ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ 【1:オハカ・エピタフ】

ネオサイタマ電脳IRC空間 http://ninjaheads.hatenablog.jp/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

一瞬の惑い。それは恐怖か。己も死者として妻子とともに在りたいと願い続けていたのか。だがフジキドはニンジャに攫われた子供を抱いたあの夜のように、立ち向かい、妻子の名を祈り、誓い、爪で一本の線を刻んだ。ネオサイタマの住人となるために。生者の怒りとカラテを、内より湧き上がらせるために。

2016-06-15 18:54:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

フジキドはいつからか、己の胸の中にあるニンジャの理不尽への憎悪に、不純物が混じっていることを認識していた。不純物は、この地から慰霊碑が抉り取られた夜に生まれ、サップーケイの中で研がれ、開戦前夜の戦いで敗北に至るまで、彼の心臓を内側から切り裂き続けた。ヴォーパルがそれに名を与えた。

2016-06-15 19:02:37
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

手綱を握るのは己自身。人間性を守り、憎悪の力を御さねば、己自身もまた邪悪なニンジャへと堕する。あるいは巨大な災厄と化す。だがニンジャを殺すサツバツの中で、人間性を取り戻さんとすればするほど。人間らしい感情を守ろうとすればするほど。アマクダリに支配されたこの街は……!

2016-06-15 19:04:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ともにゆくぞ、ナラク……!」ごく短い儀式を終えると、ニンジャスレイヤーは跳躍した。「イヤーッ!」再び、カラテシャウトが広場に響き渡り、彼は闇へと消えた。あとには黒い碑だけが残されていた。それはかつて撤去され、何処とも知れぬ闇の中へ遺棄されたはずの、マルノウチ抗争慰霊碑であった。

2016-06-15 19:09:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエエ……今のは一体……」やがて、遠巻きに見守っていたサラリマンの一人が、抗い難い不条理の火に引き寄せられるように、その墓碑へと近づいた。サイバーサングラスを外し、見た。爪痕の線で消し去られた名がひとつ。それを読んだ。「フジキド・ケンジ……!」サラリマンは恐怖に打たれた。

2016-06-15 19:14:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

街頭モニタに映る指名手配犯の顔と名。今ここに現れた怪物は、もしや、あのフジキド・ケンジだったのであろうか。いや、待て、ニンジャなどいるはずがない。だが突如現れ、瓦礫の上に突き立てられた、この慰霊碑は何だ?人間業ではない。ニンジャだ。ニンジャがこれを為したのだ。カラテによって……!

2016-06-15 19:18:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

これは、未来に待つ家族の幸せを信じながら粛々と働き続けた実直なるサラリマン、フジキドが、ネオサイタマに対し己の意志と怒りでもって初めて浴びせた、反抗の一撃であった。それは断じて、復讐の正当化でも大義のためでもない。忘却の波打際に突き立てられた一本の木枝の如き、無謀な抵抗であった。

2016-06-15 19:24:32
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

フジキド・ケンジが慰霊碑をここに再設置する合理的な理由など、何一つなかった。ただ、そこに刻まれた者たちの名を見た時、そうせざるを得なかったのだ。この碑はここに在るべし!そう決めたのだ!彼は死せるサラリマンであることをやめた。もはや己がこの街に影響を及ぼすことを微塵も恐れはしない!

2016-06-15 19:30:01
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「今のは何ですか!?」「こんな物がここにあっていいんですか!?」「こんな事が許されるんですか!?」「誰か!ハハイデッカーを早く呼んでください!アイエエエエ!」広場では、未だサイバーサングラスをかけたままの人々が、抑圧されたNRSにより失禁し、IRCで叫んだ。死神は顧みず、進んだ。

2016-06-15 19:38:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

アマクダリよ、決着をつける時だ。私が何者であったか。私が何のために生きてきたか。お前たちに、私の為した何一つも無駄ではなかったと思い知らせてやろう!「イヤーッ!」死神は千の眼を掻い潜り、次なる目的地へと向かって、ネオサイタマの闇を渡った!黒い火の粉を散らすマフラーを揺らしながら!

2016-06-15 19:48:28
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

闇の中にろうそくの火が灯った。ナイトキャップをつけた老人が不気味に照らしだされた。「ハア……」老人の吐く息は白い。窓は遮光カーテンで覆われている。寒くて明けていられないのだ。「まったくクソッタレのクソ寒波めが」老人は毒づき、コブチャを入れた。湯呑みが温かい。

2016-06-15 19:51:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「今何時だ全く」時間感覚が失せている。老人はフートンを畳み、カレンダーに印をつけた。カレンダーには「素晴らしい宇宙時間!イオニック・チタニウム片プレゼントキャンペーンに家族で参加しよう」と書かれ、美しい地球と人工衛星の写真。色褪せている。

2016-06-15 19:53:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼の名はタロウ・タイゴ。トコシマ区データ博物館の管理人である。宇宙時代の興奮とハードウェアを展示するデータ博物館が人々の共感を得られることはなく、常に開店休業状態であったが、以前に恐ろしい銃撃戦の舞台となって以来、管理人を置かねばならないようになった。タロウは住み込み管理人だ。

2016-06-15 19:55:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

宇宙、ロケット、ハードウェア。クソの役にも立ちはしない品物はクソッタレだ。俺と同じ役立たずの骨董に過ぎず、カネモチの道楽で集められ、こうして埃を被っている。なんと無駄な場所で、なんと無駄な仕事だろう。……タロウの思考は四六時中それだけだ。戸棚からチョコバーを取り、食べる。「ハア」

2016-06-15 19:59:37
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

吹雪は強まる一方だ。タロウは買い出しを怠った事を恨めしく思った。食糧が保つだろうか。「ぷっ」タロウは陰気に笑う。このメガロ文明社会において、まるで狩猟民めいた心配をしなければならないとは、人類もまだまだだ。宇宙ファックオフ。そういうことだ。彼はラジオをチューニングしようとした。

2016-06-15 20:01:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

KRAAASH!その時、ガラス破砕音がたしかに聞こえた。「アイエッ!?」タロウは息を呑んだ。こんな最悪な天候で泥棒が活動できるはずもなし。極低温でガラスが割れでもしたのか?なんたる面倒!そして少しの恐怖。タロウは備え付けの電気サスマタを持ち、管理室を出、階段を上がった。

2016-06-15 20:03:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

吹き込む氷雪を放置するわけにはいかない。雨漏りで管理室がやられるかもしれないし、さすがにクビになる。クビになれば破滅だ。彼はブツクサ文句を言いながら音のした展示室の扉を開いた。「……」タロウはしめやかに失禁した。風とともに入り込む雪。01のノイズ。その中で、赤黒の影が彼を見た。

2016-06-15 20:05:47
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……」タロウは失禁しながら座り込んだ。足元に氷が広がった。赤黒の影は……ナムサン……赤黒のニンジャは、恐るべき腕力によって容易く展示ケースの囲いを取り外した。展示されていたのは、ずんぐりしたシルエットの、灰色の宇宙服であった。ニンジャはためらいなく、宇宙服を担ぎ上げた。

2016-06-15 20:07:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエ」タロウは後ずさった。ニンジャは割れた窓へ向かって歩いた。去り際に振り返った。そして言った。「シツレイする」「そ、そんなものを、いったい何のために」タロウは震え声で尋ねた。「こんな天気なのに」的はずれな事を言った。「イヤーッ!」ニンジャは答えず、吹雪の中へ飛び戻った。

2016-06-15 20:10:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【1:オハカ・エピタフ】終。次セクションへと続く。

2016-06-15 20:11:48