- contractio
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ひとつに、草創期の理論があまりにも荒唐無稽だったからだ。社会を(比喩でなく文字通りに)生物として扱おうとする社会有機体説。推測に頼る部分が大きかった社会進化論。そしてもう一つの理由は、社会があまりに複雑で、かつ流動性に富んでいたことだろう。#sociology
2011-04-01 01:18:02全体社会の探求を諦めたのち、社会学の主流となるのは自我論と結びついたアプローチだった。たとえば、規範や価値などの形で与えられる集団の影響が、自我に取り込まれて行動を左右する様相を探ろうというのだ。#sociology
2011-04-01 01:21:59このような変化は概ね1930年ごろまでにおこった。もちろん、単に人の行動といったのでは何でもありになってしまう。そこで、「多くの人によって、繰り返し行われる、他人に向けられた行動」を対象とするという縛りが付けられた。統計学との本格的接点はここからだ。#sociology
2011-04-01 01:23:47それでも「どのような行動を分析するのか」という問題は残る。ここで頼りになるのが細分化された専門分野である。たとえば、教育が社会で果たす役割について考え、研究対象を決める。ただし、専門分野の対象どうしがどのように絡み合っているのかまで考えられるケースは少ない。#sociology
2011-04-01 01:31:33社会学はなぜ直接、社会の解明に向かわないのだろう。一つの理由は、社会は大変複雑なので、小規模な対象から始めて丁寧に因果関係や波及効果を解明して理論化しなければならない、というものだ。このアイデアは古くからあるが、自然科学とも整合性が高いので受けはいい。#sociology
2011-04-01 10:30:00もうひとつの理由は、人間の特性だ。社会学が問題にする水準では、刺激から行動への変換は意味の解釈を介して行われる。それらは大変流動的だし、さまざまな方向からの影響を受ける。正確にトレースすることは大変難しい。#sociology
2011-04-01 12:14:35また、意味は相互作用ネットワークの中で集団的に保持されるのが普通だということも重要だ。当然、観察方法も多様にならざるを得なくなる。#sociology
2011-04-01 12:36:43したがって、社会学の課題は大雑把に次のようになるはずだ。1.ミクロのレベルでは相互作用と意味のメカニズムを理解すること。2.マクロのレベルでは行為の連鎖のシステムを解明すること。これらを変動の速い社会で、基礎的な部分と可変的な部分の両方に対してやらねばならない#sociology
2011-04-01 12:54:59なので、社会全体の分析には到底手が回らない、というのが正直なところだと思う。まして、予測や制御など、夢のまた夢だと言うしかない。現状で「社会貢献」ができるとしたら、全く違う方向で考える必用があると思う。(一応終わり)#sociology
2011-04-01 12:58:45なるほど。そういう流れか。RT @lematin なので、社会全体の分析には到底手が回らない、というのが正直なところだと思う。まして、予測や制御など、夢のまた夢だと言うしかない。現状で「社会貢献」ができるとしたら、全く違う方向で考える必用があると思う。
2011-04-02 04:32:03@hkubota1016君との議論の基盤がわかった。隣接ジャンルのものとして色々興味あるんでまた書こう RT @lematin なので、社会全体の分析には到底手が回らない、というのが正直なところだと思う。まして、予測や制御など、夢のまた夢だと言うしかない。
2011-04-02 04:35:20こういうスタンスが大勢ならラトゥールの主流社会学批判とか的はずれにしかおもわれんだろうなぁ RT @lematin //社会学は、基本的に個人の行動への影響を通じて社会にアプローチしようとするのだ。そこでは、社会は「社会的なるもの」として現われる。#sociology
2011-04-02 04:39:05@ponQ 僕も最近知ったんだけど、1970年~1975年生まれの社会学者には、1990年代に構築主義との関係をこじらせた結果、対象においても方法においても妙に謙抑的な人が多いんですよね。人類学はどう?
2011-04-02 09:32:46@ponQ 朝っぱらからラトゥールを勉強しました。面白いじゃん、というのが感想w。むかしアフォーダンスとか聞いたことあったよなあ、とか思ったり。ルーマンあたりとはまるっきりかみ合いそうもない話なので、その辺も興味深いです。
2011-04-02 11:10:17うーん、とね RT @hkubota1016 @ponQ 僕も最近知ったんだけど、1970年~1975年生まれの社会学者には、1990年代に構築主義との関係をこじらせた結果、対象においても方法においても妙に謙抑的な人が多いんですよね。人類学はどう?
2011-04-02 14:23:55@hkubota1016 人類学だとライティング・カルチャーショックって言われてるやつがあって、要するに自分たちの書いてる民族誌自体が政治的構築物だという話でわかんないけど社会学より壊滅的だったんじゃないかな
2011-04-02 14:27:13@hkubota1016 たぶん、論文や発表の序論にかならず方法論についてのメタ的言及が入るっていう今の人類学のスタイルはそのへんの世代が広めたようにみえるな
2011-04-02 14:33:19@hkubota1016 一括はできんけど、メタ的な視点を経験主義的現場主義に従属させて、現地のリアルを記述するためにこういう方法論をとります、みたいに書くひとが多いかなぁ
2011-04-02 14:45:27@hkubota1016 一括はできんけど、メタ的な視点を経験主義的現場主義に従属させて、現地のリアルを記述するためにこういう方法論をとります、みたいに書くひとが多いかなぁ
2011-04-02 14:45:27こりゃまた未熟な過去の文章を読んでいただいて、なんかサーセン。しかし「脱臭」でしかないとも言えて、そこが不満なんすが、上の世代にはあまり伝わらんすね俺の苛立ち RT @lematin @ponQ これなんか読むと、ANTは「物神化」の話をうまく”脱臭”した//
2011-04-02 14:52:57@lematin ちなみにANTの反主流派社会学スタンスが1番強くでてるのは、リアセンブリング・ザ・ソーシャル(英語本)す。@hkubota1016君はタルドよんでみたらどーだ?ラトゥールのタルド本序論の翻訳も近々でる。もう出てんなら紹介してくれんか→@Kn_D0君
2011-04-02 15:03:29