沈黙した猿#3

寂れた村に現れた奇妙な見世物の集団。彼らと出会って、廃業寸前の音楽家ギルダーは大きく運命を変えます #1はこちら http://togetter.com/li/760078 #2はこちら http://togetter.com/li/766924 #4はこちら http://togetter.com/li/772741 続きを読む
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ギルダーは以前この診療所に来たことがあった。しかし、余りにも変わり果てたイザベリの姿を見て、ギルダーは逃げるように診療所を後にしてしまった。それから、一度も来ていない。来れなかったのだ。イザベリは自分を恨んでいるだろうか。ギルダーは病室の扉の前で立ちすくんだ。 80

2015-01-13 20:30:22
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自分を許すか、許さないか。それを決めるのは、自分ではない。そう言い訳をしながら、ギルダーは病室の扉を開けた。そこには、去年と何も変わらないイザベリがいた。病的に痩せた身体。こけた頬。色褪せた赤毛の髪。じっと窓の外を見たまま動かない。イザベリは、ベッドの上にいた。 81

2015-01-13 20:34:31
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「イザベリ、久しぶりだね。僕だよ」 ギルダーは小さく囁いた。やっとのことで、声を出すことが出来た。イザベリはゆっくりとギルダーを見た。その目は、まるで濁った水溜りのように輝きがなかった。イザベリは返事をしなかった。彼女は声を失ったのだ。老婆のような声に耐えられずに。 82

2015-01-13 20:37:07
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イザベリは医者の目が離れた隙に、刃物で喉をつらぬいてしまったのだ。一命は取り留めたが、もはや声を出すことが出来なくなっていた。ギルダーはゆっくりとベッドのそばに歩み寄り、小さな丸椅子に腰掛けた。イザベリは目に涙を浮かべて、ギルダーに手を差し伸べた。 83

2015-01-13 20:39:20
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「イザベリ、いままでごめん。見舞いに来れなくて……君に合うのが怖かったんだ。こんな臆病な僕を、許してくれ」 ギルダーはイザベリに頭を下げて謝罪した。イザベリは目に涙を浮かべて、少し怒ったような顔をした。差し伸べた手で、ギルダーの頬をつねる。そして、涙をぬぐった。 84

2015-01-13 20:43:19
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ギルダーは、それで許された気がした。イザベリの手を取って、涙を流して何度も謝罪した。こんなにも優しい彼女に、何か恩返しがしたかった。「イザベリ、また来るよ。いや、何度でも来るよ。待っていてほしい」 そう言って、ギルダーは最近あったことをイザベリに楽しく聞かせてやった。 85

2015-01-13 20:45:20
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もちろん、ただ広場のベンチに座って呆然としていたギルダーに語れる楽しいことなど少ない。話題は、広場で行われている見世物が中心だった。「ひょっとしたら、イザベリも公演を聴けば音楽を取り戻せるかもしれない。あれを見てから、僕の中で何かが変わったんだ」 86

2015-01-13 20:47:35
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「声がなくても、楽器を爪弾けば音楽は出来るんだ。いや、声ももしかしたら……いや、これはまだ秘密にしておくよ。とにかく、また来るよ。楽しみにしていて」 そう言ってギルダーは病室を後にした。イザベリは、それを笑顔で見送った。ギルダーの心は、晴れやかだった。 87

2015-01-13 20:51:08
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俺はやった、俺はやったぞ。今夜変わる。俺は今夜変わるんだ。イザベリの声を、僕の心臓と交換する。それで全部元通りだ。ギルダーは自分の家に戻り、ベッドに身を投げて今日の成果を確かめていた。今夜、見世物のテントを訪れて、魔法使いと契約しよう。ギルダーは、そう決心した。 88

2015-01-13 20:53:53