質問「データと言っていたが、記述方法は? h「プログラミング。 質「映像再生してるのか光らせるプログラミングか h「一つの映像を遅れと指示してない。プログラミング上で1秒間60回で死期面が出るようにカオス理論で支持している。
2015-05-24 20:14:17h「モニタに何か映った瞬間何か演じている。周期性あれば始まりと終わりが出てしまう。その瞬間に何か生成されてることが重要で、色面をだす。 g「生データ。 質「計算されて続けている、周期を持たない、 h「電源を切った時にタイムスタンプ押され、そこから再び計算し直される
2015-05-24 20:15:29質「展示状態で、配線が見えてしまう。それはどうか。 h「ディスプレイ構造としてソース送信コード・電源が必要。であれば僕の美意識的に見えてもよい。
2015-05-24 20:17:13h「モールで電源部分見せているのは、ディスプレイは電源供給され初めて見えてることを示したかった。それがメディアが用いる現代性でキャンバスに対地できる
2015-05-24 20:18:24質「ディスプレイの1つnブラックライトがついてるのは? h「電気を必要とし、それは照明といえる。エネルギーを発しブラックライトとして光る。それをフレーム的に内包することで自律することが可能では、と。
2015-05-24 20:19:19h「ブラックライトを室内に取り付けないと見れないのであれば作品に組み込むのが一つの手だと。光源がむき出しな状態で何か見いだせる。ディスプレイもむき出しの光源でもある。
2015-05-24 20:20:15質「絵の具でないといけない理由は? h「グラフィティに原点ありそこが能力だった。身体から放てるのがペインティングだった。ディスプレイ自身が絵画的だと。フレームが有り中に表面があるのでそこで美術作品とみなせる
2015-05-24 20:22:03質「さらに続けて、ディスプレイ自体の物質性が重要だと思うが、直接書かないといけないのは? h「ディスプレイというメディウムへの態度で重要。ペインティングは何かの対象にふれ定着される。その何にふれているかが重要
2015-05-24 20:22:52質「さらにつづけてどこに描いてるのか、と h「表面のアクリル板。 質「となればブラックライトの反射した光に描いてるようにみえる。支持体に地を描いていないのでレイヤーがある。
2015-05-24 20:25:19h「液晶モニタディスプレイの光透過の構造。その工業的構造であるがそのサーフェイスがどれかという問題になる。光源に描くということはどこに描くか。僕にとってサーフェイスはアクリル板。 光源の始原への到達よりサーフェイスに描くこと、光より光に与えている器具に描くことが重要
2015-05-24 20:27:25質「ペインティングが白髪一雄にみえる。だれでも描けそうでアナログ的 h「自意識的見得だし、行いとしての痕跡。ニューテクノロジーの知見があっても結局身体性から逃れられない
2015-05-24 20:29:18質「画面の上のペインティングとアートギャラリーでの展示で残っていく作品にみえる。今後の展開として美術文脈でどうおきたいか?
2015-05-24 20:31:26h「ナム・ジュン・パイクのブラウン管問題を見て作品が消える心配もある。ロストテクノロジーとして時代から消える。しかし美術史にねじ込むことで保存の動きがでる。
2015-05-24 20:33:00h「電源が通ってないときに何も演じられてない、それがモニタの真の能動性があるのか、といえば違う。電気が通り液晶に何かを写そうとする時に、モニタに神聖な光が現れる。
2015-05-24 20:37:00質「明滅するモニタを支持体にするフィジカル性を作品にしていないのは? h「ライブペインティングのインプロビゼーションを廃するのは、それが身体性を出すショーケースだから。ホワイトキューブの作品を出す時そこには身体は無い。作品だけ鑑賞者は見る。
2015-05-24 20:39:26h「ライブペインティングはグラフィティ寄り。ライブペインティング活発だったのはゼロ年代でそれはクラブで行われていた。だからクラブで行われるのが正しい。そのグラフィティを美術文脈に引きつけ描き、また身体に残存するグラフィティ性からこの作品となる。
2015-05-24 20:41:07HouxoQue x gnckトーク、聞き取れないまま推測で書いてる可能性ある部分あるので、こんな感じのトークだった程度で読んでもらえると良いかも・・・
2015-05-25 01:09:34