オバケのミカタ第一話『オバケのミカタと人面瘡』Aパート(1/3)
- OBAKEnoMIKATA
- 1395
- 0
- 0
- 0
こんな昔話がある。とある猟師が山奥で一匹の蛙を見つけた。そこへどこからともなく大蛇が現れ、蛙を丸呑みにしてしまった。猟師があっけにとられていると、今度はそこへ猪がやって来て、蛇をバリバリと食い殺してしまった。#OnM_1 01
2014-11-29 17:00:20猟師は「しめた」と思って鉄砲を構え、猪に狙いをつけ――そこでハタと思い留まった。「待てよ。まず蛙を蛇が殺し、次にその蛇を猪が殺した。じゃあその猪を殺したら――俺はどうなる?」#OnM_1 02
2014-11-29 17:01:09次の瞬間、山を揺さぶるように巨大な笑い声が、猟師の頭上から降りかった。「猟師よ、命拾いしたな。撃っていれば次はお前の番だったのに!」#OnM_1 03
2014-11-29 17:01:34この話の教訓は「人間よりも上には超自然的存在がいるのだから、思い上がってはいけない」ということ――だけでは、ない。少し考えれば分かる。もし笑い声の主が猟師を殺していたら――当然次は、もっと強い相手に声の主が殺されていたはずなのだ。#OnM_1 04
2014-11-29 17:01:57だからこの話にはもう一つ、こういう教訓もある。「お化けの上にはもっと怖い連中がいるのだから、油断してはいけない」。もっと怖い連中とは誰か? 今のところ、それも人間だ。人間の作った機械だ。お化けを狩るための機械だ。#OnM_1 05
2014-11-29 17:02:05ハイヒールの踵が舗装された道を叩く音が、周囲をぐるりと囲むコンクリートの塀に反射して、不気味に響く。コツコツ……コツコツ……。古い住宅街。住んでいるのは老人ばかりで、街全体の夜が早い。日付の変わる頃には家々の窓に明かりはなく、まばらな街灯だけが頼りだった。#OnM_1 06
2014-11-29 17:02:34女は、意識しないままに早足になった。入社二年目の事務員。今日も残業を押し付けられてしまった――仕事そのものよりも、夜遅くなるとこの寂しい夜道を一人で帰らなくてはならなくなるのが、厭だった。#OnM_1 07
2014-11-29 17:02:48コツコツ……。コツコツ……。足音は幾重にも反響し合ううちに、果たしてその出所が本当に自分の靴なのか、分からなくなってくる。幻惑される。早く抜け出そうと、もっと早足になると、足音もいっそう激しくなる。コツコツ。コツコツ。……ペタリ。#OnM_1 08
2014-11-29 17:03:05思わず足が止まった。はっきり聞こえた――自分の足音ではない。魚類が俎板の上でのたうつような、ぐっしょり濡れた素足でコンクリートを踏むような……そんな音だった。女は、おそるおそる振り向いた。誰もいなかった。#OnM_1 09
2014-11-29 17:03:16馬鹿馬鹿しい。女はかぶりを振って、再び家路を急いだ。コツコツ、コツコツ。……ペタペタ、ペタペタ。女は再び、足を止めた。ぴったり追随していた湿っぽい足音も、ぴたりと止まった。#OnM_1 10
2014-11-29 17:03:29女は意志の力を総動員して振り返り、それから周囲を注意深く見回した。……やはり無人だ。女は背後を向いたまま、ソウッと一歩を踏み出してみた。コツンと踵が鳴った瞬間、目の前のアスファルトにペタリと、濡れた足跡だけが出現した。#OnM_1 11
2014-11-29 17:03:45女は言葉にならない叫びを発しながらハイヒールを蹴飛ばし、素足で走り去っていった。寂れた住宅街の路地に、再び静寂が戻る。と、道の一点でアスファルトが波打ったかと思うと、何がしかの色と形がそこから浮かび上がってきた。#OnM_1 12
2014-11-29 17:04:10道路に擬態していたそれは、ヒラメによく似た姿をしていた。尾ビレの末端だけが人の足そっくりの形になっていて、それで嬉しげに地面を叩くと、ペタペタと音が鳴った。#OnM_1 13
2014-11-29 17:04:27彼は《べとべとさん》という種類のお化けだった。姿を隠して人の後をつけ、足音で怖がらせる。怖がらせてどうする、と訊かれても困る。彼は生まれたときから単に「そういうモノ」なのだ。生産性と無縁の行為こそがお化けのアイデンティティでありレーゾンテートルである。#OnM_1 14
2014-11-29 17:04:46おのれの本分を果たしたべとべとさんは満ち足りた気持ちで、ねぐらに帰るべく路面を滑り(這い)はじめた。と、その動きがぴたりと止まる。背後に不穏な気配を――濃密な殺気を、感じたからだ。#OnM_1 15
2014-11-29 17:05:08彼は平べったい身体をめくって、背後を振り仰いだ。十五メートルほど後方に――阿修羅が立っていた。木像でもブロンズ像でもなく、ピアノブラックとクロムシルバーに輝く機械の阿修羅だった。#OnM_1 16
2014-11-29 17:06:26阿修羅の三面は赤外線カメラやソナー、レーダーをはじめとするセンサーの塊で、六臂は起重機のような戦闘用アームだった。アームの先には五本の鉄の爪。関節の隙間から、滅菌灯のような青白い光が漏れている。#OnM_1 17
2014-11-29 17:06:35阿修羅が鉄の爪を開き、また閉じた。それだけの仕草に、舌なめずりする姿が見えるほどの嗜虐性がにじみ出ている。純然たるプログラムには成し得ない、人間臭い動きだった。ただの機械ではない――人が中で操縦している。所謂パワードスーツだ。#OnM_1 18
2014-11-29 17:06:45『ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン……』外部スピーカが低く呟いた。阿修羅真言。機械の爪ががちゃがちゃと印を結ぶが、べとべとさんは最後まで見ずに逃げ出した。その背を狙って4メートル近い巨体が、跳んだ。#OnM_1 19
2014-11-29 17:07:03すわ鋼鉄の爪がべとべとさんの身体を貫き、大地に縫い留めるかと思えた。邪魔が入らなければ、そうなっていただろう。#OnM_1 20
2014-11-29 17:07:24第四の登場人物は家屋と家屋の間の、狭い路地から飛び出してきた。勢いのままに突進し、爪を弾く。蹴りだ。硬い金属同士がカチ合い、火花を散らす。間一髪で救われたべとべとさんはゴミ捨て場のネットの中に潜り込むと、保護色で姿を消した。#OnM_1 21
2014-11-29 17:07:42メカ阿修羅は四メートル近い巨体を機敏に操り、乱入者から距離をとった。乱入者もまた、アイボリーのパワードスーツに身を包んでいた。乗り物同然の阿修羅とは対照的な、人体に沿うスリムなシルエット。目を覆うバイザーが真紅に輝いている。#OnM_1 22
2014-11-29 17:08:09『……何者だテメェ』メカ阿修羅がドスの利いた声で唸る。鉄の爪がぐるりと回転すると、腕の中から禍々しい機関砲が出現した――それが六門。対する乱入者は、少女の声で応じる。『私ですか。私は――』#OnM_1 23
2014-11-29 17:08:29