死ぬのがこわくなくなる話 第18話

Twitter上で連載中の渡辺浩弐さんの長編小説をまとめました。
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渡辺浩弐 @kozysan

『死ぬこわ』第18話を始めます。昨日の続きからです。今夜はクローンについて考えましょう。

2011-08-30 01:36:11
渡辺浩弐 @kozysan

クローニングについてはずいぶん前からとてもこだわって取材したり調査したり考察したりしてきました。なかなかのクローニンなんです。

2011-08-30 01:36:38
渡辺浩弐 @kozysan

さて。子供を作ること、生殖は、個人ではなく種としての「不死」戦略だ。生物の進化は、この方法を選んだわけである。ただしこの方法では、自分の遺伝子は半分になる。だから子作りは自分を延長することにはならない。

2011-08-30 01:37:01
渡辺浩弐 @kozysan

それに対し、クローニングは、自分と全く同じDNAの、すなわち自分100%人間を作り出す方法だ。

2011-08-30 01:37:35
渡辺浩弐 @kozysan

自分自身とは、あなたとは、何か。原子・分子が組み合わさった物質構造としての肉体だ。と考えるとしたら、その肉体が古くなってぼろぼろになった場合、クローン技術を使って自分と同じDNAを持つ人間を創り出すことができたら、それで生命が延びたということになるだろう。

2011-08-30 01:38:02
渡辺浩弐 @kozysan

これは無限の生命を獲得する方法と考えてもよいのではないだろうか。あなたはこの方法でなら、無限に生きることができると言えるのではないか。

2011-08-30 01:38:31
渡辺浩弐 @kozysan

この研究は既に1世紀近く続けられており、実用化の段階に入っている。ほ乳類の成体から作り出されたクローンの最初の成功例は、ご存じヒツジの「ドリー」。1997年のことだ。ほ乳類で成功したのだから、倫理的な問題はおくとしたら、近い将来ヒトでも可能になることは間違いないだろう。

2011-08-30 01:38:56
渡辺浩弐 @kozysan

この技術を使えば、それほど長く冬眠する必要がない。それどころか未来に蘇るために全身や頭部を保存する必要もない。もっと小さな、細胞のほんの一かけらを完全な状態で保存することができれば、そこからあなたの全身を作り直すことができるのだ。それならアルコアのような大がかりな設備もいらない。

2011-08-30 01:39:42
渡辺浩弐 @kozysan

DNAのバックアップサービスは、現在、日本国内でも安価で提供されている。例えば東京・恵比寿のディーエヌエーバンク・リテイル社では、頬の内側の粘膜から採取したDNAを、特殊な保存液を使ってカプセルにパッケージングするサービスを提供している。

2011-08-30 01:44:03
渡辺浩弐 @kozysan

これは氷点下10℃、つまり一般家庭の冷凍庫程度の環境があれば半永久的に保管できるものだ。費用は9.800円。万が一の事態に備え、同じカプセルを同社内のゲノム解析センターでも年間4〜5.000円の費用で保管してくれる。

2011-08-30 01:44:25
渡辺浩弐 @kozysan

この会社にも話を聞きに伺ったことがある。こちらはとても現実的なベンチャーで、現在のところはクローン再生のようなことが目的ではなく、進歩著しい遺伝子治療のために個人情報を保存しておこう、という考えらしい。

2011-08-30 01:44:46
渡辺浩弐 @kozysan

遺伝子の情報から太りやすい体質や特定の病気の発現可能性などがわかるようになる。あるいは、自分だけでなく子供や孫の遺伝子治療に、親や祖父母である自分の情報が必要になる可能性もある。

2011-08-30 01:45:10
渡辺浩弐 @kozysan

そのための資料としてできるだけ完全な遺伝子情報を残そうというのが趣旨だ。同社では将来の遺伝子治療の素材として日一日と損傷を重ねていくDNAを、一刻も早くより完璧な形でバックアップすることを薦めている。

2011-08-30 01:45:41
渡辺浩弐 @kozysan

このバックアップデータは、将来のクローニングにも、必要充分なものだろう。完全なDNAさえあれば、それを設計図としてそこから(生きている成体の体細胞や卵子も使い)生物を復元・再生する技術の完成には100年を待つことはないはずだ。

2011-08-30 01:46:25
渡辺浩弐 @kozysan

ただその場合は一つ問題がある。あなたがめでたくクローン技術の恩恵を受け、自分の体をまるごと作り直すことができたとする。目の前にあなたのコピーが立っていたとする。これで安心、といってあなたは、古い方のあなたは、ためらわずに死ぬことができるだろうか。

2011-08-30 01:46:45
渡辺浩弐 @kozysan

クローン技術を不老長寿の秘策として採用するには、その点が大きな問題となる。そこで、ES細胞やiPS細胞の研究が浮上することになる。大人の細胞をもとにして、どの部位にも成長できる性質を持つ細胞を作り出すという研究だ。

2011-08-30 01:49:14
渡辺浩弐 @kozysan

自分の細胞から、全身ではなく特定の部位を作る。肺が必要なら肺に、肝臓が必要なら肝臓に。それによって複製した体の部位を、古くなって故障した部位と交換すなわち移植手術するわけだ。これは昨今、特に目覚ましい成果が上がっており、実用に手が届く寸前にある。

2011-08-30 01:49:45
渡辺浩弐 @kozysan

全部いっぺんではなくちょっとずつ。1万円札を使うのはもったいない。だから100円玉100個にして使おう。そんな発想だ。全部をいきなり替えるのでなければ、体のどこを取り替えても、それほど抵抗はない。

2011-08-30 01:50:28
渡辺浩弐 @kozysan

それは足でも手でもいい。内臓全てでもいい。顔も、もとと同じか、あるいは若返ったものになるだけだから、大歓迎。ただし、脳だけは、ちょっと特別だ。これを取り替えたら、自分は自分ではなくなりそうだ。

2011-08-30 01:50:54
渡辺浩弐 @kozysan

今夜は長くてごめんなさい。もう少しですよ。

2011-08-30 01:52:29
渡辺浩弐 @kozysan

脳も、クローンの技術でハードウェアとしてはそっくり自分と同じものが作れる理屈になる。そこでさらに突き詰めて考えると、重要なのはその内部のソフトウェア、記憶、ということになりそうだ。

2011-08-30 01:52:46
渡辺浩弐 @kozysan

自分の体を元通りに再現して、それでも自分が自分と確信できる、つまりアイデンティティーにおいて重要なのは「記憶」ということになる。とすると、アルコア社の方法はやはり難題を抱えていることになる。

2011-08-30 01:53:09
渡辺浩弐 @kozysan

一度死んでいる肉体では、記憶の大半は失われているはずなのだ。脳の電気的状態がリセットされるだけでなく、脳細胞が相当に破壊されている。たとえ修復することができたとしても、そこに刻み込まれていた記憶は、再現できないはずなのである。

2011-08-30 01:53:36
渡辺浩弐 @kozysan

だから僕は、むしろ記憶をコンピュータのデジタルデータとして扱う方法を支持したい。あなたの全記憶をバックアップして、それを未来のいつか、技術が十分に発達した頃に、脳に再度ダウンロード、注入するのである。

2011-08-30 01:53:54
渡辺浩弐 @kozysan

ちょっと待て。一つ、困ったことがある。再ダウンロードは未来の話だが、その、脳の記憶のアップロードは、眠りにつく前にやらなくてはならない。未来に託せない。     さらに続きます。

2011-08-30 01:54:29