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太田忠司さんが語る「小説家が単行本に挑戦する理由」

「文庫になるのを待ちます」という読者からのコメントにたいしての太田さんの回答のまとめ。時代小説やラノベでは若干事情が異なりますが、ほぼこんな感じです。
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太田忠司 @tadashi_ohta

新刊が出たよ、という話をすると「読みたいけど文庫になるのを待ちます」とコメントされる方、いろいろ事情があると思うので理解はしますが、ただ単行本が売れなかったら文庫化しない、という事実があるとも念頭に置いていただければと。すべての本が文庫になるとは限らないのです。

2018-08-11 14:02:14
太田忠司 @tadashi_ohta

「単行本が売れなかったら文庫化しない」というツイートにいくつかの反応をもらったんですが、その中に「なぜ最初から文庫で出さないの?」という疑問が結構多く寄せられました。そのことについて僕が知っている限りのことをを書いておきます。

2018-08-13 17:31:26
太田忠司 @tadashi_ohta

そもそも文庫というのは評価の定まった名作を廉価に提供するために作られたものでした。文庫の先駆けともいえる岩波文庫巻末の「発刊に際して」という文章には「生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめる」とあります。

2018-08-13 17:39:07
太田忠司 @tadashi_ohta

つまり文庫とは智を広く民衆に解放しようという意図の元に、手軽に安価に名作を読めるようにしたものなんですね。だから当初は名作しか文庫にならなかった。最初の岩波文庫は夏目漱石『こころ』、幸田露伴『五重塔』、樋口一葉『にごりえ・たけくらべ』などだったようです。

2018-08-13 17:43:48
太田忠司 @tadashi_ohta

そんな文庫の性格は昭和50年代くらいから少しずつ変わってきます。いわゆる文学だけでなくエンターテインメントの名作も文庫化するようになるんですね。僕の若い頃はすでにそんな雰囲気でした。1971年から角川文庫が横溝正史の作品を文庫化しはじめて、それが大ブームになったりね。

2018-08-13 17:47:15
太田忠司 @tadashi_ohta

で、僕らにとって文庫で出る作品は、生まれる前に書かれてものであってもすでに知っている名作ではなく、まったく目新しい作品でした。だから横溝の新しい文庫をまるっきりの新作みたいな感覚で読んでいた。ここで文庫の認識が変わりはじめるわけです。

2018-08-13 17:49:57
太田忠司 @tadashi_ohta

でも文庫が廉価版であるという位置づけは変わりませんでした。本とは単行本のことでした。ただ、次第にリアルタイムで新作として出た本であっても、ある程度の間隔を置いて文庫化するというシステムが出来上がってきました。出版社としても著者としても、それは「二度美味しい」売り方でした。

2018-08-13 17:54:59
太田忠司 @tadashi_ohta

以前にもツイートしたことですが、僕がデビューして間もない頃、東野圭吾さんに「最初はいい作品をたくさん書きなさい。そうすれば3年後にはそれが文庫になって、生活が楽になるから」と言われました。言われたとおりに一生懸命書き続けたら、たしかに3年後から文庫化が始まりました。

2018-08-13 17:57:40
太田忠司 @tadashi_ohta

単行本→文庫という二段構えの本の売り方は、そうして確立しました。その場合もちろん単行本がメインです。僕の場合はノベルス(新書)という廉価版の判型がメインの戦場でしたけどね。でもノベルズであっても3年後には文庫になっていた。

2018-08-13 18:01:32
太田忠司 @tadashi_ohta

その売り方に大きな変動を与えたのには、ライトノベルの台頭があると思います。若い読者向けに安価で手軽な文庫版から新作を出す。それがヒットしました。読者はいきなり文庫で新作を読むようになり、このジャンルにおいては単行本の存在は忘れられました。

2018-08-13 18:04:54
太田忠司 @tadashi_ohta

読者の意識も変わってきます。「別に新作であっても最初から文庫で出してもいいんじゃない?」というひとが増えてきました。でも出版業界はあくまで「単行本で出して後に文庫にする」というシステムの上で経営を成り立たせてきました。加えて、単行本という形に愛着を持つ読者も、まだまだ多いです。

2018-08-13 18:09:57
太田忠司 @tadashi_ohta

しかし、そういう旧来からの経営システムも、そろそろ変更を迫られているんだろうな、と僕は思っています。理由は言うまでもなく、21世紀に入ってから続いている出版不況です。とにかく本が売れなくなりました。特に単行本に冠しては、どの出版社でも壊滅的に売れなくなっています。

2018-08-13 18:12:14
太田忠司 @tadashi_ohta

だからライトノベルでない小説であっても最近はいきなり文庫で刊行されることが多くなってきました。文庫ならまだ売れる見込みがある、という考えからです。まあ、最近はその文庫も売り上げが落ちているという怖い話も聞こえてきますけどね。

2018-08-13 18:14:48
太田忠司 @tadashi_ohta

そんな状況なのになぜ単行本で出すのか。それは「当たればでかい」からです。新聞の本の広告を見てください。「〇万部突破!」「〇〇で第一位!」というコピーが躍っているでしょう? 雑誌さえ売れなくなってきた昨今、そういうヒット作が今の出版社の屋台骨を支えています。

2018-08-13 18:17:54
太田忠司 @tadashi_ohta

しかし当然のことですが、どんな本がヒットするのか前もって予測はできません。絶対売れると言われた本が駄目だったり、こんなの誰が買うんだとまで言われた本が大ヒットする。そんな状況で出版社が、そして著者ができることは「とにかく単行本を出すしかない」なんです。

2018-08-13 18:20:37
太田忠司 @tadashi_ohta

つまり今、単行本で本を出すということは「これ、売れるかもしれない。頼む、売れてくれ!」という思いが詰まっている、ということです。そして当たれば万々歳。外れてしまったら「これは文庫にしても売れないよなあ」と烙印を押されます。

2018-08-13 18:22:13
太田忠司 @tadashi_ohta

「最初から文庫で出せばいいんじゃない?」という当初に問いには、僕はこう答えます「気持ちはわかるけど、トライさせてください」と。

2018-08-13 18:24:00
太田忠司 @tadashi_ohta

「最初から文庫で出せばいいんじゃない?」という当初に問いには、僕はこう答えます「気持ちはわかるけど、トライさせてください」と。

2018-08-13 18:24:00
太田忠司 @tadashi_ohta

このシステムが続けられるかどうか僕も疑問に思っています。電子書籍のことも含め大きな変革が必要になっている。出版社の形態も変わっていくかもしれない。本の形も変わるかもしれない。 でも、最後に個人的な気持ちを言います。僕は単行本という本の形が、好きです。なくなってほしくありません。

2018-08-13 18:27:08