オバケのミカタ第三話『オバケのミカタと吸血鬼』Bパート(2/3)

Bパートです。
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アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

カーテンを閉め切った部屋で、一行は妙齢の女性に迎えられた。落ち着いた物腰、黒目がちな瞳。氏族の長、椿である。「久しぶりね」哀が言った。二人は大正時代、椿が吸血鬼になりたてだった頃からの知己だ。「うん」椿は頷き、視線をマコトに振った。「貴女が――今の哀の相棒?」#OnM_3 87

2014-12-27 22:17:23
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「はい。曲マコトと申します」「そう。女の子だとは聞いていたけど、貴女みたいな子が――。……ごめんなさい、挨拶が遅れてしまったわね。私は椿。この城に住む吸血鬼氏族の主です。今日はお忙しい中駆けつけてくださったこと、皆を代表してお礼を言わせていただくわ」#OnM_3 88

2014-12-27 22:18:11
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「まったくだぜ。せっかくマコがよう――イッテエ!」口を尖らせた沙綾の足を、哀と充が両側から踏んだ。マコトは真摯に頷く。「それには及びません、これが私の仕事ですから。早速ですが、状況をもう一度確認させてください。昨夜、クランの方が一人、出かけたきり戻らないと」#OnM_3 89

2014-12-27 22:18:34
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「ええ。彼女――アザミはまだ吸血鬼になって一年半だから、外泊は避けるように、もし城の外で朝を迎えてしまったときはすぐ私に連絡するようにと、約束して貰っているの。そうでなくても生真面目で、氏族への帰属意識も強い子よ。連絡もなしに行方を眩ませるなんて考えられない」#OnM_3 90

2014-12-27 22:19:13
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「では」「ええ。辛いけれど……最悪の事態も考えているわ。それと彼女、携帯電話を持ったままだったの。もしアザミがハンターに襲われたのだとすれば」「この隠れ家も知られてしまった可能性が高い」「……おそらくは。霊動装甲で襲われたら、私たちなんてひとたまりもないわ」#OnM_3 91

2014-12-27 22:19:46
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「逃げちゃうわけにはいかないんですか?」と、これは充。「緊急時の移住先は幾つか用意してあるのだけど……私たちに日中の移動はリスキーすぎる。夜までは身動きできないわ」「そしてハンターはきっと、その隙を逃しはしない……」マコトの目がきゅっと細まった。#OnM_3 92

2014-12-27 22:20:28
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「人間が吸血鬼を襲う場合、日暮れの直前を狙うのがセオリーよ。その時間帯、私たちの眠りは最も深くなるから」「ははあ。人間で言うところの朝駆けですね」「そういうこと。だから敵がもし、この場所をつかんでいるなら――もう四、五時間もしないうちに仕掛けてくる筈」#OnM_3 93

2014-12-27 22:21:57
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「分かりました」マコトは分厚いカーテンを――その遙か向こうにいる、まだ見ぬ敵の姿を見つめた。「充は、万が一に備えて吸血鬼の皆さんと一緒に。私と哀、沙綾で警戒に当たります。椿さんは皆さんを安心させてあげてください」「……ええ。地下室に隠れているわ。……お願いね」#OnM_3 94

2014-12-27 22:22:51
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日がゆっくりと傾く。外灯から伸びた影が日時計にも似て、郷土資料館の駐車場を横切っていった。そんな影の針を踏み越え、大股で正面玄関へ向かう少女が一人。横浜から帰った上繁神奈である。手に提げているのは縦長のビニール袋だ。分厚い本のシルエットが透けて見える。#OnM_3 95

2014-12-27 22:23:40
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「……さてと」神奈は腕を組み、資料館を見上げた。「勢いで来ちゃったけど、果たして奥に入れてもらえるか……」神奈の目的は管理棟にあるという特殊文化財局だ。マコトの同僚なり上司なりに会って、一言物申すつもりだったのである――女子高生を日曜まで働かせることについて。#OnM_3 96

2014-12-27 22:24:03
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一応、口実は用意してきた。ビニール袋の中身――マコトと一緒に行くはずだった展覧会の図録。「えーとえーと。曲さんに届けたいんですけど、住所を知らなくて、でもここが職場と聞いたので……」道すがら考えた口上をぶつぶつ呟きつつ、神奈はエントランスの自動ドアをくぐった。#OnM_3 97

2014-12-27 22:24:31
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17:00。『椿ハイツ』の敷地内に茂る新緑が夕陽を浴びてオレンジ色に輝いている。中庭にしつらえられた見事な薔薇の花壇では、モンシロチョウが舞い、スズメが遊んでいる。のどかな春の景色だ。だが程なくして、その平穏は破られることとなる。#OnM_3 98

2014-12-27 22:27:43
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一台の黒いバンが滑るように現れ、駐車場出口を塞ぐようにして停まった。中から現れたのは暗視スコープとタクティカルベストを装備し、肩から自動小銃を吊るしたホルスキーとミルノフ。そして、ブラックレザーコートの襟を立てたアニタ=クラスニッチだ。#OnM_3 99

2014-12-27 22:28:12
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周囲にひとけはなく、全ての窓を閉め切った『椿ハイツ』は幽霊屋敷のように沈黙している。吸血鬼ハンターたちは二手に分かれ、アパートの敷地内へ侵入を果たした。足音一つ立てない。中庭を横切ったホルスキーは、自覚のないままに細い蜘蛛の糸を引っ掛け、切った。#OnM_3 100

2014-12-27 22:28:49
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ツーマンセルを組んだホルスキーとミルノフは正面エントランスのガラスを破壊し、建物内に踏みこんだ。裏口の方から、アニタが錠を破ったと思しき金属音が響く。二人は目配せし合うと、手近な管理人室の鍵を破壊して、室内に身体を滑りこませた。#OnM_3 101

2014-12-27 22:29:14
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内部は無人だが、これは想定内だ。テーブルに出されたままの紅茶カップやスリープ状態のPCが、つい数時間前まで住人がこの場にいた事を示唆している。ハンターに踏みこまれたときに吸血鬼が逃げこむ場所は決まっている。――地下だ。ミルノフは床の絨毯を剥がしはじめた。#OnM_3 102

2014-12-27 22:29:35
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相棒が隠し扉や階段を探している間、ホルスキーは物陰から吸血鬼が飛び出してこないか警戒しつつ、その片手間に財布や貴金属類を見つけては懐にしまってゆく。これは彼らにとって大事な副収入だ。管理人室を探し尽くしたと判断すると、一旦廊下へ出て、次の部屋へ進む。OnM_3 103

2014-12-27 22:30:11
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『椿ハイツ』は二階建てで、全十二室。地下室への入り口を隠すとすれば一階以外に考えられないから、実質捜索しなければならないのは六室だ。吸血鬼たちの潜伏場所が発見されるのも時間の問題である。ホルスキーは狩りの予感に舌なめずりをした。#OnM_3 104

2014-12-27 22:32:47
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

二部屋目の捜索を終えた二人が、次の部屋を目指して階段の前を横切ったときのことだった。ふいに、ごとん、と何か重いものを落としたような音と衝撃が、階段の上から響いたのだ。二人は反射的に足を止め、顔を見合わせた。#OnM_3 105

2014-12-27 22:35:11
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

近くの部屋からは、アニタが床板を剥がす音が聞こえてくる。彼女に今の音は聞こえていないだろう……どうするか? 一旦合流するか? ホルスキーは逡巡し、すぐに弱気を振り払った。ここ数年、アニタが自分たちに向けるようになった軽蔑の眼差しを思い出したからだ。#OnM_3 106

2014-12-27 22:37:49
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

クルースニクのアニタは重要な戦力だが、頼り過ぎてつけあがらせるのもよくない。時には男の度胸を見せつけてやるのも必要だ。そう考えたホルスキーは、先に階段を登るよう、ミルノフに目線で伝えた。彼は物凄く嫌そうな顔になり、のろのろとそれに従った。#OnM_3 107

2014-12-27 22:38:07
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ミルノフが踊り場を通過したその瞬間、ガランガラン! と騒々しい音を立てながら、なにやら真っ赤なものが階段を転げ落ちてきた。ミルノフが反射的に飛び退き、サプレッサーつき自動小銃を撃つ。それは一瞬で穴だらけになり――真っ白な煙を吐き出した。消火器だ!#OnM_3 108

2014-12-27 22:38:33
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

階段はあっという間に白煙で埋め尽くされ、自分の手先すら見えなくなった。「馬鹿野郎!」ホルスキーは怒鳴った。「ビビりやがって! 相手ぐらい確かめてから撃ちやがれ!」怒鳴ると同時に粉塵を吸いこんでしまい、ホルスキーは激しくむせた。ミルノフも咳こんでいる。#OnM_3 109

2014-12-27 22:38:58