オバケのミカタ第三話『オバケのミカタと吸血鬼』Bパート(2/3)

Bパートです。
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アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

佐伯アザミは吸血鬼だ。千葉県の郊外に居を構える吸血鬼・椿のクラン(氏族)に属している。吸血鬼の暮らしはよく、蟻や蜂にたとえられる。一人の王(ないし女王)を中心とし、その『子』や『孫』たちだけで群れを作る様子が、社会性昆虫を連想させるのだろう。#OnM_3 66

2014-12-27 22:02:41
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

この場合の『親』『子』というのは、血を吸って吸血鬼にした/された者のことを指す。『子』に吸血されて仲間になった者は、最初の『親』から見ればつまり『孫』だ。『子』と『孫』の間に階級や派閥が形成されるクランもあれば、全くないクランもある。椿のクランは後者であった。#OnM_3 67

2014-12-27 22:03:10
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

椿に限らず、吸血鬼が自群に誘うのは社会から爪弾きにされた人間や、自殺志願者だけだ。そういった人間の受け皿になりつつ、労働力の提供という形で人間社会に貢献し――対価として、人間の健康を損なわない程度に血を貰う。おおむね、どの吸血鬼もそうやって暮らしている。#OnM_3 68

2014-12-27 22:03:48
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椿は女性しか自群に加えない主義だ。必然的に、男社会の人間関係に倦み疲れた者や、男に傷つけられた者が集まってくる。椿の方からも、進んでそうした女たちを受け入れようとしている。アザミもそんな一人だ。夫から逃げながら暮らす中で椿に救われ、彼女の『子』になった。#OnM_3 69

2014-12-27 22:04:52
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

今は、輸入雑貨の通販サイトを運営している雛菊――同じクランの先輩――を手伝わせてもらっている。稼ぎが多いとは言えないが、食費と家賃がほとんどかからないので何の問題もない。稼ぎの大半が夫のパチンコ代に消えていた頃と比べれば天国のような暮らしだ。#OnM_3 70

2014-12-27 22:05:18
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深夜。アザミは食事の帰りだった。今夜の獲物は最近仲良くなった、運送屋でバイト中の女の子。寝室へ霧になって侵入し、首筋にかぶりついて150ccほどいただく。それだけ飲めばお腹一杯だ――二、三週間は何も口にせずともよい。アザミは腹ごなしに、夜の散歩を楽しんでいた。#OnM_3 71

2014-12-27 22:06:30
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昔は夜道を歩くのもおっかなびっくりだった。今にも物陰から継父や夫が飛び出してきて、暴力に支配されていた日々に自分を連れ戻してしまうのではないかと恐れていた。最近はその必要もなくなった。今のアザミは梟よりも鋭い目で闇を見通せるし、腕力だって並の男より強い。#OnM_3 72

2014-12-27 22:06:55
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妙な話だが、人間をやめた今の方が人間らしく生きられている気がする。常に誰かからの悪意に怯えていたあの頃、陽の明かりの下でも世界は暗黒だった。今は逆だ。月と星に淡く照らされた景色の、なんと色鮮やかなことか。アザミは靴音高らかに、ひと気の失せた繁華街を闊歩した。#OnM_3 73

2014-12-27 22:07:24
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と、書店の駐車場に設置された自動販売機の前に、人影がしゃがみこんでいるのが目に留まった。五月も終わりだというのにブラックレザーのコートを着こみ、襟を立てている。目深にかぶったハンチング帽のせいで顔は見えないが、華奢な体格からして、どうやら女の子だ。#OnM_3 74

2014-12-27 22:07:49
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こんな時間に、一人で何を? 家出少女? 関わり合いにならない方が無難だ――という思考を、アザミは即座に振り払った。あの子が家に居られないのだとしたら、それ相応の理由があるはずだ――自分がそうだったように。もし可能なら、力になってあげたい。椿がしてくれたように。#OnM_3 75

2014-12-27 22:08:33
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「お嬢さん?」相手を警戒させぬよう、努めて柔らかい声でアザミは話しかけた。「こんな時間にどうしたの……?」少女が顔を上げると、アザミはハッとした。ぞっとするほど美しい少女だった。髪も、肌も真っ白だ。どういうわけか、瞳すらも白く濁っている。#OnM_3 76

2014-12-27 22:09:11
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彼女はアザミをじっと見つめ、微かに鼻をうごめかせた。「鉄臭いな」「え?」アザミには、彼女が何を言ったのか分からなかった。外国語だったからだ。しかし次の瞬間、彼女の瞳に燃えたものには見覚えがあった。それは弱者への侮蔑、嫌悪、憎悪――底なしの悪意。暴力の炎だ。#OnM_3 77

2014-12-27 22:09:46
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本能的に、アザミは踵を返し駆けだしていた。霧か蝙蝠になって逃げよう――でも、それは相手の視界から逃れてからだ。そう考えたのは、それでもまだ、相手が普通の人間だと思っていたからだ。しかしそれは誤りだった。少女はアザミよりも速く、そして容赦がなかった。#OnM_3 78

2014-12-27 22:10:40
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恐ろしい力で襟首を掴まれ、引き戻された。「地獄の炎で焼かれろ、害虫!」少女が何か叫んだ。心臓を白木の杭に貫かれた瞬間、アザミは、悪意の大きな手が再び自分を捕まえたのを悟った。#OnM_3 79

2014-12-27 22:11:02
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日曜日。曲マコトは上機嫌だった。鼻歌で『バリバリ最強No.1』を奏でながら、いつもより念入りに歯を磨き、注意深く髪を整え、眼鏡を選び、似たような二つの鞄から一方を選ぶのに二十分を費やした。さしもの哀たちですら若干引きたくなる浮かれっぷりだった。#OnM_3 80

2014-12-27 22:11:43
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「哀お姉ちゃん、知らない人がうちにいるよ……」朝食の皿を片づけながら、充が気味悪そうに囁いた。「うん、まあ、あれよ。子供は知らないうちに大人になってしまうものなのよ」「あれが大人かなあ」――そのとき、哀のタブレット端末がメッセージの着信を報せた。#OnM_3 81

2014-12-27 22:12:37
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

まだ待ち合わせの時間には早すぎるが、既に準備万端整えてしまってすることがない。マコトは少し考えたのち、早めに行って待っておくことにした。遅れるよりはいいはずだ。「それでは、行って参りま~す!」「あ、あのね? マコト?」靴を履こうとしたところで、哀が顔を出した。#OnM_3 82

2014-12-27 22:13:11
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「言いにくいんだけど……」その表情でマコトは全てを悟った。申し訳なさそうに言葉を探す哀を手で制し、やおら首を上向けて、天井を仰いだ。溜息。しばらくそうしてから首を戻したとき、マコトはいつものマコトに戻っていた。「分かりました。すぐ行きましょう」#OnM_3 83

2014-12-27 22:13:33
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

マコトからの堅苦しいメールを読んでいるうちに、神奈は自分の中で膨らんでいた楽しい気持ちがみるみる萎んで、固くなっていくのを感じた。「神奈?」歴史部の文枝が怪訝そうな顔をする。「……あー、ごめん。曲さん、やっぱ来られなくなったって」「あれ。そうなんだ?」#OnM_3 84

2014-12-27 22:14:03
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「んじゃー面子も揃ったし、ぼちぼち行きましょーかー」発起人の芳子が手を叩くと、四人の歴史部女子は改札に向かってぞろぞろと移動しはじめる。その最後尾を歩きながら、神奈はにぶい怒りを感じていた。マコトへの怒りではない。彼女を取り巻く環境への怒りだった。#OnM_3 85

2014-12-27 22:15:20
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

千葉県郊外の『椿ハイツ』に到着したときには、もう昼を回っていた。小高い丘の上にある瀟洒な集合住宅だが、周囲に他の家はなく、やや寂しげな印象を受ける。この建物が丸ごと、吸血鬼クランの棲家であり、城だ。マコトと哀、充、沙綾の四名は、真っ直ぐ管理人室を訪れた。#OnM_3 86

2014-12-27 22:16:38
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