「くろいの」 どう呼ぶか迷い、言われた通りの言葉で呼んでみた。野菜のかけらも残さず底までさらわれた鍋はもう洗われた後だったので、傘は遊灯華の手に戻ってきている。
2015-04-13 07:53:12「ゆーとーか。鬼火、ゆらゆらと。」 鍋の下にあってもその輝きは美しかった。 隣にある彼女を思う。 石畳を下り、同じ景色が続く住宅街を意味もなくさ迷いながら網膜に焼き付く火の影を反芻する。 暫し、無言で歩き続け。 か細い呼び掛けに反応した 「……ご飯美味しかった、ありがと。」
2015-04-13 19:29:03反射的に、答えてから。 言葉を音にしてから 漸く、遊灯華が隣にいることを思い出したかのように 彼女の眼が遊灯華をうつす 「あにーさん、誰が一番似てた?」 思考と問い掛けは 連続している、が。それが表に出にくい彼女の言動は端から見るなら飛躍的だ それを補うことなく、彼女は問う
2015-04-13 19:32:14それから、問いかけの返答を考えだした。 「誰も」 端的な言葉をこぼして、補う言葉を続ける。 「あにさんは、背が高かった。舌の長いのよりも。わし、片手で振り回された……くらい、力持ち。本を、借りてきて、写して、読ませてくれた。……あにさんの言葉は、ひのとうかに似てる」
2015-04-13 19:59:01「食べ物を、おいしそうに食べるところ。肝がすわってるところ。誰にも似ていて、誰とも、似ない」 少女にしては饒舌に言葉を紡ぎ、遊灯華は、黒髪の少女を見やる。 「どこ行き?」
2015-04-13 20:01:08「ひのとうか。火の灯火。陽の藤花。灯の灯華。火を焼べるように。」 変換、しているうちに興がのったのか。 言葉で遊ぶ。 「燃え躍り、舞い上がり、身になり、実(じつ)になり。」 燃え尽きる。 聴いてみたかったと。 あにーさんの、影を見る遊灯華を羨ましく思う。
2015-04-13 20:17:36「何処にも。」 先程までの楽しげな雰囲気をバッサリと置き捨てて。 彼女は問いに答える。 「此処は、閉じて、止まった。 断絶された時と空間は。 何処でもあり、何処にもない。」 だから、私は呼ばれなければ此処にもいれない。 「似てるから、見ておきたかっただけ。」 この場所を
2015-04-13 20:17:52「似てる?」 色の変わったまなざしに、遊灯華は、首を傾げる。 「わしは、あしさんの庵にどこか似てると、思った。あばら屋で、雨漏りもして、庭の花もあまり咲かなかったが……どこを、知ってる?」 問いかけを帰しながら、どこにつながるともしれない路地をただ歩く。
2015-04-13 21:01:58「何処も。」 景色ではなく、物でもなく。 ただ、雰囲気を楽しむように。 ただ、雰囲気を憐れむように。 「懐古は、捜すもの。競べ並べ類似を曝す。」 寂れることにすら置いていかれ、朽ちるを待つ空間。 「私の中に此処はない。 けれど、私の一部が此処を知っている」
2015-04-13 21:31:21「私は界を知っている。 私は境を知っている。 それらが無いが何かを知っている。」 「私の欠片は完全な沈黙を知っている」 だから、それと此処を重ねているのだと。 言外に伝えながら、幼く見える 遊灯華を見下ろし。 「ゆーとーかは、何処かへ行きたい?」
2015-04-13 21:32:02言われたことの半分もわからなかった。ただ、懐かしむような、気配がした。 「どこかへ…?」 尋ねられた言葉を、はじめて聴いたような顔で口にして、遊灯華は、空を仰ぐ。
2015-04-14 08:07:36「どこへでも、いける。火はどこだって、あった。どこだって、燃やせた」 はじまりは、山だった。燃やして燃やして、それが愉快というわけでもなく、それが鬼火の性ゆえに、ただ燃やした。理由もなく起きた火から、ネズミですら逃げたというのに、あの坊主はやってきた。…ひどく、疲れた顔で。
2015-04-14 08:10:55「…坊主が名前をくれた。わしは、鬼火をなくし、縛られた」何をあの坊主が思ったのか、遊灯華は、知らない。 「酔狂な坊主だ。わしをそばに起き、人はいらぬと言うて……死んだ時はよっぽど燃してやろうかと思ったが……人は土に還る方がいい」
2015-04-14 08:22:36「…坊主は、いない」 自らに言い聞かせるかのようにつぶやき、遊灯華は、考えるがまま言葉を紡ぐ。 「行きたい、はないが…人はおもしろい」 すっと、目線を人間の少女に向けた。 「くろいのは、どこに行きたい?」
2015-04-14 08:34:12「はて?」 不思議そうに首をかしげて。 それから、眉を寄せて睨むように遊灯華を見詰める。 それは、視力の悪い人間が遠くを見ようとする表情によくにて。 「……あぁ。」 一つ、納得をこぼす。
2015-04-14 18:13:15「依りを求めるは 本能か、本性か 願か、執念か …………大差はないか。」 納得を呟きにし自己の完結へ記録する。 遊灯華に問われた言葉に、少しだけ考え。 「とくに、ない。」
2015-04-14 18:13:43「どこにいても、私のすることはかわらない。 何処にいても同じで 此処にいなくても同じ」 あぁ、でも。 と、少しだけ思い直したように。 言葉を付け足す。 「どうせなら、モデルが見付かればいいとは思う。」
2015-04-14 18:13:48なじみのない言葉に当惑した、その刹那。吹きこんだ強い風に、遊灯華はさらわれた。 ………気づけばまた、花の咲き乱れる庭。意図もなく摘んだ撫子が燃え上がり、腹がすいていたことにそれで気づいた。 後は、前の二回と同じ。腹が満ちれば、傘を引きすって飛び石伝いに門の方へと向かうばかり。
2015-04-14 22:19:55