「遊び」について ~"café ludens"構想~

【関連まとめ】 ・「役に立つこと」と「面白いこと」の間 ~哲学カフェ@café ludensより~(http://togetter.com/li/1012472
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直立演人 @royterek

とはいえ、周囲を見回すと、遊びそのものから疎外されている、あるいは遊びを十分に遊び切れてないような状況が散見される。だとすれば、そのような遊びの復権に貢献し得るような場をつくることができさえすれば、遊びの価値を再認識し、遊びの世界に没入したくなる人びとも自ずと増えるのではないか。

2016-06-28 04:00:48
直立演人 @royterek

そのような遠大な作業仮設に基づいて、社会的・文化的価値の源泉としての遊びを創造的に生きられるような場をつくることが、「おもちゃひろば/カフェ・ルーデンス」が第一に目指すところである。

2016-06-28 04:03:49
直立演人 @royterek

もちろん、「社会的・文化的価値の源泉としての遊び」は、本来、家庭や学校や地域を媒介にした社会的なつながりを通して自ずと経験され蓄積されてゆくべきものである。実際、どんな子どもも誰に言われることもなく自ずと遊び回るものだし、時にはとびきり面白い遊びを思いついて夢中になるものである。

2016-06-28 04:05:38
直立演人 @royterek

ただし、子どもたちが本来的にもっている遊ぶ力を豊かに発展させることのできる環境がつねに保障されているとは限らない。とりわけ、幼い子どもたちを見守る大人たちが遊びに対して開かれた心をもっていない場合は致命的であるかもしれない。

2016-06-28 04:06:52
直立演人 @royterek

いずれにしても、「遊び」と「真面目」の境界線をことある事に引きたがる世の中にあっては、大人は言うに及ばず、子どもたちにとってすら、遊びを徹底的に遊び尽くすことはそう容易なことではない。

2016-06-28 04:07:51
直立演人 @royterek

私にとって、幼少期における最も幸福な記憶は一にも二にも遊びに夢中になった経験である。その多くは、親も含めた周囲の大人たちから独立したところで成立した遊びだった。そう考えると、大人が子どもたちのためにあえて遊び場をつくるというのは、ある意味で本末転倒な発想なのかもしれない。

2016-06-28 04:11:23
直立演人 @royterek

けれども、社会的な環境の変化によって、そうした自然発生的な遊び場が生み出されにくい状況が仮に生まれているのだとしたら、そのような本末転倒な企てもそれなりに意義のある試みなのではないかと信じたい。

2016-06-28 04:12:49
直立演人 @royterek

ビジネススキルをボードゲームから学ぶ「マインドラボ」って何だ?(Harbor Buisiness Online) hbol.jp/9911 ボードゲームをやると賢くなるようです;-)。

2016-11-06 22:49:48
直立演人 @royterek

「「マインドラボ」はイスラエルで生まれた教育プログラム。様々なボードゲームを使って考える力を養う。イスラエルには政治面や国際問題などでネガティブなイメージもあるが、人口約800万人と小国ながら、国民一人あたりの起業率、博士号保有者数、特許数は世界一という“インテリジェンス立国”」

2016-11-06 22:50:39
直立演人 @royterek

「世界で高く評価されていて、アメリカやイギリスなど世界15カ国でも実施されている。日本でも2006年から、私立小学校や学習塾を中心にプログラムは展開されている。」

2016-11-06 22:51:00
直立演人 @royterek

質の高い「遊び」の経験が知性を活性化させ、創造的なマインドを育むことは、理論的にも経験的にも間違いないが、その点をあまり強調したくないというジレンマはある。

2016-11-06 22:51:23
直立演人 @royterek

というのも、それを強調し過ぎると、先日ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典さんがいみじくも言われた「『役に立つ』という言葉が社会を駄目にしている」という警告を無視することにつながりかねないからである。

2016-11-06 22:51:40
直立演人 @royterek

「役に立つ」という意図が先行するあまりに目の前の「遊び」を楽しめなくなれば、本末転倒としか言いようがない。というのも、『ホモ・ルーデンス(遊ぶ人間)』の著者ヨハン・ホイジンガが指摘したように、「遊び」の本質はその「無目的性」の内にあるのだから。

2016-11-06 22:52:01
直立演人 @royterek

だとすれば、「遊び」を通じて「知性を磨きたい」「役に立つことを身に付けたい」と願うのならば、第一にすべきは、ただひたすら目の前の「遊び」に夢中になることによってそうした邪念を忘れることである。そうすれば、自ずと道は開けてくるはずである。たぶん(笑)。

2016-11-06 22:52:38
6月屋 @6gatsuya

「頭が良くなるゲーム」とか「勉強になるゲーム」とかいう売り文句のゲームが、私はあまり好きでない。ゲームは面白ければそれでいいし、役に立たなくて一向に構わない。ただ、ちょっと気の利いたゲームなら、遊んでいればそれなりに頭を使う必要が出てくると言うだけだ。 twitter.com/royterek/statu…

2016-11-06 22:58:22
6月屋 @6gatsuya

星新一のショートショートで、エリート社員を集めてひたすら暇な状態にさせておいたら新しいゲームを思いついた(これが会社の狙いだった)という話があるのだけれど、そのラストは「遊ぶのは飽きたので仕事をしたいです」だった。時代の限界、かな…… twitter.com/royterek/statu…

2016-11-06 23:03:49
直立演人 @royterek

歳を重ねれば重ねるほど、純粋な「遊び」が成り立ちにくくなる。「賢さ」ゆえに遊びを純粋に楽しめなくなることに加えて、大人として対処すべき事柄が多岐にわたるからだろう。こうした障害はあるものの、幼少期に「よく遊んだ」記憶がある人ほど、長じてからも「よき遊び」を弁えているのではないか。

2016-11-06 23:34:42
直立演人 @royterek

子どもとゲームをしていて、きっかけは忘れたが、「遊びって大事なんだぞー」と珍しく父親風を吹かせたところ、子どもが「へー、そうなのー? え、勉強より?」と意外な顔をしたので、「そうやでー」と言っておいた。

2016-12-24 01:50:51
直立演人 @royterek

子どもと育ち総合研究所で学んだことの一つに、子どもの脳は10歳前後で激変するらしく、少なくともそれまでにどれだけしっかり遊べたかがその後の知的発育にとって重要だということがあった。

2016-12-24 02:09:11
直立演人 @royterek

私は自分の経験に鑑みて、幼少期にどれだけ知的かつ心身ともに面白く遊べたかがその後の人生に大きく影響するのではないかと常々考えてきたが、同研究所で聞いたお話は、そんな私の直観を理論的に裏づけてくれたようでたいへん心強かった。

2016-12-24 02:09:29
直立演人 @royterek

勉強がよくできて学校の成績がよくても、それだけでは柔軟な発想力を育むとは限らない。というより、遊びのように飛び切り面白い経験を欠いては、どんな学びも強いられた勉にしかならない。その意味では、勉強も大事だが、遊びはもっと大事というのは、ことに10歳頃までは確実に言えるのではないか。

2016-12-24 02:11:35
直立演人 @royterek

子どもにとってなぜ遊びが重要なのか? それは、子どもは遊びを通じて世界について学ぶからである。世間でしばしば誤って考えられているように、遊びは学びと対立的な活動なのではなく、学びそのものなのである。遊びが学びそのものならば、遊びを欠いては真の学びもあり得ないことは言うまでもない。

2016-12-24 02:27:20
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