- OBAKEnoMIKATA
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芥と分かれた神奈たちは、ティーポットが残した痕跡を追いながら、元来た道を引き返しはじめた。微かな痕跡を見逃すまいと地面を注視していると、どうしても皆、無言になる。上半身を引きずったものと思しき白い線は住宅地へ伸び、民家の生垣に消えていた。 #OnM_4 136
2015-01-24 22:01:09表札には『渡辺』とあった。数度、呼鈴を鳴らしてみたが応答がない。「……留守みたい」浴室の窓から侵入していた瀬戸大将も、憔悴した様子で戻ってくる。「おられなんだ。だが、居間にこれが」彼が頭の中から取り出したのは、白いボーンチャイナの破片であった。 #OnM_4 137
2015-01-24 22:01:26「一度、屋内に入ったのは間違いない……だったら、そこからどこへ消えたのかしら?」「ここん家の人に見つかって、それでまた捨てられちゃった……とか?」「うう~ん。憶測じゃなんとも……参ったわ。手詰まりね」瀬戸大将ががくりと脱力し、膝をついた。「おお……姫ェ」 #OnM_4 138
2015-01-24 22:01:52それを見かねてか、哀は瀬戸大将を抱え上げると、子供のように揺すりあげた。「大丈夫大丈夫、きっと無事よ。真っ二つになってるのにここまで歩いてきたくらいなんだから。とりあえず、誰か帰ってくるまでここで待ってみましょ」哀は、生垣の縁に腰掛けた。神奈も隣に座った。 #OnM_4 139
2015-01-24 22:02:07「ねえ」神奈は瀬戸大将に問うた。「そのポットの子が見つかったら、どうするつもりなの?」「無論、喫茶店に戻る」「え、戻るんだ?」「我々は食器だ。持ち主の食器棚に居るのが当然だろう」「その割には後先考えず暴れてたよねあんた……。お店の人、嫌がりそう」 #OnM_4 140
2015-01-24 22:02:28電線の上を跳ね回るスズメを片目で追いながら、哀が言った。「もし――あなたのお姫様が、店に戻りたくない、って言ったら――どうする?」ティーカップ頭は憮然とした。「そんなことはあり得ん」「そうかしら。確かにあなたたちはお揃いの食器だったかもしれない。でも」 #OnM_4 141
2015-01-24 22:02:48「今はお互い、独立した意志を持つ個人でしょう。片割れを気に掛けるのは自然なことだけど、縛られる必要まではないはずよ。せっかくお化けになったんだもの。誰と生きるか、どこで暮らすか――成り行きに任せてみてもいいんじゃないかしら」瀬戸大将が黙った。 #OnM_4 142
2015-01-24 22:03:06「親兄弟は選べないけど、友達は好きに選べるんだから、ね――」と、哀はそこで言葉を切って、神奈の顔を見つめた。「……何?」「だからって上繁さんは、そんなに気負ってくれなくていいのよ」「え」突然話を振られて、神奈はうろたえた。哀は目を細めながら笑っている。 #OnM_4 143
2015-01-24 22:03:23その、磨き上げた黒曜石のように深い瞳で見つめられると、何もかも見透かされているように思えてならなかった。気負っている――その通りだ。わざわざ自分からお化けの問題に首を突っこんで、何ができるわけでもないのにこうして歩き回っている。 #OnM_4 144
2015-01-24 22:03:40「人生に友達は必要だけど、友情のために生き方をひん曲げてちゃ本末転倒だわ。相手に合わせようとか変わろうとか、無理にする必要ないと思うの。相手だって、今のあなたが好きで友達になりたいと思うんだから」「……曲さんも、そう思ってる?」「きっとね」 #OnM_4 145
2015-01-24 22:04:03「そっか――」なんだか少し、肩の荷が下りた気がした。(帰ろう)ここにいても、自分にできることはない。でも家に帰れば幾らでもやることがある。たとえば、今度マコトを遊びに誘うならどこがいいか、考える――とか。そう思って、腰を浮かせた矢先だった。 #OnM_4 146
2015-01-24 22:04:20「あれえ、哀ぽん。何してんのそんな所で」頭上から声が降ってきた。見上げると、カラスが一羽、電線に留まっていた。首に可愛い巾着袋をかけている。さすがにもうカラスが喋るくらいじゃ驚かないぞと思っていたら、その姿が一瞬で女の子に変わった。結局、神奈はまた驚いた。 #OnM_4 147
2015-01-24 22:04:39「あらほっしー。今日は道場じゃなかったの?」「マコ姉が師匠をKOしちゃったからお開き」ほっしーなる少女は、異様に底の高いミュールで電線の上を歩きながら言った。「哀ぽんこそ、渡辺さんちになんか用なの?」「え。あなた、ここのお宅の人と知り合いなの?」 #OnM_4 148
2015-01-24 22:05:09「知り合いってほどじゃないけど、この格好で会ったときは挨拶くらいするよ。ここんちのダンナさん、師匠の元門下生でさ。それで何度か道場に来たこともあったんだよ、奥さんと娘も。もうだいぶ前に離婚したけど」「へえ……縁は異なものねえ」 #OnM_4 149
2015-01-24 22:05:54「そうそう、娘の友愛ちゃんだったらさっき見たよアタシ」「え! どこで!?」「道場の近くのホームセンター。こっち来る途中に空からチラっと見ただけだけど、こんくらいのボール紙の箱、大事そうに抱えてさ」「それだあ!!」思わず叫んだのは神奈だった。 #OnM_4 150
2015-01-24 22:06:10「さっきぶつかりそうになった自転車の女の子! 箱の中にタオル敷いてクッションにしてた……。あの中にいたんだよ、ティーポットが! ホームセンターで修繕の道具を買うつもりなんだ!」哀が目を見開いた。「……なるほど。そうかもしれない――ううん、きっとそうだわ」 #OnM_4 151
2015-01-24 22:06:29「すぐ行きましょう。ほっしー、案内してくれる?」「ん。なんかよく分かんないけど、いいよ。ついて来て」そう言うと彼女はひらりと電線から飛び降り、神奈たちの前にふわっと着地した。瀬戸大将が興奮してティースプーンを振り回す。「うおお、姫! 今参りますぞ~!!」 #OnM_4 152
2015-01-24 22:06:44神奈は立ち上がり、しかし次の一歩を踏み出すのをためらった。哀がその手を軽く引いた。「ほら、上繁さんも。ここまで来たんだから結末まで見ていきなさいな」「……いいの?」「いいのよ、やりたいようにすれば」哀が微笑む。神奈は頷いた。 #OnM_4 153
2015-01-24 22:07:41友愛とティーポットはホームセンターの駐車場で途方に暮れていた。自動販売機横のベンチで、空になった炭酸の缶をもてあそぶ。「……九千円もするなんて、聞いてなかったんですケド」「ワタクシだって、あなたがそれっぽっちも払えないなんて思いもしませんでしたわ」 #OnM_4 154
2015-01-24 22:08:51「あのねえ! あたし小学三年生よ? 月々のお小遣い幾らだと思ってんの七百円よ!? 九千円なんて、エート……」「十三ヶ月」「……一年と一ヶ月も何も買わずに我慢しなきゃいけないじゃない!」「お年玉とか、残ってませんの?」「そんなの一月中に全部なくなった」 #OnM_4 155
2015-01-24 22:09:12「貯金しておけばいいものを……何買ったんですの」「服とか、靴とか、バッグとか……」「あら羨ましい」「……羨ましいもんか」友愛は自分でも思いがけず、いきなり涙声になってしまった。ティーポットがびっくりしたように目を見開いた。「買いたくて買ったんじゃないもん」 #OnM_4 156
2015-01-24 22:10:05「だけど言われるんだもん。『友愛ちゃんいつも同じ服着てるね、なんで買ってもらえないの』って。仕方ないんだよ、あたし愛されてないから、その分お金かけないと仲間外れにされちゃうの!」鼻の奥がつんとした。目に涙の粒が盛り上がり、決壊して溢れだした。 #OnM_4 157
2015-01-24 22:10:27「あんたも同じだ。どうせあたしを捨てて、九千円出してくれる人の所に行っちゃうんでしょ。みんなそうなんだ! 何もかも勝手に決められちゃう。それともあたしのせいなの? あたしがもっと可愛いかったらお父さんは出ていかなかった? お母さんは誕生日に帰ってきたの!?」 #OnM_4 158
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