オバケのミカタ第一話『オバケのミカタと人面瘡』Aパート(1/3)
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排熱ファンが咆哮する。メカ阿修羅が、機関砲を乱射しながら突進した。象牙色の乱入者は地を這うような低姿勢で弾幕をかいくぐり、赤い軌線を引きながら跳躍。阿修羅の頭部に斧のような肘打ちを見舞う。二機の装甲の間でまたしても火花が散り、夜の闇を一時、照らした。#OnM_1 25
2014-11-29 17:09:16AM06:15。上繁神奈(かみしげ・かんな)は便器の前に立ち、カッターナイフの刃を百円ライターの火で炙っていた。映画の見よう見真似でこんなことをしているが、果たしてどれほど消毒効果があるかは疑問だ。そもそも消毒の必要があるのかさえも。#OnM_1 26
2014-11-29 17:11:52母が起きる前に、済ませねばならない。神奈は手の震えを必死でこらえながら、刃をおのれの胸に向けた。正確には、胸の上の「それ」に。咥えたタオルを強く噛み、刃を立てる。肉を抉って切り落す。悲鳴はタオルが吸ってくれた。#OnM_1 27
2014-11-29 17:12:08肉の塊が、便器にぼたり、と落ちた。傷の割に血は少ないが、それでも便器の水が赤く色づく。そこに浮かぶ肉塊は、まだ僅かにピクピクと動いていた。日に日に大きくなるばかりか、今ではこうして勝手に動きだすまでになっている。切り落しても、じきにまた生えてくる。#OnM_1 28
2014-11-29 17:12:51それは世にも奇妙な“できもの”だった。目があり、鼻があり、口がある。つまりは、人の顔そっくりな形をしている。神奈がレバーを殴りつけて水を流すと、それは渦に飲まれる直前、神奈のことをじろりと睨んだ――気がした。神奈はトイレの床に尻餅をついた。#OnM_1 29
2014-11-29 17:13:02AM07:05。神奈川県彩瓦(さいがわら)市を南北に貫く国道66号線を、曲(まがり)マコトの運転するサイドカーが軽快に飛ばしていた。通勤時間帯なので車は多いが、渋滞が起きるほどではない。制限速度ぎりぎりまで上げると、澄んだ空気がびしびし顔に当たって気持ちがいい。#OnM_1 30
2014-11-29 17:13:58マコトは十八歳。一級遅れの高校二年生だ。ちゃんと運転免許も持っている。ヘルメットからハミ出た髪はふわふわのセミロングで、野暮ったい真ん丸の眼鏡を着用。制服のスカートからは、タイツに包まれた脚がすらりと伸びていた。鼻歌で『ゲゲゲの鬼太郎』を奏でている。#OnM_1 31
2014-11-29 17:14:11側車の座席には同居人の哀(あい)が、タンデムシートには同じく同居人の充(みつる)が乗っていた。タブレット端末をフリックしながら、哀が言う。「昨日のこと、ガス爆発ってことになってるわね」「最近多いですねガス爆発」「まあ街中で爆発するって言ったらねえ」#OnM_1 32
2014-11-29 17:14:23「ガス会社さんへの風評被害が心配ですねえ」さほど心配もしていなさそうなのんびりとした口調で、マコトが言った。「結局相手、逃がしちゃったんだよね?」ニット帽を目深に被った充が口をはさむ。「まあね。引き際だけはやたらいい相手だったわよ」と哀。#OnM_1 33
2014-11-29 17:14:37哀は中学校の黒いセーラー服姿。小学校に通っている充とほとんど変わらない矮躯だが、表情は大人びている。髪は漆黒の姫カット。右眼を覆う眼帯が目を惹く。首には、赤いボディのデジタル一眼をぶら提げていた。彼女は写真部なのだ。#OnM_1 34
2014-11-29 17:14:56「あふ」マコトが大きなあくびをした。哀が目を剥く。「ちょっと。居眠り運転しないでよ」「大丈夫です。ちゃんと学校で寝てますから」「ちょっと」「てへ」マコトは軽く舌を出すと、カーブを曲がるため、サイドカーを減速させた。#OnM_1 35
2014-11-29 17:15:27彩瓦市は神奈川県の南西に位置している。お世辞にも都会とは言えないが、さりとて田舎でもない。ごく平凡な街だ。そこにある彩瓦第一高校もまた、平々凡々な共学校だった。特色といえば、学生のバイク通学が許可されていることくらいだろうか。#OnM_1 36
2014-11-29 17:17:08「で、あるからして、この線分aに対する線分bの……ってオイ」数学教師の芳賀がふいに板書の手を止め、教室の一点を見遣った。神奈もつられてその視線を追う。左隣の曲マコトが机に轟沈し、ぷうぷう寝息を立てていた。ふわふわのセミロングが机の縁から垂れている。#OnM_1 37
2014-11-29 17:17:46「おい曲、起きろ。まがりー!」教室のあちこちから失笑が起きる。新学年開始からまだ一ヶ月なのに、この光景がおなじみのものになりつつあったからだ。クラス担任でもある芳賀には頭の痛い話だった。何せマコトは、一年次の数学のテスト全回赤点という偉業を成し遂げている。#OnM_1 38
2014-11-29 17:18:09全力で学習意欲を投げ捨てている数学ほどではないが、他の教科も似たり寄ったりだった。英語と古文と日本史がちょっとだけマシで、体育だけ異常に良い。外見と普段の振る舞いは地味で大人しいのに、悪い意味でギャップが激しいのだ。#OnM_1 39
2014-11-29 17:19:45別に嫌味などではなく、神奈はマコトがなぜ学校に来ているのか不思議だった。学校は勉強するところ、とよく言われるが、神奈はそうも思わない。友達づきあいや部活だって、学校に来る立派な理由だ。学校とは若者にコミュニティを提供する場なのだと、神奈は思う。#OnM_1 40
2014-11-29 17:19:55しかしマコトには誰と友達づきあいしているわけでもないようだし、部活に入っている様子もなかった。休み時間はずっと寝ているし、放課後になるとすぐ帰ってしまう。他者と関わろうという意志が感じられない――まるで借りてきた猫みたいに余所余所しいのだ。#OnM_1 41
2014-11-29 17:20:30彼女からは――そう、片手間で学生やってます、とでも言いたげな雰囲気を感じる。壊滅的な成績表を前にしてもニコニコ笑っているのは、そこに何の重要性も見いだしていないからに他ならない。彼女にとって本当に大事なものは、多分、学校の外にあるのだ。#OnM_1 42
2014-11-29 17:20:50それならそれでいいと思う。だったら学校に来るな、なんて言うつもりもない。体面や学歴のためだけに通学する――それもまぁ、アリだろう。ただマコトの場合、その体面ですら取り繕おうとしているようには見えないし、学歴に至っては何をか言わんやである。#OnM_1 43
2014-11-29 17:21:04「本当、何しに来てんだろ」神奈は誰にともなく呟いた。「ナッシニキテダロ」胸元でしわがれた囁き声がした。神奈は、反射的に椅子を蹴倒して立ち上がっていた。#OnM_1 44
2014-11-29 17:21:28教室じゅうの目が、一斉にこちらを向く。「上繁?」数学教師の怪訝そうな視線。「すッ……すいません。気分が悪いので、保健室に」嘘だと見抜ける者は殆どいなかった。実際、神奈の顔は真っ青だったからだ。#OnM_1 45
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