事件解決はワインを飲んでからでも遅くない#3 不器用な善人◆1
_食堂車が騒然となる。メルヴィは目を白黒させて自分の荷物を見る。そこからは、ペンダントの黒い鎖が覗いている。 「これは……ちが……」 「何が違うのよ!」 ペンダントを失くした中年女性の激しい声。 61
2016-04-25 17:23:08_クレメルは激しく頭を回転させる。酔いが酷い。調子に乗って飲みすぎたようだ。マヤーはやっぱり聡明だ。彼女の顔は平然としている。何か手を打つつもりだろう。しかし、もし何も手が打てなかったら? このままメルヴィは冤罪を受けるのか。 62
2016-04-25 17:29:39_中年女性は高らかに宣言する。 「そこの探偵さんに言われなくても、事件は読めましたわ。要は、魔法に探知されない宵闇鋼の鎖を狙って、犯行を行ったのでしょう。探知され、足がつく可能性があるシルフの標本は解放した……証拠隠滅ですわ!」 63
2016-04-25 17:37:15_クレメルはその筋書きに異を唱えたい……が、どこにも突っ込める場所は無い。 「自作自演でない証拠もありますわ。私は、そちらのテーブルに一歩も近寄っていない! 一方、そちらの娘はこちらのテーブルに近寄ったタイミングがありましたね」 周りの客が同意する。 64
2016-04-25 17:45:45_メルヴィはもちろん反対する。 「そんな……やっていません!」 「私にはやっていない証拠がある。そして、あなたにはできるという可能性がある……それを覆さないと、あなたの言葉は信用に値しませんね」 65
2016-04-25 17:50:40「あなたじゃない誰かが運んだってことも……」 「その当人を連れてこない限り、言い逃れにしか聞こえません」 マヤーは動かない。静かに目を閉じ、集中していた。クレメルはメルヴィを救いたかった。しかし、その方法が思いつかない。 66
2016-04-25 17:55:02(今しか動けないんだ。なぁ、俺はどうしたいんだ。どうなってしまったんだ。いままでこんなことは無かった。理不尽や、不条理を与える側だったのに、奪い、傷つける側だったのに。いまでは小さなひとに寄り添うようにいきたいと思っている。それだけで、俺はこんなにも不器用になっちまった!) 67
2016-04-25 18:04:20_クレメルには確信があった。あの中年女性は同業者だ。不条理を与える側の人間だ。他人の苦しみや、悲しみを何とも思わない人間だった。 服装から違和感が分かる。ピカピカの新品で、手入れが行き届いている。それなのに、大事なペンダントの魔法の目印を消してしまうわけがない。 68
2016-04-25 18:10:14_そして、周りの客だっておかしい。普通、自分の近くの客がどこへ行って、誰が近づいたなど覚えているだろうか。グルだ。しかし、証拠はない。偶然覚えていたと言われれば黙るしかない。魔法の目印も同様、偶然の言葉で何とでも言い訳できる。何も打つ手がない。苦しい。 69
2016-04-25 18:14:42「事情を聞かせてもらいます」 鉄道のスタッフがメルヴィを拘束する。にやりと笑う中年女性。クレメルは爆発しそうな思いを必死に噛みしめて、固く目を閉じることしかできなかった。 70
2016-04-25 18:17:29【用語解説】 【宵闇鋼】 宵闇鋼は鉄に似た金属で、黒く強度が高い。鉱石から精製して作られるが、宵闇鋼の鉱石は氷河に閉ざされたモスルート地方の山中で産出するため、流通量は少ない。混沌神ベルベンダインによって作られた金属で、暗黒物質ヴォイドを創造する際練習として作られたと言われる
2016-04-25 18:40:40