滑空人間【短編】

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いい天気だった。飛行場の空は雲ひとつなく、コンクリートの滑走路を陽炎が浮かぶほど温める。風もない、祝福されたような朝だった。カルネットはいつものように鎧を着込み、刀のような翼を折りたたんだ肘で歩く。実験飛行のときの姿。これがカルネットの正装だった。 21

2015-08-05 16:35:06
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「最後だし、遠慮なく言い残したこと、言っていいよ」 もう一度メソフィアが聞く。カルネットに思い残したことなど無かった。彼はいつだって話したい事をメソフィアと話したし、聞きたい事を何でもメソフィアに聞いていた。ジェットエンジンがゆっくりウォームアップを始める。 22

2015-08-05 16:41:25
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カルネットは、ふとひとつの疑問を口にした。「鳥はどうして飛べるんですか?」 カルネットの究極の願い。それは空を飛ぶこと。鳥は、何の苦労もなく空を飛ぶことを知っている。自分と鳥との間に、どんな差があるというのだろうか。カルネットはどうしてもそれが知りたかった。 23

2015-08-05 16:45:36
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メソフィアはコックピットに乗り込み、カルネットに困った顔を向ける。「ごめん。いまの学説じゃ、それを証明することはできないんだ。鳥がどうして空を飛べるか誰も知らない。私としては……多分根性で飛んでるんだと思うんだけどね」 そう笑って冗談を返した。 24

2015-08-05 16:51:28
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「ごめんね、大した答えを返せなくて。それじゃ、さようなら」 そう言ってメソフィアはハッチを閉じた。離陸準備を始める。研究員が離陸準備をサポートする。ジェットエンジンは火を吹きそうなほど唸っている。 25

2015-08-05 16:56:05
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離陸の時が来た。ゆっくりと前へ進み始めるジェット機。それを滑走路で見つめるカルネット。こらえ切れなくなって、彼は滑走路を走り始めた。徐々に加速していくジェット機。距離は次第に離れていく。それでも、カルネットは翼を広げて走り続ける。 26

2015-08-05 17:00:32
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「嘘!?」 メソフィアはコックピットの中で目を見張った。振り向くと、カルネットが猛スピードでジェット機を追いかけていたのだ。2足で走っている。膝までしか長さの無い脚でこれほど速く走れるはずがない。明らかに何かの力を受けて走っているのだ! 27

2015-08-05 17:03:12
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大きく広げた刀のような翼は、細かく振動してノイズのような音を発している。ジェット機は猛烈な加速を始めているはずだ。なのに、カルネットの追いかける姿はどんどん近づいているようにさえ思える! 「まさか、ブレードドライブの性能が……!?」 28

2015-08-05 17:08:02
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「僕はいま頑張っているんだ! 僕の頑張りを……僕の本気を見せられるのは今しかないんだ! 博士、博士には僕の本気を見てほしかったんだ! 頼む、証明してくれ! 僕の本気を! そして、博士の正しさを!」 カルネットの叫びは、ジェットエンジンの音に消える。 29

2015-08-05 17:13:02
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しかし、カルネットの速度は彼の言葉以上に彼の本気を示していた。カルネットの両足が大地を蹴って、宙に浮かぶ。カルネットは手を伸ばす。ジェット機の車輪へ。最後の実験をしたかった。このまま上空まで曳航されて、滑空実験を行いたかった。しかし、その指は振り落とされた。 30

2015-08-05 17:16:26
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遠くの空でジェット機が旋回するのが見える。カルネットは激しく脈打つ心臓の音を聞いていた。もう少しだけ、もう少しだけ博士の声が聞ける。風を切る音。彼は風に乗っていることに気付く。カルネットはゆっくりと滑空して……滑走路の端のネットに飛び込んだのだった。 31

2015-08-05 17:18:51