こじらせていたリーマン20160926-20161002
- tsutsujishika
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仕事用の端末にメールが届いたので見る。……経理部のアドレス。チョロ松からだ。めずらしーの。ちょっとうきうきしながら開いたら、用件は書類の催促だった。ちょっとがっかり。いや社内のメールはサーバーに内容が記録されるから、うかつなことは書けるわけもないんだけど……、ん?
2016-09-27 09:21:01スクロールすると、<提出期限は30日となっておりますので、よろしくお願いいたします。>という一文、その下に。 <木曜日に向けて、早めに提出していただけると幸いです>としてあった。
2016-09-27 09:22:03木曜日。月末前、会社的には特別な行事も会議もないが、俺にとっては今週もっとも重要な日だ。だって、チョロ松が弁当を作ってくれる日!
2016-09-27 09:23:03もしこの文を誰かに見られても、木曜日って何かあったっけ?くらいにしか思われないだろう。けれど、俺たちにとっては特別な意味を持つ。約束の、木曜日。チョロ松なりの、社内メールを利用した秘密のメッセージのような気がして、胸の奥がむずがゆくなる。ああ、今すぐ好きって言いたい!けど仕事中!
2016-09-27 09:24:02社内メールじゃハートマークのひとつも送れないので、代わりに<今日中に提出します>といった旨を返信した。もしかしたら経理としてのチョロ松に上手く扱われているだけな気もするけど、それでもいい。俺の気持ちなんて、とっくに伝わっているだろうから。
2016-09-27 09:25:03おつかれ~っす、と暢気な挨拶でおそ松が室内に入ってきた。心なしか軽い足取りで、僕へと近寄り書類を差し出してくる。 「よろしくお願いしまーす」 「どしたの、すごく早いじゃん」 「まあ俺が本気だせばこんなもんっていうか?」 いつも本気を出せ、と向こうの席から先輩が言う。僕もそう思う。
2016-09-27 16:01:13……どう考えても、僕の催促メールのおかげだろう。功を奏したのはよかったけど、ちょっとだけ照れる。チラ、と視線を合わせると、瞳がきらきらと輝いていた。まぶしいなあ。すると、おそ松が深いため息をつく。え、なんで。 「チョロ松~そういう顔やめて」 「は?顔は生まれつきなんだけど」
2016-09-27 16:02:07そうじゃなくて。 おそ松はすこし屈んで僕に耳打ちする。 「俺のこと好きでたまんない~って顔してるよ?」 「バッ…!うっせーなケツ毛燃やすぞ」 一瞬大声で叫びそうになったのをぐっと我慢した。誰がそんな顔してるって!?僕が!?
2016-09-27 16:03:08いやーんおっかない、とおそ松はしなをつくる。しっしっ!はやくどっかいっちまえ!ジェスチャーでおっぱらうと、ちょっとにやにやしながら退出していった。くっそーむかつく!
2016-09-27 16:04:01それでも去り際に、僕にしかわからないくらいの小ささで手を振る姿はやっぱり愛おしくて、この気持ちが顔にでていたのだと思うと、いたたまれないな。会社では気を付けないと。
2016-09-27 16:05:03出先で目についたカフェに入ったが、ハズレだった。昼にしては客が少ないな、と思ったら、接客の態度がよろしくないというかたどたどしい。味は悪くないんだけどな、とオムライスにスプーンを差し込む。これからあともう2、3件回って、今日は終わりにしたいなあ。
2016-09-28 12:48:01「お前最近調子いいよな」 「そーお?」 目の前でテーブルを共にする同僚に言われる。ちなみにこいつはカレーを頼んだが、顔色が明るくないので多分味に不満があるのだろう。
2016-09-28 12:49:02「なんか良いことあっただろ」 「わかる?」 「バレバレ」 「お前の彼女にもおんなじこと言われたよ」 「俺たちは気が合うんだよ」
2016-09-28 12:50:05最近妙に落ち込んでるなと思ってたから、まあよかったよ。そう言ってお冷を飲む。え?何?もしかして心配してくれてた系のやつ? 「うえーきもちわる」 「あんだと」 「うそうそ。ありがとな。うん、もう全然大丈夫。元気。上り調子!」
2016-09-28 12:51:07明日はお待ちかねのチョロ松の弁当だ。午後も気合をいれていくぞ。意気込んで一人こぶしをあげると、上り調子だからってそこまではりきるなよ、と笑われた。
2016-09-28 12:52:05「あれ?」 「あら、お疲れ様」 先週の金曜が最後の出勤だったはずの女性が、何故か廊下を歩いていた。今週一週間は有給消化だから、まだ社員としての籍はあるわけだけど、完全に私服姿だ。
2016-09-28 15:25:03疑問に思ったのがわかったのだろう、「ちょっと忘れ物を取りに来たんだ」と言われた。なるほど、手に持っているマグカップがそれだろう。聴けばお気に入りで、ずっと会社で使っていたんだそうだ。
2016-09-28 15:26:05「この前はきちんとご挨拶できなくてすみませんでした」 「いいよいいよ。今は酔っぱらっていないね?」 「当然でしょう!?」 わかりやすくからかわれたが、良いチャンスだ。改めてお世話になったお礼を述べた。遊びに来るとはいっていたけど、もうしばらく会うことは無いだろうから。
2016-09-28 15:27:03「そんなにお礼をされるほどのことはしてないって。私は私の仕事をやっただけ。まあ、それももう無いんだと思うと寂しいけどね。……まさか自分が寿退社するなんて、思わなかったなあ」 「……確かにちょっと意外でした。結婚されても、仕事は続けるのかと」
2016-09-28 15:28:01「まあまあ悩んだよ。でも、相手の仕事の都合があって。それに、良い機会だし別なことを始めてみてもいいかと思ってね……。君は?結婚は?」 「ぼ、僕ですか!?そんな、全然」 「そう?相手はいないの」 「相手……」 おそ松の顔が、ふっと浮かんだ。僕の、恋人。でも、結婚は。
2016-09-28 15:29:01「その顔はいるね?相手が」 「へ…あ、は!?」 「あはは。これでも伊達に人事をやってないよ。今まで何人の顔見てきたと思ってるの?とくに君はわかりやすい」 上手くいくといいね。彼女はそう笑うと、僕の肩をぽんと叩いて去っていく。
2016-09-28 15:30:04