小話集3

小話まとめ
2

「深層のテレビ」

森猫アキラ @Shinbyou_A

数日前、夢で訪れた友人の家には地下迷宮があった。友人がお茶を用意している間に私は地下を探険する。解いた毛糸の帽子が糸玉代わりだ。最奥ではテレビが無人の闇に青い光を放っていた。節電のためテレビを消し、地上に戻り、そこで目覚める。そして今日、友人にこのところ夢を見ないのと相談された。

2012-05-07 21:42:18

「日暈」

森猫アキラ @Shinbyou_A

素敵な傘を貰ったお日様はたいそう喜び、以来毎日さして歩くようになった。……それを見あげた地上は戦慄する。太陽に暈がかかっている! 日暈は兵乱の兆し。あちこちで戦のことが囁かれ始め、安定していた世は俄にきな臭くなる。とうとう開戦を迎えたその日、武器商人は笑って傘職人に金貨を与えた。

2012-05-08 20:22:31

「流行」

森猫アキラ @Shinbyou_A

猫耳や兎耳の流行に続き、最近は猫目魚目山羊目、中には昆虫の複眼なんてものもある。僕は彼女の好みにあわせて鳥目をつけた。驚くほど遠くまで見えることに喜んだが、徐々に日が落ちてきた。ああ、鳥は夜盲症だ。不安がる僕に猫目の彼女は微笑み、唇に猫牙を覗かせ僕の腕をつかむ指から猫爪を出した。

2012-05-09 20:40:14

「中生代飲料」

森猫アキラ @Shinbyou_A

その店でビールを頼むと、七万杯に一杯、ビールではないものが出た。それは古い記憶を溜め込んだ琥珀を溶かした液体で、よく見ると泡の中に恐竜や始祖鳥がいる。気づかずに飲んでしまった者は大変だ。向こう一週間は中生代の幻に悩まされ、げっぷをすれば口から三葉虫やアンモナイトが飛び出してくる。

2012-05-10 20:54:40

「固い絆」

森猫アキラ @Shinbyou_A

死にたいと言い出した彼には、固い絆で結ばれた友がいた。友がいくら励ましても、彼の憂鬱は一向に晴れない。心配した友は彼の家から刃物や薬、それから紐状のものを撤去した。……翌朝、友が訪ねてみると、彼は鴨居からだらりとぶら下がっている。彼と友との固い絆が、彼の体重をしっかり支えていた。

2012-05-11 21:25:11

「染料」

森猫アキラ @Shinbyou_A

停電の夜、彼女はバケツを持って家を出た。月も星もない中、毛糸を腰に結びかぎ針で藪を切り開き、彼女は渓谷に降りていく。慎重に沢から汲み上げたのは水ではなく、純粋な闇。最近は停電でもなければこんな濃い闇は手に入らない。これで糸を染め、彼女は不眠症患者のためのナイトキャップを編むのだ。

2012-05-12 20:58:15

「実り」

森猫アキラ @Shinbyou_A

この町に本屋はない。本は森にいくらでも実っているから好きにもいで読む。絵本は低木になるから子供でも採れるし、青年は高い木の難しい本に手を伸ばす。町の死者は森に埋められることになっていた。しばらくすると芽を出し、収穫は十数年後だ。私が生まれる前に死んだ父も、やっと実をつけてくれた。

2012-05-13 20:48:58

「善行」

森猫アキラ @Shinbyou_A

喉が渇いたと訴える旅人に水をあげ、おなか空いたと泣く子にパンを与え、金を寄越せと脅す山賊に金貨を施した。これだけ善行を積んでいるのに何故誰も感謝してくれないのか。首を傾げる善良な紳士の背後には、溺死した旅人と口にパン一斤を詰められ窒息死した子供と金の山に潰れた山賊が転がっている。

2012-05-14 20:18:55

「伝説の装備」

森猫アキラ @Shinbyou_A

竜を倒すには竜を以てせよ。言い伝えに従い、彼は竜の鱗の防具で身を固め、竜の牙を剣として腰に帯びている。慎重に竜の巣に足を踏み入れた。奥で咆吼とともに彼を出迎えたのは肌色の巨大な塊。竜は剥ぎ取った人の皮で身を覆い、人の歯を砂礫のように投げつけてくる。竜には竜の言い伝えがあるらしい。

2012-05-15 20:32:45

「秋の日」

森猫アキラ @Shinbyou_A

晴れた秋の日、落ち葉が道に線路を描いていることがある。気づいたらそっと避けて木陰にでも身を隠すといい。じきに見えない列車がそこを通過していく。それはもちろん只の秋風だが、線路に気づいた者の耳には汽笛が聞こえる。汽笛の間、運が良ければ車窓からもう会えない人が手を振ってくれるだろう。

2012-05-16 20:42:37

---------------10話-------------------

「居場所」

森猫アキラ @Shinbyou_A

道に迷ったのかい。かわいそうに、おばさんの家においで。いいや儂の家で寝かしてあげよう。ううん、僕んちにおいでよ。無数に現れる親切な人々に当惑していると、いつか助けた雀が目の前をよぎった。私の家に来て! ……雀の家についた途端、私を追っていた人たちは消える。雀は鳥居に留まっていた。

2012-05-17 20:52:04

「天上の音」

森猫アキラ @Shinbyou_A

音楽家がある女性に恋をした。正確には彼女の頭蓋骨に。何という奇跡の形状。肉を削いで骨にして鳴らせば天上の音を響かせるだろう。そんな思惑で近づき、音楽家はうっかり肉の付いた彼女にも惚れ込んでしまった。奇跡の音を聞きたい。でも彼女を失いたくない。のち、その葛藤が名曲を生むことになる。

2012-05-18 20:05:41
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