉が焼けつく。心臓が破裂しそうだ。もう一歩も歩けそうにない。小屋の屋根越しに、天に昇ってゆく黒々とした煙が幾筋も見えた。周囲は静まり返っていた。それでもわんわんと耳鳴りがした。 #OnM_4 02

2015-01-10 22:02:51
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マコトは目を閉じたくなくて、足元の草とそこをゆっくり這い回っている甲虫を、目を皿のようにして凝視した。まばたきする勇気もない。目を閉じると、駆けてくる途中で目にした地獄絵図が、ありありと瞼の裏に蘇ってくるからだ。目が乾き、涙が溢れても、マコトは我慢した。 #OnM_4 03

2015-01-10 22:03:35
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

と――誰かが、草を踏み折りながら、こちらにやって来た。マコトは身体を固くし、銃を抱き直した。視界がかすむ。喉が絞まって呼吸ができない。声がかけられた。すぐ近くだ。少年の声。話しかけながら近づいてくる。耳鳴り――銃声の残響が、彼の声を掻き消す。 #OnM_4 04

2015-01-10 22:05:40
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小屋の陰から、少年が顔を覗かせた。逆光。表情は窺えない。手に四角いなにかを持っている――振り上げた。マコトは小銃を肩にあてがい、トリガーを引いた。何も考えられなくなってもその動きだけはできるよう、何度も殴られ覚えさせられていた。反動で腰が砕け、尻餅をついた。 #OnM_4 05

2015-01-10 22:07:15
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少年が倒れた。彼が手にしていたものが手からこぼれ、地面でバウンドして、マコトの傍に落ちた。携帯電話。画面には、日本の漫画のキャラクターが表示されていた。マコトは呆然とそれを見つめた。携帯電話が震え、着信メロディを奏ではじめた。曲は『グロウアップ』――。 #OnM_4 06

2015-01-10 22:08:13
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枕元で、スマートフォンがアラームを――『グロウアップ』を――流し続けている。朝五時。ブラインドから透明な朝日が差しこんで、雑然とした部屋を縞模様に染めていた。本棚から溢れた本や漫画。その上に並んでいるフィギュア。電気製品のケーブルがそこら中でのたうっている。 #OnM_4 08

2015-01-10 22:09:07
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マコトはアラームを止め、額の汗を拭った。久しぶりの悪夢だった。浅い呼吸を繰り返し、鼓動を落ち着かせようとする。身体の下敷きになっていた《はぢっかき》が身じろぎした。「……ああ、ごめんなさい」体を浮かせると、白玉のボスみたいな怪物体がにゅるりとまろび出てくる。 #OnM_4 09

2015-01-10 22:10:14
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はぢっかきは、曲家に棲む五人(?)目の住人だ。白くて丸っこくてビーズクッションみたいな感触をした胴体に、ほとんど何の役にも立たない短い手足と、妙に見る者の嗜虐心をそそる覇気のない顔がついている。動きが鈍い。短い腕で頭をかばうポーズが、卑屈さに拍車をかけている。 #OnM_4 10

2015-01-10 22:10:35
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彼(?)は何もしない。口もきかないし、哀たちのように戦いに参加するわけでもない。その代わり食事やら何やらを要求することもない。ただベッドの下や、流しの下の収納なんかに収まって、日がな一日じっとしている。他者と接触するのは夜、マコトの枕代わりになるときくらいだ。 #OnM_4 11

2015-01-10 22:10:59
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はぢっかきはでろん、とベッドから滑り落ちると、丸っこい身体をもそもそ揺すりながらベッド下に這いこんでいった。マコトはなんとなく微笑ましい気持ちでそれを見送ると、寝間着代わりのTシャツを脱ぎ捨てた。汗を吸って重くなっている。昨夜負傷した肩が、鈍く痛んだ。 #OnM_4 12

2015-01-10 22:11:36
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マコトは赤黒い染みのついたガーゼを剥がし、傷の状態を確認した。充が調合してくれた河童の膏薬のおかげで、傷口はもう完全に塞がっている。心配は要らなそうだ。マコトはガーゼを丸めて捨てると、スエットと下着も脱いで裸になった。 #OnM_4 13

2015-01-10 22:12:07
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しなやかな手足にも、引き締まった胴にも、マコトの身体には至る所に傷がある。切り傷、矢傷、火傷、銃創、縫合痕、骨折が治った痕。新しいものもあれば古いものもある。負った瞬間のことを克明に思い描けるものもあれば、自分でもいつ受けたのかとんと記憶にないものもある。 #OnM_4 14

2015-01-10 22:12:44
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マコトはジャージに着替え、念入りに柔軟運動をすると、居間にハンモックを吊って寝ている沙綾の脇をそっとすり抜け、玄関に向かった。置きっぱなしにしてあるザックを背負い、ベルトで身体に固定する。中身は重しだ。ダンベルや水の詰まったペットボトル。 #OnM_4 15

2015-01-10 22:13:17
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そっと玄関を出て、一階へ。スマートフォンから引っ張ったイヤホンを耳に詰めこみ、曲を聴きながら走り出した。はじめは平地をゆっくりとしたペースで――徐々にピッチを上げつつ、『メゾン彩瓦』の五キロばかり先にある小高い山へと向かう。さらに舗装された道を外れ、登山道へ。 #OnM_4 16

2015-01-10 22:14:13
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

山頂にほど近い目的地に着く頃には、さすがに息が切れていた。タオルで汗を拭き、手近な枝にかける。ペットボトルに口をつけて、がぶがぶと水を飲んだ。一息ついたところでやおら立ち上がると、マコトは拳にバンテージを巻きはじめた。一本の樹に向かい合って立つ。 #OnM_4 17

2015-01-10 22:14:47
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

他とは違う様子の樹であった。ぼろぼろに風化した段ボールが巻きつけてある――描かれているのは、人間の模式図だ。ほぼ原寸大。脇腹や鳩尾、顔の部分などは特に劣化が激しく、破けて穴が空いているばかりか、そこから覗く樹皮すらも擦り切れて、木肌が剥き出しになっている。 #OnM_4 18

2015-01-10 22:15:36
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

マコトは拳を固めて構えると、やおらその樹を殴りつけはじめた。描かれた人体の急所を狙って、リズミカルな連打を何度も、何度も繰り返す。機械のような精密さ。拳のコンビネーションの次は肘と膝の打撃、蹴り技、枝を相手の腕に見立てての防御の練習と、淀みなくこなしてゆく。 #OnM_4 19

2015-01-10 22:16:26
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

山中でのトレーニングを終え、同じ距離を走って家に帰りつく頃には七時を回っていた。室内に入った途端、味噌汁の匂いに出迎えられる。「あ、お帰りぃ」台所から充の声がした。「お風呂涌いてるよお」「ありがとうございます」居間のハンモックでは沙綾がまだ寝ている。 #OnM_4 20

2015-01-10 22:17:35
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汗を流し、制服に着替え終えたところで、ちょうど起きたばかりの哀が顔を洗いにやってきた。巨大な目が充血している。「おはよー」「おはようございます。遅かったんですか?」「現場写真の整理してたから……あんた今日も走ってきたの? 戦った次の日くらい休めばいいのに」 #OnM_4 21

2015-01-10 22:18:11
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「いやあ、休むとすぐなまっちゃいますから」「ふうん」狭い洗面所で二人は器用にすれ違った。マコトは台所に向かうと、冷蔵庫から牛乳を取り出してガブガブと飲む。隣では充がぬか漬けのキュウリを切っていた。包丁はセラミック製。河童は金属、とりわけ刃物が苦手だからだ。 #OnM_4 22

2015-01-10 22:18:34
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

充とマコトが朝食を配膳していると、右目に眼帯を巻きながら哀が戻って来た。ハンモックで寝ている沙綾を叩き起こす。それから四人で朝食を採った。豆腐の味噌汁と焼き魚とキュウリの漬け物。肉が少ないと沙綾が文句を言う。哀が幸せそうに豆腐を頬張る。いつもの光景である。 #OnM_4 23

2015-01-10 22:19:29
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

朝食が済むとマコトは高校へ、哀は中学校へ、充は小学校へ、それぞれ向かう。哀は既に十回も中学校を卒業しており、もはや学ぶこともないのだが、学校に籍を置いておくことがお化け保護が有利になる場合も、ままあるのである。沙綾は見送りだ。また寝るのだろう。 #OnM_4 24

2015-01-10 22:21:13