グラウンド・ゼロ、デス・ヴァレイ・オブ・センジン #1

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

青く澄んだ空、乾いた風、頭上に輝く太陽。ネオサイタマにいれば決して経験できない眩しい世界ではある。初めてこの世界を知った時、感動しただろうか。そう昔の事でもないのに思い出せない。「冒険が待ってるぜ」。マギタは呟いた。志願兵センターの壁にはられていたポスターのキャッチコピーだ。 1

2015-11-07 16:19:20
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

晴れやかな空とは対照的に、大地は悪魔の爪痕めいている。ニュークの痕跡、地中から噴き出す硫黄が作り出す破滅的光景。実際ジゴクだ。しかしそれも青空と同様、内に入ってしまえば日常だ。「冒険が待ってるぜ」の横には「実質無料で合法LAN端子!6か月短期!」のプラン説明。鮮明に思い出せる。2

2015-11-07 16:23:05
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

クールの最先端に立ちたい若者にとって、こんなウマい話はない。テクノ・サムライを気取った挙句、薄暗い路地裏で病気や脳ウイルスを気にしながら日々を過ごすのは、あまりクールとはいえない。その点、軍に志願するだけで、生体LAN端子を合法で増設できる。しかもMILスペック。魅力的だった。3

2015-11-07 16:28:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

盛り場には夜な夜な湾岸警備の大人が現れ、将来が不透明な連中に、クールな話を持ち掛けた。「腕っぷしが強いな。軍に来ないか?ムカつく奴を一発でノしちまう軍隊式カラテが身につくぜ」「音楽が好きなの?軍隊でリズム感を鍛えてみないか」「電子シューターのチャンプになりたい?近道があるぜ」4

2015-11-07 16:32:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

マギタもその手の魅惑的スローガンにつられた一人だ。サラリマン家庭の三男、就職先も決まっておらず、打ち込めるアート活動もスポーツもなく、IRC空間への没入に日々を浪費する。そんな彼に「冒険が待ってるぜ」の言葉は魔法めいていた。痛いところを突かれた。冒険。それこそが人生に必要だ。 5

2015-11-07 16:39:40
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

六か月の短期の従軍でアトモスフィアを掴み、嫌なら辞めるもよし、そのまま続けるもよし。無料で訓練が受けられ、身体も鍛えられ、帰還後の就職活動でもデカいアドバンテージになる。良い事づくめだ。しかも冒険が……冒険……マギタは荒野を見渡した。「腹へらねえ?」ウノが欠伸をかみ殺した。6

2015-11-07 16:45:12
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「リキッド・ダンゴない?」「さっき食ってたろ」「なんだよ……」ウノは水筒に口をつけた。ウノとはブートキャンプの時からの付き合いだ。食い意地が張っているが、気のいい奴だ。調達してくるポルノの審美眼も冴えている。「意味あンのかね、こんなところで」ウノが手をひさしに地平線を見やる。 7

2015-11-07 16:51:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼らの小隊の今の任務は哨戒だ。ネオサイタマ湾岸警備軍は光挿さぬヴァレイ・オブ・センジンの大亀裂を背負い、キョート側をやや侵犯する形で前線を敷いている。この場所を獲得する為に、恐らくマギタの知らぬ激しい戦闘があったのだろう。戦闘は膠着状態に陥り、散発的な小競り合いが稀に起こる。8

2015-11-07 16:55:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「冒険が待ってるぜ」マギタはまた呟いた。「ううむ」これが冒険ならば、彼の辞書の再定義が必要だ。どうやらそれは電子シューターやナショナルタクティクスマンのカートゥーンのようなものではないようだから。冒険、それは、だだっ広いサツバツの荒野を眺め、無駄口を叩き、センズリすることだ。9

2015-11-07 17:00:28
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

一度、キョート共和国軍の戦車の移動をタクティカルゴーグル越しに目にしたことがある。あれは興奮した。KT013型、ヒカルゲンジ。実際マギタの大好きな戦車だった。ゲームで見た通りの黒鉄の巨塊が、粉塵を吐きながら走っていた。自陣営の戦車はまだ見ていない。装甲車や自走対空砲が幾つか。10

2015-11-07 17:06:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

直接の戦闘は未経験だ。訓練では実際死ぬような目にも遭ったが、リアルな戦闘はきっとそんなものではあるまい。いざ敵が目の前に現れ、怒り狂った銃口がこちらを向いたら……パニックになってしまわないだろうか。それとも案外平気だろうか。「あそこの岩、ちょっと大きいな」ヤンベが指さした。11

2015-11-07 17:11:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「何か隠れてるかもって?」ウノが笑った。ヤンベは頷いた。「なんか気をつけた方がいいんじゃねえかなあ?」そして小隊長を見る。「あの岩大丈夫ですかね?小隊長殿」「あーン?」輸送車両内でIRC通信会話をしていた小隊長が目をすがめた。「あの岩か?」「そッスね」ターン!「アバーッ!?」12

2015-11-07 17:16:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ヤンベがクルクルと回転し、打ち倒された。赤い血が頭から広がる。動かない。「スナイパーだ!」マギタは叫んだ。「アイエエエエ!」「ヤバイヤバイヤバイ!」ウノとマギタは先を争って輸送車両「安全」の陰に滑り込んだ。BRATATATATATATA!BRATATATATA!小隊長が反撃!13

2015-11-07 17:18:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ターン!マギタの膝の隣で銃弾が撥ねた。「アイエエエエ!」「畜生!」ウノが身を乗り出し、岩に向かってアサルトライフルNN445の引き金を引く。BRATATATATA!BRATATATATA!「敵襲!敵襲!」小隊長はIRC通信。BRATATATATA!車両ガラスが蜂の巣になる! 14

2015-11-07 17:22:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「なんだァ?」「一人じゃねえのか!」「どッから……」「ヤバイヤバイ!」小隊は隊長、カムキ、ヤンベ、ウノ、マギタの五人。そしてヤンベは死亡した。応援要請を行い、持ちこたえるしかない。BRATATATATA!BRATATATATA!ターン!BRATATATATA!「アイエエエ!」15

2015-11-07 17:24:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「どっから撃ってきてるンだよ!」「わからねえよ」ウノは涙目だ。「隊長殿!」「慌てるな!慌てた奴から死ぬ。訓練を思い出せ」「ハイ!」マギタは歯を食いしばった。BRATATATA!ウノが再び威嚇射撃。カムキはグレネードを投擲。……KABOOOM!「アバーッ!」「アッ!やった!」16

2015-11-07 17:27:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

思いがけずそれは、ステルス外装と匍匐前進で接近してきていた相手を無残に四散させた。ターン!再びのスナイプ攻撃。「動けねえ」「畜生……」「じっと耐えろ、じっとだ」「だって、まだ敵が……」「じっと耐えろ!」ターン!「アイエエエエ!」 17

2015-11-07 17:29:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

マギタの心臓が激しく鼓動していた。彼はNN445の質感を頼もしく思った。恐ろしいが、とてもハイだ。(こういうやつだよ!)彼は泣き笑いのような表情になった。膠着状態のまま、どれほど時間が経過しただろう。音を立てて斜め後方に走り込んで来たのは自軍の攻撃車両スズメバチSJ-33!18

2015-11-07 17:32:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

BRRTTT!たちまち烈火のごとき機銃掃射が開始された。しかもスズメバチの腹の中から黒光りするマシンバイクが出現!ヤミヨだ!「ウィーピピー!」「やっちまってくれよ!」KABOOOM!ごく近い地点の地面が爆発した。敵のグレネードだ!「アイエエエエ!」BRAKKA!BRAKKA!19

2015-11-07 17:37:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「クオオオオー!」「クオオオオー!」二機のヤミヨは獣じみた唸り声を発し、人型形態に変形した。ドギン!ドギン!ドギン!脚部スパイクで硬い地面を踏みしめながら旋回移動、スナイパーの地点めがけ回り込みながら銃撃を行う。やがて……「アバババーッ!」「ヤッタ!」「ヤッタゼ!」 20

2015-11-07 17:40:31
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「クリア!」小隊長がおっかなびっくりタクティカルゴーグル越しに周囲を重点確認、宣言した。スズメバチの車内から兵士が二人降り立ち、表情をほころばせた。「いやあ、手こずりましたよね」「彼は……残念でした」ヤンベの死体を沈痛に見て、黙とうをささげる。「凄いマシンだ」「ヤミヨですか」21

2015-11-07 17:44:37
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「そう……」スズメバチ乗員が笑顔を作った瞬間、「安全」の車体が10メートル上へ跳ねあがった。油田?マギタはまず、当然そう思った。戦場で油田が発見されて、そして、発見者は俺達、両国のパワーバランスはどうなるのかな?俺達はカネモチになれたり?それはないか。……油田?ナンデ? 22

2015-11-07 17:47:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

KRAAAAASH!「アバーッ!」マギタの横数メートル地点に「安全」が降ってきた。ウノは叩き潰されて即死した。「マジかよ?」マギタは訝しんだ。戦闘に生き残って、突然のシュールな自然災害に巻き込まれて死んだウノに、どんな感傷を抱けばいい?彼はもう一度黒い間欠泉を見た。「マジ?」23

2015-11-07 17:52:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエエ!HQ!HQ!」スズメバチに駆け戻った乗員が通信を試みる。BEEEEP!BEEEEP!ザリザリザリ……耳障りな爆音ノイズがスピーカーから放たれる。「アイエエエエ!」BRATATATA!BRATATATATA!小隊長とカムキは黒い噴水に狂ったように銃撃する。何故?24

2015-11-07 17:55:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼はようやく気づいた。黒い噴水の頂上に、なにか白いなにか……それが人間の上半身だと気づいたのは二秒後。BRATATATATATA……BRATATATATATA……黒い液状の物質は細かく枝分かれし、胡乱な姿の周囲を飛び回っている。どうやらそれが銃弾を止めてしまっている。 25

2015-11-07 17:58:43