小説『ぼくと盤上の宇宙人』

囲碁棋士大橋拓文六段によるUstreamネットラジオ『大橋プロのスペースマンでGO!』の企画として番組アカウントで連載された小説『ぼくと盤上の宇宙人』(荘田 茜 作)です。
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大橋プロのスペースマンでGO! @spaceman_GO

「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 37 「ありがとうございました」 ひろふみは頭を下げた。 宇宙本因坊は、体をサト子に支えられたまま頭を下げた。粗い息を吐き出す。 「ありがとう……ございました」

2015-01-05 23:06:29
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「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 38 51手目のツケコシから始まった戦いが最後まで続いていた。 そして、戦いが終わってみると確かに白が潰れている。 針の穴を通すような勝利だ。 ヒヤリとしたものが胸に落ちた。

2015-01-05 23:06:51
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「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 39 同時に、衝撃がぼくの体を駆け巡っているのも感じていた。 ぼくは自分の見ている世界が変容してしまうような感覚に襲われていた。 ひろふみがぼくの隣にへたりこんだ。 拘束を解かれたぼくは、ひろふみの腕を茫然と掴んだ。

2015-01-05 23:07:07
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「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 40 「なんだよあれ」 「うん、囲碁の定石とは外れてるけど、それが良いと思った」 「ポン抜きは? 」 「ああ。そもそも常識と違うことやってるんだから今までの常識はアテにならないでしょ」 「どういうこと? 」

2015-01-05 23:07:30
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「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 41 「格言は常識通りの布石が前提なんだから。新しい布石なら、格言通りにやってたら勝てないと思って」 「新しい囲碁を作る、とでもいうつもりか」 少し息が楽になったのか、宇宙本因坊が口を挟んだ。

2015-01-05 23:07:50
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「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 42 ひろふみが立ち上がり、宇宙本因坊に向かって言った。 「囲碁やっぱ面白いよね? 乗っ取らないと地球から囲碁が消えるってことはないでしょ」

2015-01-05 23:08:11
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「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 43 宇宙本因坊の表情がわずかに緩んだ。 「面白い。定石と格言のその先を……見せてくれるというならば、それも良かろう」

2015-01-05 23:08:26
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「ぼくと盤上の宇宙人」第八章 44 碁次元の宇宙空間に浮かぶ、広大な和室に声がこだました。 「約束通り計画は中止だ」 宇宙本因坊の声が耳に届く。 そして、ようやくぼくは理解した。 ひろふみは囲碁の可能性を表現しようとしていたのだ。 第八章 了

2015-01-05 23:08:53
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 1 ぼくはJR市ヶ谷駅に一人立ち尽くしていた。 気温は三十度を越えている。 日射しは強いが、時おりホームを吹き抜ける風が気持ち良い。 夏休みももう終わりだ。

2015-01-14 20:57:22
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 2 ホームにサラリーマンが上がってきた。手に持った少年ジャンプが目に入る。 そうだ、ぼくもジャンプ買わなくちゃ。 『ヒカルの碁』の続きが気になる。

2015-01-14 20:57:41
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 3 反対側のホームに電車が到着した。 女子高生のグループが降りてくる。 止めどないおしゃべりと笑い声が賑やかだ。 全員が小麦色の肌に短いスカート、足元はルーズソックスを履いている。

2015-01-14 21:00:41
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 4 居心地が悪くて、ぼくは鞄から詰碁の本を取りだし解き始めた。 詰碁に熱中しているふりをする。 目の前のホームに電車が入って来る。 ホームから新しい乗客が乗り込み、電車はまた出て行った。

2015-01-14 21:00:55
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 5 両サイドのホームに到着しては出発する電車をぼくは何度も見送り続けている。 期待が報われないだろうことを頭では理解していた。 だけどぼくは待ち続けずにはいられなかった。

2015-01-14 21:01:08
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 6 このホームにカネガエが現れたように。サト子が現れたように。 ふいにまた、ひょいと現れるような気がして。 ひろふみが地球に戻って来るような気がして。

2015-01-14 21:01:28
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 7 あの日、戦いを終えたひろふみは瀕死の宇宙本因坊とそれに付き添うサト子、カネガエを連れて宇宙へ帰っていった。 気がつくとぼくは千葉方面行きの総武線に揺られていた。 それ以来、一度もひろふみに会えないまま八月が終わろうとしている。

2015-01-14 21:01:45
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 8 「うまく言えないんだけど、囲碁が広まったら世界が平和になると思うんだよね」 ひろふみは言った。 「無理なやり方で囲碁侵略とか、囲碁の本質に背いてる気がする。だから宇宙人である僕はこのまま地球に居ちゃいけないんだ」

2015-01-14 21:02:15
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 9 ぼくと一緒に地球に帰ろう、って言いたかった。 けれど、ひろふみの背中が、地球に戻るつもりはないと告げていた。

2015-01-14 21:02:36
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 10 三時過ぎ。三鷹行きの電車がホームに入ってきた。降りた客の中にひろふみの姿は見当たらない。 ふと体が動き、ぼくはその電車に乗り込んだ。 空いた席に座り窓の外を眺めると、建ち並ぶビルの影が濃かった。

2015-01-14 21:02:51
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 11 目的があった訳ではない。終点の三鷹で降り、目についた高尾行きの電車に乗り換えた。 車窓からは徐々に高い建物が減り、街から郊外へ向かっているのがわかった。 濃い緑が目立ち始める。住宅地の奥には山並が見えてきた。

2015-01-14 21:03:10
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 12 高尾でさらに乗り換え、高尾山口駅に降り立つ。 周囲は登山客で賑わっていた。軽装の学生たちや、大きなリュックを背負った本格的装備の中高年のグループ、ベビーカーを押す家族連れなど様々だ。

2015-01-14 21:03:50
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 13 どうやら高尾山の中腹にはビアガーデンがあるらしく、夕方近いが皆どんどん山へ登ってゆく。

2015-01-14 21:04:10
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 14 真昼に比べると日は少し傾いたが、まだ明るい。 思い付きでやって来たぼくは半袖のシャツにジーパン、靴はいつものスニーカーだ。アスファルトで舗装された道を選んで登り始めた。

2015-01-14 21:04:33
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 15 先行する年配夫婦のあとを付いて行くような形で坂道を登り続けた。木々から蝉の鳴き声が降り注ぐ中、山頂を目指す。 どれぐらい登ったのか、汗が吹き出しこぼれ落ちる。息も荒い。 とにかくひたすら足を動かした。

2015-01-16 02:24:49
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 16 途中、きちんと装備した登山客はもとより、健脚のおじさんやおばさんたちにも追い抜かれた。ヒールがついたサンダルのお姉さんにも追い抜かれた。 子供はぼくの横を走り抜けて行った。

2015-01-16 02:25:10
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「ぼくと盤上の宇宙人」第九章 17 「高尾山、なめてた……」 額の汗をぬぐい、ひとりごちる。 再び歩き出す。 追い越し追い越され、時に休みながらも一歩ずつ進み続けた。 遠いと思われた山頂が近づいてきたのがわかる。息を思いきり吸い込むと、樹木と土の交ざった匂いがした。

2015-01-16 02:25:28
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