事件解決はワインを飲んでからでも遅くない#3 不器用な善人◆2
_窃盗を疑われたメルヴィは、別室に連れていかれてしまった。付き添いのクシュスは困った顔で食堂車に座っている。他の乗客はみな解放され、それぞれ寝床へと向かっていく。クレメルは時計を見た。 (丁度、24時という所か) 71
2016-04-26 19:58:53_メルヴィはなかなか罪を認めていないらしい。マヤーは取り調べを様子見して、再び食堂車へと帰ってきた。 「打つ手はないのかよ……」 「ある。だが、まだその時ではない」 クレメルはどうにかなりそうだ。 72
2016-04-26 20:03:36「あの詐欺師は、メルヴィに示談を迫っていた。つまりは、そういうことだ。示談目当ての偽の犯罪。まぁ、よくある詐欺だな」 「そんなのほほんとしていいのかよ……」 「以前の君なら、そんな取り乱した台詞は言わなかったな」 73
2016-04-26 20:08:09_マヤーは落ち着いた様子で、ワインを飲んでいる。それがクレメルには理解できなかった。 「そう怖い顔するなよ。一番大切なものは、何だ? それは命だ。今回は詐欺。あの娘の命までは脅かされてはいないだろう。それより時間をかけてでも、相手が回避不可能な一手を積むのが大事なんだ」 74
2016-04-26 20:14:00「いまのお前は、目先の正義に惑わされている。優先順位がめちゃくちゃだ。どうした? 以前のお前だったら、もっとスマートに物事を解決していたぞ。お前はいつも、自らの保身に鋭かった。どんなに美味しい餌をちらつかせても、リスクを取らずにお前はどこまでも隠れていた」 75
2016-04-26 20:20:14_探偵は再び、ワインのボトルをクレメルに差し出した。クレメルはグラスにワインをたっぷりと注がれる。 ゆっくりと波紋を浮かべるワインをクレメルは見ていた。まっとうに生きると決意した。すべての罪を忘れて。それから、彼はめちゃくちゃになってしまった。 76
2016-04-26 20:28:17「俺はようやく人間性を手に入れたと思ったのに……冷酷で、罪の意識も何もない外道から、人間になれると思ったのに、どうして俺はこう、ダメなんだろうな……このままじゃ、ただのできそこないだ。悪人にも、善人にもなれない」 「いいじゃないか」 77
2016-04-26 20:35:07_マヤーはクレメルを許すように笑った。 「善人がまともだなんて、幻想だよ。善人はさ、馬鹿なんだよ。不条理で、訳が分からなくて、損得勘定ができなくて、いつも貧乏くじばかり引いているんだよ。けっして、完璧な人間が善人なわけがない」 78
2016-04-26 20:42:44_クレメルは、ゆっくりとワインを口に含んだ。さっきと違って、渋みを強く感じた気がした。 「俺はさ、人間になれたのかな」 「そう見えるよ、私からはね」 列車は闇の中、猛スピードで中継駅に向かって走る。 79
2016-04-26 20:47:57_もうすぐ列車が止まる。そのとき、詐欺師に下車されたら終わりだ。メルヴィも列車を降りさせられるだろう。時間が無い。そのとき、クレメルの脳裏に一つの解決策が浮かんだのだった。 80
2016-04-26 20:55:16【用語解説】 【時計】 古代エシエドール帝国が作った機械式時計は、文明崩壊後も利用され、やがて魔法式時計に入れ替わっていった。灰土地域では体内にインプラントしたシリンダーの中に封入された魔法が時を刻むため、地球のようにチラチラ腕を見て不快感を与えることは無い
2016-04-26 21:00:53