ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ 【1:オハカ・エピタフ】
重金属酸性雪で灰色に染まった摩天楼は、さながら整然と立ち並ぶ緩慢な巨人たちのカンオケ。蜘蛛の巣の如く張り巡らされるケーブル。整然とハイウェイを走る陰鬱な車の列は、死骸を貪る甲虫の群れか。だがこの街に真のハカバは無い。合理化の名のもとに撤去され電子化、管理下、やがて忘却の果て。
2016-06-15 17:04:29巨大なカスミガセキ・ジグラットは、電子貨幣と秩序を崇める顔の無い司祭たちの祭壇にして、それら全てを睥睨する王族のデジタル墳墓の如し。その頂に君臨していた男アガメムノンは、さらなる高みを目指し、凍てつく街を離れた。傲慢なる半神は月を目指し、世界全土を再定義し、支配しようとしている。
2016-06-15 17:09:04オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードは、大規模な犯罪温床浄化プロジェクトの後に更地と化し、イミテイション自然公園と暗黒メガコーポの資材置場に変わった。オオヌギの名は地図から消え、住民達の行方は知れぬ。その名が記されたカンバンは鉄骨基盤の下、砕けたオジゾウの隣で静かに錆びゆくのみ。
2016-06-15 17:12:40ニチョームは01の巨大な光柱の中に消えた。その異様な光景は、近隣ディストリクトの高層ビルからも容易に観測できる。一帯は立入禁止区域となり、なんら市民への説明は行われていない。暗黒メガコーポ、あるいは軍の実験か。様々な憶測が飛び交うも、それをIRC上で吐き出すウカツな市民はいない。
2016-06-15 17:18:13空には黄金立方体が浮かび、01の風が吹く。明らかに異常な何かが、まかり通ろうとしている。真実が隠され、作り替えられようとしている。抑圧された人々は、欺瞞に満ちたニュースとタノシイドリンクの力で不安を振り払う。治安は向上している。犯罪は減っている。そうチャントめいて繰り返しながら。
2016-06-15 17:23:34およそ、まともな感情と人間性を守ろうとすればするほど、この街では正気を保てない。LANケーブルにまみれたサイバネ辻説法師が、終末論じみた戯言を叫び、ハイデッカーに追われる。黒い装甲に覆われた重マグロツェッペリンが空を覆い、威圧的な漢字サーチライトと、柔らかな鎮静番組を投げ落とす。
2016-06-15 17:27:15かくの如く凍てついた都市の中、監視カメラをかいくぐりビルを跳び渡る、ひとつの赤黒い影あり。彼は岡山県での過酷な修行の果てに、この街へと戻っていた。襤褸布めいたニンジャ装束。口元には「忍」「殺」の鋼鉄メンポ。腰にはドウグ社製のヌンチャク。その背には、重いオブシディアン製の一枚岩。
2016-06-15 17:33:59無論、常人の筋力でそれを背負うことはできない。彼は膂力をみなぎらせ、ニンジャの力でそれを運んでいる。内なるニンジャソウルが、彼に超常のカラテをもたらしているのだ。(((見よフジキドよ、お前の凶相が映っておるぞ……!)))ニューロンの同居者は、大型モニタの指名手配映像を見て嗤った。
2016-06-15 17:40:11街を見渡す彼の目は憎悪で赤く輝き、メンポからはジゴクめいた蒸気を吐き出す。あの日、フジキド・ケンジは全てを失った。あの日死んだサラリマンは、ニンジャとなって蘇った。復讐のため。ニンジャの力をもってニンジャを殺すため。そして。(((見よフジキドよ、あそこにお前のハカバがあるぞ)))
2016-06-15 17:43:11前方に、マルノウチ・スゴイタカイビルが見えた。ニンジャスレイヤーは高く跳躍し、目を逸らさずそれを見た。サイバーサングラスで目を塞いだ人々は、かつてここで何が起こったかを、もはや覚えてはいない。ビル前の広場では、誰かが捧げたと思しきセンコが無関心に踏みにじられ、灰色の雪の中に沈む。
2016-06-15 17:46:25かつてここでニンジャが戦い、爆発が起こり、大勢の市民が死んだ。その事実も改竄され、隠蔽され、忘れ去られた。仕事場へ急ぐサラリマンたちが、黙々と行き交う。忘却と無関心こそが、この世の常であると言わんばかりに。ニンジャスレイヤーは目を逸らさず、歯を食いしばり、その光景を睨め下ろした。
2016-06-15 17:51:19(((何を躊躇しておるフジキドよ。ここに群がりおるは、ニンジャの餌ぞ。いっそここでイクサを構え、皆殺せ)))「黙れ、ナラク…!」(((あ奴らをくびり殺し、そのニンジャへの憎悪すら、我らの力とせよ!我らはあとに屍だけを残して大地を歩み、殺し尽くし、焼き尽くせばよいではないか!)))
2016-06-15 17:59:58「違う……!」(((ググハハハハ……!お前の憎悪を感じるぞ、フジキドよ。解っておる。解っておる。無念よの。お前はずっと己を騙し続けてきたのだから。最早その必要は無い。殺せ!殺せ!殺せ!ニンジャへの憎悪を啜れ、フジキドよ……!そして全てのニンジャを殺せ!今の我らならばできる!)))
2016-06-15 18:06:27「Wasshoi!」禍々しくも躍動感のあるシャウトが、スゴイタカイビル前広場に響いた。行き交う市民は、空を見上げた。赤黒い影が降ってきた。それは凄まじい音とともに、広場に設置されたオナタカミ社の大型ショウケースをカラテで粉砕した。その中に収まっていた多脚戦車シデムシが起動した。
2016-06-15 18:14:18「「「アイエエエエエ!?」」」広場にいた市民は逃げ惑い、遠巻きに見守った。ガラスと共に砕かれたコンクリート。舞い上がる煙の中を、人工脳を搭載した多脚戦車がうごめく。「イヤーッ!」銃弾よりも早く、カラテシャウトが響き、重い打撃音、そして凄まじい金属破砕音が鳴った。
2016-06-15 18:17:12空気を震わせるカラテシャウトの残響が収まり、粉塵が晴れると、暗黒メガコーポの最新展示製品とガラスとコンクリートは、瓦礫の礎に変わっていた。その上に、黒い石板がハカイシめいて突き立てられていた。それは数百の犠牲者の名を刻まれた、黒い墓碑。かつて、その場所に立っていたものであった。
2016-06-15 18:25:13多脚戦車が、一瞬で破壊された?人々は何が起こったのかも分からず、恐怖に打たれ棒立ちとなった。そして墓碑の横に立つ怪物を見た。赤黒の装束を纏い、マフラーめいた襤褸布をはためかせる、人外の怪物であった。ジゴクめいた蒸気。熱された鉄の如く発光する瞳。超常のカラテ。ニンジャがそこにいた。
2016-06-15 18:30:17市民のサイバーサングラス越しに、アルゴスの視線がニンジャスレイヤーへと集まる。『その場から動かないでください』アルゴスはハイデッカーIRCを通し、その場の市民らに命令を下し続ける。『ハイデッカーが対処します』何が起こっているのかも解らぬまま、人々はなすすべもなく、命令に従う。
2016-06-15 18:36:17フジキドの目が憎悪に燃え、ナラクが嗤う。(((ググハハハハ……!さあ殺せ!気に病むことなど無い!こ奴らを殺せ!我らがやらずとも、じきにニンジャに殺されることを知らず、目も耳も口も塞いでおる連中よ!大地にどす黒い血の川を流し、憎悪を啜れ、フジキドよ!そのために来たのであろう!)))
2016-06-15 18:38:33(((違う!見るがいい、ナラク!)))ニンジャスレイヤーは市民らに背を向け、肩から湯気を立ち上らせながら、墓碑と向き合った。己の内の怒りが何なのか、いまや彼は確と認識していた。それはドラゴン=センセイに続きヴォーパル=センセイによって復讐者に授けられた、二番目の不純物であった。
2016-06-15 18:40:35「私は……!」ニンジャスレイヤーは腕を震わせながら、半ば鈎爪の如く化した右手の指を墓碑へと伸ばし、己の名前に触れた。己は生きている。己は死せるサラリマンではない。己はネオサイタマの住人だ。そして、隣に並ぶ者たちの名を、胸の奥で復唱した。二度殺された者たちの名を。フユコ、トチノキ。
2016-06-15 18:45:56