沈黙した猿#3

寂れた村に現れた奇妙な見世物の集団。彼らと出会って、廃業寸前の音楽家ギルダーは大きく運命を変えます #1はこちら http://togetter.com/li/760078 #2はこちら http://togetter.com/li/766924 #4はこちら http://togetter.com/li/772741 この話は#4まで続きます
減衰世界
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  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 20:47:46
    (前回までのあらすじ:廃業寸前の音楽家、ギルダーの住む村に見世物の集団が現れた。踊りと共に人生でいちばん重要だった音楽が聞こえるという公演が始まる。だが、ギルダーは何の音楽も聞くことはできなかった。その晩、踊り子がギルダーの家に侵入する。彼女は魔法使いだという)
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 20:52:59
    「心臓……心臓だって? そんなものを手に入れてどうしようって言うんだ」 この踊り子の魔法使いはギルダーの心臓を求めているという。踊り子の表情は猿の面に覆われて見えない。しかし、小さく頭を震わせて、くすくすと笑っているようだ。「魔法の力にするんですよ」 61
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 20:56:57
    「魔法の力の原動力は時として奇妙なものばかりです。ですが、あればあるに越したことは無いです。私の芸……聞こえないはずの笛の音、聞こえてくる人生の音。それらの原動力になるのです」 それを聞いてギルダーは合点がいった。あの不思議な芸は、魔法の一種だったのだ。 62
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 21:04:25
    しかし、だからと言って心臓を気軽に差し出せるわけではない。「なぁ、勘弁してくれないか。君にも芸があるだろうが、僕は心臓が無くなったら死んでしまう」 踊り子は猿の面の奥でホホホと笑った。「死にはしませんよ。取り換えるだけです。歯車の心臓と。死ぬまで、生きていられます」 63
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 21:08:17
    「歯車の心臓……?」 疑問に答えるように、踊り子は背後から不思議な機械を取り出し、見せた。それは手のひら大の機械で、丸く、歯車がカチカチ動いている。こんなものは持っていなかったはずだが、それも魔法だろう。踊り子は猿面の奥でホホホと笑った。「どうです? 生より丈夫ですよ」 64
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 21:12:51
    「しかし……」 「君の望みを叶えてあげましょう」 踊り子は意外なことを言ってきた。望みを叶える? ギルダーの望みなど決まっている。音楽を取り戻し、音楽家として復帰することだ。だが、その予感を得ることができたのだ。昨日の晩、鼻歌を歌って音楽の片鱗を取り戻したのだ。 65
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 21:18:56
    「僕の望みは僕自身で叶えるんだ……頼む、帰ってくれないか?」 ギルダーは勇気を出して、誘いを断った。猿面の奥の踊り子の表情は分からない。ただ、不思議そうに頭を傾けた。「なるほど……それではしょうがないですね」 意外にも踊り子はそのまま家を出ていこうとする。 66
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 21:22:31
    最後に彼女は振り返って言った。「では、また会いましょう」 意味深な言葉を残して踊り子は去っていった。ギルダーは眠れずに、ベッドに横になったまま朝を待った。また――とは、どういうことだろうか。去った理由は分からないでもない。ギルダーは自分自身で音楽を取り戻そうとしていた。 67
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 21:26:44
    そう、もう一つ願いがないわけではない。音楽を失った音楽家はもう一人いた。ギルダーの先輩の、イザベリだ。彼女は奇病によって声を失ったショックで、心を患い村の診療所で暮らしていた。すっかり精神を消耗していて、ギルダーも会いに行くのが辛かった。彼女にはもう笑顔は無い。 68
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-07 21:31:04
    それでも会いに行くことが……ギルダーにとって、自分の音楽を取り戻す鍵となることを予感させていた。それを……踊り子の魔法使いは知っていたのだろうか。じっとベットに横になって考えていると、次第にまぶたが重くなっていく。やがて彼は眠りに落ち……村は朝を迎えたのだった。 69
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 22:40:46
    イザベリはごく普通の村娘だった。特別な美貌があるわけでもない。けれども、音楽的なセンスに恵まれ、そして素晴らしい声を持っていた。しかし、去年。イザベリは公演中、突然奇病を発症した。そのときのことを、ギルダーは克明に覚えている。彼はイザベリの隣でチェロを弾いていた。 70
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 22:48:36
    忘れることのできない光景。イザベリは歌を歌っていたが、突然その美しい声が老婆のようなしわがれた声になってしまったのだ。ショックで叫び声をあげて、倒れるイザベリ。すぐさま街の診療所に連れていかれたが、そこで分かったのは残酷な現実だった。治療不可能な奇病。声は戻らない――。 71
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 22:53:23
    そのときのイザベリの老婆のような声、ショックで上げた叫び声。それらがギルダーの音楽を消し飛ばしてしまった。ギルダーは常にイザベリを目標に生きていた。彼女を尊敬し、彼女の音楽を自分のものにしようと切磋琢磨していたのに。イザベリもまた、そんなギルダーを見て研鑽を続けたのに。 72
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 22:59:44
    輝かしい努力の日々は、終わってしまえば呆気ない。奇病に冒されてからというもの、イザベリは二度と音楽を取り戻すことなく、診療所で療養生活を送っている。イザベリを失ったギルダーもまた、広場のベンチで茫然自失とする毎日だ。彼のしわくちゃのシャツのように毎日だけが色褪せていった。 73
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 23:04:57
    ギルダーは夢を見ていた。夢の中で、ギルダーは年老いてしわくちゃの老人になっていた。若さも、時間も失い、音楽は二度と手の中に戻らなかった。「嫌だ!」 老人のギルダーは叫んだ。ベンチから立ち上がり、走りだした。時が壊れていくのが嫌だった。とてつもない焦燥感があった。 74
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 23:11:38
    「嫌だ! 嫌だ! 行動をしたい……走らなくちゃ、僕はダメになってしまう。走らなくちゃダメなんだ!」 ギルダーは今まで死んだようにベンチに座っていたのを忘れ、一心不乱に走りだした。足がもつれ、転ぶ。しかし、這いずったまま前進する。みっともなく手足をもがき、それでも前進する。 75
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 23:20:34
    本当は、この先に救済があれば御の字だろう。だが、焼けつくような焦燥感に駆られ、毒に犯された獣がのたうつように、老いたギルダーはがむしゃらに進んだ。前進? どこからどこへ行くのが前進だ? 足踏みじゃないか。内なる自分の声。「それでも、それでも、苦しいから、僕は進むんだ!」 76
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 23:27:46
    ギルダーはシーツに大量の汗をしみ込ませて、覚醒した。身体が燃えるように熱い。しかし、その熱は汗で冷やされ、急速に失われていく。日は昇っていた。窓から刺す朝日が眩しい。ギルダーは夢で見た熱気が逃げるのを恐れて、必死に着替え始めた。いまだ。いまこの時だ。 77
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-09 23:34:02
    いまこの時なら、イザベリに会える。シャツのボタンを閉じるのももどかしい。サンダルを履き、ギルダーは家を飛び出した。会うんだ。会わなくちゃいけないんだ。一年が無駄になってしまった。いや、無駄はたった一年で済んだ。ギルダーは必死の形相で、診療所の扉を叩いた。 78
  • 減衰世界 @decay_world 2015-01-13 20:27:05
    診療所の中は奇妙に静かだった。治療器具のカチャカチャとした音。消毒液の匂い。見舞い客が喋る小さな声が聞こえる。ここは診察室のある建物の隣にある大きな建物で、木造三階建ての四角い形をしていた。治療の経過を見る入院患者の他に、もう治る見込みのない患者もいる。 79

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