青葉島鎮守府 第十三話

前の話(http://togetter.com/li/833938) 12話からの続きです 青葉と衣笠と古鷹、そして加古の話
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跡地 @kkkkkkmnb

「さぁ、谷風。ご苦労様でした。貴方は自由です。どこでもお好きな所に行ってください」  べとべとの髪を手でざっとかきあげると、青葉はにこやかな笑みを谷風に向けたが、その笑顔は有無を言わせない凄みがあった。まさかついてくるなんていわないだろうな? 谷風にはそう読み取れた。

2015-07-21 22:49:40
跡地 @kkkkkkmnb

谷風は、一礼するとそのまま自分の部屋のある三階にへと去っていった。彼女がさっきまで立っていた場所は、彼女の汗を吸い込んで濡れていた。青葉はさすがに冷たすぎたかなと、少し後ろめたい気持ちになったがそのまま自分の部屋に着替えに戻った。

2015-07-21 22:59:26
跡地 @kkkkkkmnb

谷風は青葉に追いたれられて急いでその場を去ったが、その足取りは徐々にベタベタのセーラー服よりも重くなっていった。ヘトヘトになったが、なんと奇妙な半日だったのだろうか。谷風はそう思った。

2015-07-21 23:17:36
跡地 @kkkkkkmnb

彼女は一番奥の自分の部屋への最後の角を曲がる前から、自分の部屋の前が妙に騒がしいことに気が付いていた。彼女が怪訝そうに角から顔を出すと、そこには衣笠と陽炎がいた。二人でわざわざ端っこにある谷風の部屋前で立ち話をしていたのだ。谷風の眉間のしわがもう少し深くなった。

2015-07-21 23:23:46
跡地 @kkkkkkmnb

谷風を見つけると、衣笠は笑いかけた。すると陽炎は谷風に意味ありげな目配せをすると、そのまま自分の部屋の方へと行ってしまった。今日はよく青葉型に絡まれるヘンテコな日だ。谷風はそう思った。 「青葉、どうだった?」  衣笠が面白がるように口を開いた。

2015-07-21 23:33:34
跡地 @kkkkkkmnb

谷風は少しだけ思案したが、そんなに時間はかからなかった。開けた窓から聞こえる遠い波の音よりもほんの少しだけ大きな声で 「おっかない人だって思っていましたが、そうじゃなないのかな……?」  それを聞いた衣笠は、もっと面白い物を見せてあげると手招きをした。

2015-07-21 23:39:06
跡地 @kkkkkkmnb

青葉が最後に向かったのは、古鷹の部屋だった。部屋の割り振りは、概ね三階の端からこの鎮守府にやってきた順で決められており、角に固まっている青葉や加古、衣笠と比べて古鷹の部屋は少し遠くにあった。

2015-07-22 00:01:55
跡地 @kkkkkkmnb

青葉がドアの前で髪の毛を少しいじってから、そっとノックをすると、聞きなれた古鷹の声が帰ってきた。

2015-07-22 00:11:02
跡地 @kkkkkkmnb

青葉がドアを開けると、青葉の横をさっと風が吹き抜けた。そして一緒にコーヒーの苦い香りが青葉の鼻をくすぐった。古鷹がこちらをみて「青葉、いらっしゃい」と笑いかけた。青葉は気まずそうに笑い返す。ここの所顔を出していないのを負い目に感じているのだろうか?

2015-07-22 00:21:50
跡地 @kkkkkkmnb

衣笠の部屋と比べると随分と質素な部屋だった。古鷹は嬉しそうに、部屋の隅に積んである座布団を並べて、青葉にどうぞどうぞと勧めている。これといった家具と言えば、支給品の箪笥とベッドが置かれているだけで、自分で持ち込んだものなんてコーヒーサイフォンくらいなのではないのだろうか?

2015-07-22 00:32:17
跡地 @kkkkkkmnb

窓際には、まだ所々スス汚れの黒いのが落ち切っていない古鷹の制服が干されてあった。 「コーヒーでいいよね?」  古鷹がコーヒーのビンの蓋をあけながら、青葉に尋ねた。青葉は軽くうなずいて返事をしたが、古鷹は青葉が濃いブラックを好むのもみんな知っていた。

2015-07-22 00:55:50
跡地 @kkkkkkmnb

「……昨日の話を聞きに来ました。古鷹に機関主を交代した後、水上機関車はすさまじい出力を記録しています。古鷹の体に負担がかかっていないかも確かめて来いって提督に言われています」  青葉は座布団に座ったまま、ぽつぽつと話し始めた。

2015-07-22 01:19:51
跡地 @kkkkkkmnb

「古鷹、体はどうですか?」 「うん?明石さんの所にも行ったけどもなんともなかったよ? お昼までぐっすり寝たから全然疲れも残ってないしね。青葉こそ大丈夫? 取材、大変なんでしょう?」  青葉の顔が曇った。

2015-07-22 01:23:55
跡地 @kkkkkkmnb

自分の心配もよそに、他人の心配をしている。古鷹は青葉や衣笠程に強い訳ではない、なのに敵の艦載機が飛び交う中での機関室の制御を長時間にわたって行った。敵の爆弾を避けるために何度も危険な操舵をしたはずだ。疲れていないはずがない。なのにそれでも他人の心配をする古鷹が気に入らなかった。

2015-07-22 01:35:20
跡地 @kkkkkkmnb

「青葉の心配なんてどうでもいいです」  自分でも分かるほどに声が尖っていた。古鷹はサイフォンを動かす手を止めずに、小さな声で謝った。 「古鷹は自分の心配をしていればいいんです」  そうだね、と古鷹は静かな声で返した。

2015-07-22 01:43:57
跡地 @kkkkkkmnb

「体は大丈夫だよ。確かに大変だったし疲れたけども、被弾はしていないからね。問題はないから大丈夫だよ」  そう言って、古鷹は青葉の方を振り向いた。すると、怪訝そうな顔で古鷹の方をみていた青葉と目があった。クスリと笑う古鷹にますます青葉は気に入らなさそうな顔をした。

2015-07-22 01:52:03
跡地 @kkkkkkmnb

そっと、古鷹はマグカップを青葉に差し出した。最近は、すっかり使われなくなった来客用のやつだ。青葉はこぼさないように慎重に受け取った。この後の報告書を仕上げる作業に入る前の貴重な眠気覚ましでもあるからだ。何も入っていない真っ黒いコーヒーの苦い匂いがまず、青葉の鼻の中に広がった。

2015-07-22 02:01:29
跡地 @kkkkkkmnb

「頂きます」  青葉はそれしか言わなかった。古鷹は微笑みを崩さなかった。

2015-07-22 02:05:56
跡地 @kkkkkkmnb

…… …… ……   部屋の外では谷風と衣笠が息を殺していた。谷風が衣笠に目でこんなの私の知っている青葉先輩じゃないと語りかけるが、衣笠は呆れた風に首を振った、諦めろ、あれが青葉だと。

2015-07-22 02:15:49
跡地 @kkkkkkmnb

「どうせ青葉の事だからなんやかんや言ってたんでしょう? でも、結局は古鷹の事がおもしろくないのよ。自分の方が練度が上なのに、古鷹に妹として扱われることが。古鷹の方が圧倒的に姉としての器がでかいのに青葉も気がつているんでしょうね、だから余計に意地を張ろうとするけども上手くいかない」

2015-07-22 02:29:38
跡地 @kkkkkkmnb

「私が古鷹だけを姉として慕っているから余計におもしろくないんだろうね。死神と呼ばれるまで強くなったはいいけども、それで余計なプライドまでついちゃうし……おまけに記者まがいのことやっているから、なんか外面は良さそうだけども、基本的に人付き合い下手だしねあの馬鹿青葉……」

2015-07-22 02:39:31
跡地 @kkkkkkmnb

2人は、青葉達に声が聞こえないように別の場所に移動している。歩きながら谷風がおそるおそる質問した。 「そ、それを古鷹さんは……?」

2015-07-22 02:41:28
跡地 @kkkkkkmnb

「ぜーーんぶ、知ってる。知ってて青葉に併せてるの。ちなみに加古も全部気づいているわよ? あいつ、古鷹にコーヒーを飲まされるのを嫌がってすぐに帰るけども、顔だけならちょくちょく出しているからね?」

2015-07-22 02:47:20
跡地 @kkkkkkmnb

谷風は全く呑み込めていないようだ。さっきまであんなに怖い顔をしていたおっかない人が、そんな一面を持っていることが俄かには信じられなかった。 「え、ならなんで死神だって言ったんですか……?」  谷風に青葉の死神話を披露したのはほかならぬ衣笠なのだ。

2015-07-22 03:07:48
跡地 @kkkkkkmnb

「……皮肉よ、皮肉。骨抜きになっちゃったあの馬鹿姉貴への最大限の皮肉なのよ」  衣笠が鼻をフンと鳴らしながら答えた。谷風からうめき声にも似た声が漏れ出た。 「なんだか……幻滅しました……」

2015-07-22 03:11:14