事件解決はワインを飲んでからでも遅くない#1 ポンコツ名探偵登場!◆1
「犯人は必ず見つけてみせる!」 コートを着込んだ娘が、背筋を伸ばして食堂車に集まった容疑者を見渡した。容疑者の一人、クレメルは無視して食事を続ける。列車の揺れがグラスのワインを揺らした。 (面倒に巻き込まれた) 最初はそう思っていた。 1
2016-04-19 17:18:27「食堂車に入ったときには、例のペンダントを身に着けていたという証言が得られている。そして、この時間……21時から22時までの夕食に割り当てられた一等客室の面々は、ここにいる全員だ。そして、外へ移動はしていない」 コートの娘が、被害者の痩せた中年女性をちらり。 2
2016-04-19 17:23:22_クレメルはめんどくさそうに、隣のテーブルに視線を逸らした。そこに座っているのは二人組の女性客……さっき世間話した情報によると、若い方がメルヴィ、胸の大きい方がクシュスという。遺跡都市ニェスから、帝都へ向かう旅の途中らしい。電車に揺られるだけで容疑者にされるとは災難である。 3
2016-04-19 17:30:10_そもそも、食堂で席を外した時に外してテーブルに置いたペンダントが無くなるという不用心なことをしたのは、その金持ちの中年女性だ。自業自得だとクレメルは聞こえないようにため息をついた。そして現れたのは、探偵をしているコートの娘。マヤーと名乗った。 4
2016-04-19 17:36:10「ペンダントの特徴としては、鉱石シルフの標本に黒い金属の鎖をつけたペンダントだということだ。そこで、我々探偵の使う七つ魔法が光る。遺失物探査の呪文。イメージを借りて、そのイメージの移動経路を追跡する呪文だ。犯人よ、自首するなら今のうちだぞ? そこの君、目をそらしたな?」 5
2016-04-19 17:42:03探偵のマヤーは鋭くクレメルを見つめる。クレメルは、(ああ、またいつもの目だ)と心の奥で呟く。マヤーとの腐れ縁は、どこまでも続くらしい。そのときメルヴィがクレメルをかばった。 「緊張しているんですよ、目をそらしただけで、あなたはひとを犯人扱いするんですか!」 6
2016-04-19 17:50:50「ああ、分かったよ。では、呪文を使うぞ」 マヤーは椅子を引っ張り出し、深く座って背もたれに背を預けた。魔法に集中するようだ。しばらくの沈黙。マヤーが目を見開く。 「反応が無い……? 分かった、ペンダントはすでにここにはない!」 全員がずっこける。 7
2016-04-19 17:55:07「窓から投げ捨てた……? いや、移動経路は確実に探知されるはずだ。ペンダントはテーブルの上から、1ミリも動くことなく、消滅したのだ。そうとしか思えない」 椅子に座ったまま腕を組むマヤー。 「迷宮入りだな……」 「ふざけないでこのヤブ探偵!」 怒る金持ち中年女性。 8
2016-04-19 18:36:33_クレメルはその様子を不思議そうな目で眺めていた。 (らしくないな、マヤー。お前の推理は、こんなもんじゃないだろう) 10代の頃から、クレメルとマヤーはライバルだった。クレメルが引退して、マヤーはしばらく荒れていたと聞いた。 9
2016-04-19 18:41:33(マヤー、お前はこんなにも変わっちまったのか) クレメルには、明確な推理の道筋ができていた。口には出さなかったが、ペンダントが消えた理由も、どこへ行ったのかも、これから起こる悲劇も……ぼんやりとだが、頭に浮かんでいたのだ。 10
2016-04-19 18:46:01【用語解説】 【探偵】 死霊術を専門とした魔法使いが死霊術師と呼ばれるように、探知の呪文を専門とする魔法使いが存在し、彼らは探偵と呼ばれる。元は自警団の一部だったが、民営化され、様々な探知を行う。生命探知、建築物探知、毒物探知……探知の呪文は多岐に渡り、専門の知識が要求される
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