オバケのミカタ第一話『オバケのミカタと人面瘡』Cパート(3/3)

twitter連載小説『オバケのミカタ』第一話Cパートです。
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アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

地下室はジューサーミキサー型の機械――エクトプラズム精製装置が出す騒音に満たされていたので、外の騒ぎには鉄宗も、もちろん神奈も気づかなかった。そして突然、強い衝撃がドアを襲った。一度、二度。鉄宗がぎょっとして振り返った。#OnM_1 113

2014-11-29 19:12:21
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

安普請のドアは三度目の蹴りで枠ごと外れ、金属の悲鳴を引きながらタイルの床に倒れた。何の役にも立たなかったパスワード式の電子ロックが、虚しく転がる。「何だッ?」鉄宗がわめいた。しかし、拘束台に縛りつけられた神奈の驚きはそれ以上だった。(曲さん?)#OnM_1 114

2014-11-29 19:13:03
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

ふわふわのセミロング。野暮ったい丸眼鏡。居眠り魔の曲マコト、隣の席の曲マコト、トイレまで追いかけてきた曲マコトだ。彼女は室内をぐるりと見渡し神奈の姿を認めると、にっこり笑った。「ああ、上繁さん。ご無事で何よりです」果たしてこの状態を無事と言っていいものか。#OnM_1 115

2014-11-29 19:13:41
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「誰だお前は……どうやって入ってきた! 外の連中は!?」マコトは最初の問いにのみ答えた……それだけで事足りる、と言わんばかりに。「文化庁・特殊文化財保護局・南関東支局員、曲マコト」「同じく、哀よ」後から顔を出した少女の顔には、目玉が一つしかなかった。#OnM_1 116

2014-11-29 19:14:01
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「あなたの行為は特殊文化財保護法第二条に抵触しています。司法の手に委ねる前に、ここで無力化させていただきますね」鉄宗の禿頭に、青黒い血管が浮き上がった。「文化庁の手先か……!」神奈は混乱した。文化庁? 何故ここで警察でも自衛隊でもなく、文化庁なのだ?#OnM_1 117

2014-11-29 19:14:39
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神奈の疑問を他所に、当事者同士は盛り上がっていた。「ウヌッ!」鉄宗が衣の裾をさっと払うと、手首に装着した銀色のデバイスがあらわになった。ラックに収まっているものと同じカプセルが装填され、青白く光っている。「霊子(りょうし)転送」#OnM_1 118

2014-11-29 19:15:06
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鉄宗がデバイスのスイッチを入れるが早いか、彼の身体はそこから迸り出た輝きに包まれる。それは3D‐CGのワイヤーフレーム様の構造を成し、次の瞬間、実体として結実した。三面六臂。ピアノブラックとクロムシルバーの装甲。間接部から漏れるエクトプラズムの青い輝き。#OnM_1 119

2014-11-29 19:15:39
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まさしくそれは昨夜、うらぶれた住宅街で妖怪狩りに興じていたメカ阿修羅の姿であった。4メートル近い巨体で鋼鉄の爪を備えた六本のアームを振り上げると、狭い地下室はたちまち一杯になる。特撮映画のような光景に、神奈の目が点になった。#OnM_1 120

2014-11-29 19:16:07
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対して、マコトは。……彼女もまた、鉄宗と同時に動いていた。ブラウスのボタンを引きちぎり、前をはだけると、下から現れたのはハーネスで胸の前に固定された、アイボリーの機器である。角の丸い四角形。透明な覗き穴といくつかのランプ、スイッチ類で装飾されている。#OnM_1 121

2014-11-29 19:16:31
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

ぱくんと蓋を開いてディスクトレイを露出させる様は、神奈に外付けタイプのディスクドライブを連想させた。あるいはMP3以外で音楽を聞くことのない彼女にはほぼ縁のない、クラシックな携帯型CDプレイヤーを。「哀!」「オッケイ! 目にもの見せてあげるわ!」#OnM_1 122

2014-11-29 19:17:00
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

応じるが早いか、単眼娘の身体が分解をはじめた。分解、としか表現しようがない。指先や爪先が光の粒に変じたかと思うと、毛糸玉を解くようにほどけていく。よく見れば光の粒子の一つ一つが、小さな文字の形をしている。ひらがな、カタカナ、漢字、数字、アルファベット……。#OnM_1 123

2014-11-29 19:17:35
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神奈の理解の埒外にある事実だったが、それらはまさしく、妖怪《一つ目小僧》としての哀を構成する情報の連なり、ミームであった。すなわち生物にとっての遺伝子、プログラムにとってのソースコードである。#OnM_1 124

2014-11-29 19:18:07
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もとよりお化けとは人が創り出したものだ。人間の信仰や、噂話や、創作――情報の集積こそがお化けの血となり、肉となる。鉄宗が言ったように、それはまさしく「文化」に他ならない。#OnM_1 125

2014-11-29 19:18:27
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ゆえにこの国に住まうお化けたちは《特殊文化財》として保護の対象となっている。――無論、一般大衆は知り得ないことではあるが。そして彼らを乱獲の魔の手から守ることこそ、《特殊文化財保護局》局員たる曲マコトの使命なのだ!#OnM_1 126

2014-11-29 19:19:02
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哀の肉体が変じた光の文字列は、マコトの胸に装着されたディスクトレイに吸いこまれ、そこで新たな形を成してゆく。情報の集積体――円盤の形へと。「ミームドライバー、起動!」機器の蓋が閉じ、円盤が猛烈に回転しはじめる。『『ヒトツメコゾー!』』鳴り響く電子音声。#OnM_1 127

2014-11-29 19:19:50
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暗く沈黙していた《ミームドライバー》の本体ランプに赤い光が点った――その瞬間。『遅いわッ、死ねーッ!』一歩早く戦闘準備を完了していたメカ阿修羅――天空寺重工製E兵器の霊動装甲《ASURA2004》が、マコトに襲いかかっていた。#OnM_1 128

2014-11-29 19:20:32
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

六本の白兵戦用アームが無慈悲に迫る。神奈は刹那、鉄の爪に裂かれて挽肉と化す同級生の姿を幻視した。だが、そうはならなかった。マコトは紙一重の間隙をぬって死の六重奏を回避すると、相手の間合いの内側へ踏みこんでいたのだ。#OnM_1 129

2014-11-29 19:20:54
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その全身が数秒、アイボリーのつるりとした装甲と、体に密着するボディスーツに覆われた――かに見えた次の瞬間にはもう、炎に包まれている。ただの火ではない。胸のミームドライバーから放出された霊子(りょうし)――エクトプラズムの炎である。#OnM_1 130

2014-11-29 19:21:33
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

マコトが敵の膝を踏み台にして跳躍すると同時に炎はスーツの表面に固着し、スモークレッドに輝く二層目の装甲となった。マスクの隙間から露出していたマコトの目を、新たに出現したバイザーが覆う。赤く発光するスリットが刻まれたそれは、闇に浮かび上がる一つ目のよう。#OnM_1 131

2014-11-29 19:21:59
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

『――やあッ!』《ASURA》の脳天に、強烈な肘鉄が振り下ろされた。頭の一つが提灯のように潰れ、センサーアイが飛び出す。足下まで突き抜ける衝撃は地下室の床を揺らし、放射状の亀裂を走らせた。安普請の床は何秒と保たず、一気に崩壊した。#OnM_1 132

2014-11-29 19:22:31
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「ムーッ?」神奈はエレベーターが下降する瞬間にも似た、不快な浮遊感に襲われた。地面が傾いたかと思うと、拘束された台ごと、斜めになった床を滑り落ちてゆく。崩落に巻きこまれているのだ。猿轡を噛まされた神奈に代わって、胸の腫瘍が金切り声を上げた。#OnM_1 133

2014-11-29 19:24:08
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

気づけば、カビ臭いコンクリートの上で拘束台ごと横倒しになっていた。周囲には砂埃がもうもうと立ちこめ、一寸先も窺えない。天井にぽっかり空いた穴から差しこむ蛍光灯の明かりが粉塵をライトアップし、朝陽に照らされる雲海のような光景を作り出していた。#OnM_1 134

2014-11-29 19:24:30
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後で知った話――鹿羽町の地下にはバブル崩壊で計画が頓挫したのち、作業途中のままに放置されている地下鉄トンネルが少なからずあるのだという。この空間もまた、そんな廃墟の一つであったらしい。#OnM_1 135

2014-11-29 19:25:01
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

暗闇の向こうで青い光と赤い光が激しく交錯し、火花を散らすのが見えた。徐々に埃が晴れてゆく。煙幕の向こうでは、パワードスーツに身を包んだ二者が、熾烈な格闘戦を繰り広げていた。#OnM_1 136

2014-11-29 19:25:33