Cafe/#1「ある喫茶店の風景 そのいち」

0
アンドロイドな女の子達 @android_girls

厨房管理システムからチキンカツの揚げ上がりが通知される。ここなはガスレンジにぱたぱたと駆け寄り、熱された油の海からチキンカツをいくつか取り上げた。黄金色に揚がった衣から油が滴り落ちる。ここなは事前に用意していたバットにチキンカツ達を乗せ、まな板まで持って行った。

2016-05-05 19:33:10
アンドロイドな女の子達 @android_girls

まな板のすぐそばに置かれたトースターがチーンと鳴り、パンの焼き上がりを知らせる。トレイには程よくこんがりと焼けたパン数枚が鎮座していた。小麦の焼ける香りがここなの嗅覚センサを刺激する。そうだ、お昼はあんこトーストにしよう。ここなはそう思った。

2016-05-05 19:35:31
アンドロイドな女の子達 @android_girls

トーストをまな板の上に置き、その上に先程作ったキャベツの千切りを載せる。その上にチキンカツを載せ、特製のソースを程よく塗る。その上にもう一枚トーストを載せ、上から対角線に沿ってセラミックの包丁を入れる。

2016-05-05 19:37:11
アンドロイドな女の子達 @android_girls

さくっ。トーストとチキンカツとキャベツがまとめて切れる音。とん。包丁とまな板がキスをする音。すっ。包丁を引き抜く音。これでできた三角形のサンド2つを皿に盛り付け、同じ要領でまたトースト、チキンカツ、キャベツ達を調理する。

2016-05-05 19:39:19
アンドロイドな女の子達 @android_girls

さくっ。とん。すっ。さくっ。とん。すっ。こうしてできたチキンカツサンドの群れをトレイに並べ、席に座った客達へと運ぶ。「お待たせしました、チキンカツサンドです」この喫茶店の看板メニューだ。

2016-05-05 19:41:14
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「はい、マスター」客にチキンカツサンドを差し出した後、宏和の分を差し出す。「ありがと。ここはどうするの?」「私はあんこトーストにします。甘いもの食べたくなっちゃって」この喫茶店はなかなかフランクな雰囲気なので、マスターが客の前でまかないを食べたりもする。

2016-05-05 19:44:10
アンドロイドな女の子達 @android_girls

宏和はナイフとフォークを使ってサンドを一口大に切り、行儀よく口へと運んでいった。一度噛むたびにカツから肉汁が溢れる。こってりとはしておらず、キャベツが全体をさっぱりと引き立てる。少し甘めのソースの風味が食欲を促進させる。うまい。

2016-05-05 19:46:36
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「うまい。やっぱウチの鶏サンドうまいね」まるで他人事のように宏和が言う。「マスター、ちょっとはマスターらしく振舞ってください」「えー? どんな感じでさ」「……コップ拭く、とか」「それ、どっちかって言うとバーテンダーじゃない?」こういうやりとりも名物である。

2016-05-05 19:48:12
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「ウチもカクテルとか始める?」「マスター、何か作れるんですか?」「いや、カルアミルクしか知らないけど……いいんじゃない? カルアミルク専門バーテンダー」「それ、牛乳とパックのコーヒー混ぜてカフェオレ作ってるからバリスタ名乗るのと同じレベルですよ」

2016-05-05 19:50:11
アンドロイドな女の子達 @android_girls

そういう風な何気ないやりとりの中、宏和がカウンターの裏、客から見えない位置に手を置いて、ちらりとここなを見た。それに気づいたここなはゆっくりと宏和に近づき、カウンターに置かれた手に自分の手を重ねた。

2016-05-05 19:52:17
アンドロイドな女の子達 @android_girls

緩く、とても緩く、互いの指を絡め合う。互いの手が上になり下になり、濃厚に触れ合う。ここなの白く細い指が、宏和の男性的でありながら繊細な指とねっとりとした接触を繰り返す。手の甲と掌を重ね合わせ、少ししたら掌同士を重ね合わせる。

2016-05-05 19:54:54
アンドロイドな女の子達 @android_girls

掌でキスをし、指を四肢として絡め合い、緩く、それでいてしっかりと手で抱き合う。この二人にとって、この行為はそれほど珍しい事ではないものの、特別な意味を持つものであった。日々の感謝と、愛情とを伝える大切な接触。

2016-05-05 19:57:07
アンドロイドな女の子達 @android_girls

宏和の頬はほんの少し紅潮していた。ここなの目は少し潤んでいた。ここに客がいなければ今すぐにでもカーテンを閉め、鍵を掛け、そして「好き」と連呼しながら抱き合ってしまいそうなほど、この二人は情熱的だった。

2016-05-05 19:59:13
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「今日、買い出し行く?」「ええ。色々足りなくなってきてるので」「終わったら買ってこよっか。おやつは?」「んー……エクレアかティラミスか迷ってます」「両方買っちゃおっか」「そうですね」この間も、彼らは手を絡めていた。

2016-05-05 20:01:21
アンドロイドな女の子達 @android_girls

幸せそうだった。互いの事が大好きな二人が、狭い空間の中で喫茶店を開き、屋根の下で幸せに暮らす。人間同士ならば、どういう観点から見てもそれは「幸せ」である。そして、アンドロイドと人間の間でもその図式が成り立つことを彼らは証明していた。

2016-05-05 20:03:05
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「ねえ、ここ」「はい?」宏和がここなの目を見つめる。ほんの少し、ほんの少しだけの時間だったが、二人にはそれで十分だった。どうせ仕事が終われば好きなだけ見つめ合える。好きなだけ、好きという感情を表現できる。「なんでもない」「なんですか、それ」笑いあう二人。

2016-05-05 20:05:07
アンドロイドな女の子達 @android_girls

どちらからともなく手を離し、互いの仕事へと戻る。また終わったらね。もうちょっと頑張ろっか。終わったら、好きなだけ。

2016-05-05 20:07:11
アンドロイドな女の子達 @android_girls

初々しい恋人のようで長年連れ添った夫婦のような二人が営む喫茶店は、意外と繁盛している。

2016-05-05 20:09:08
アンドロイドな女の子達 @android_girls

午後8時30分。いつも通りの時間に店を閉め、買い出しに行き、それなりに仕込みをして、ゆっくりと食事を楽しんだ後。入浴剤を入れた風呂で暖まった二人は、パジャマ姿でゆったりとテレビを見ていた。テレビでは恋愛ドラマが放送されていた。

2016-05-05 20:35:14
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「この子かわいいなー」宏和が主演の若手女優を見て言う。手にはティラミス。「相手役もイケメンですよね」ここなが答える。手にはエクレア。

2016-05-05 20:37:49
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「すごいよね。美男美女」宏和はティラミスを一口自分の口に運んだ後、もう一口をここなの前に差し出した。差し出されたティラミスがここなの口の中へ。「いいですねえ、恋って」ここなもお返しにエクレアを差し出す。大きく口を開けて食べる宏和。「あっ、食べ過ぎですよ!」

2016-05-05 20:39:25
アンドロイドな女の子達 @android_girls

「んー? 一口だけだよ?」口を手で押さえながらもぐもぐと宏和が言う。口元が上がり、いたずらっぽい表情でここなの事を眺めている。「私の二口くらいなんですよマスターの一口は。ティラミスください」「えー?」「えー? じゃないです」

2016-05-05 20:41:11
アンドロイドな女の子達 @android_girls

不満げな声を上げるここな。しかし、顔は笑っていた。「ティラミス、食べたい?」「はい」「じゃ、あーん」「あ……」ティラミスの乗ったスプーンがここなの口の中に入る。ゆっくりと口が閉じられ、唇の裏でティラミスをこそぎ取る。引き抜かれたスプーンは唾液の糸が引いていた。

2016-05-05 20:43:16